塔⑤

 仮小屋がようやく完成した。

 結果的に三人で作り上げた小屋だったが、リアンはヴァリオスが一緒にそこで過ごすのを許そうとしなかった。それでもケイラがなんとか説得して、夜に眠るだけならばと、最後はリアンが折れた。

 ——あとはアダムか。

 意地を張っているのか、彼は小屋に近づこうともしなかった。

 とはいえ、アダムが頼んだところでリアンが許すとも限らないのだから、解決しなければならない問題は多かった。

「俺は別に外でも構わないぞ。そもそもアダムをひとり、外に残しておくわけにはいかないだろう」

「それもそうかも」

 ヴァリオスのいうことも一理ある。

 そのままをリアンに伝えると、急に不機嫌そうな表情を見せた。

「別に私が頼んでいるわけじゃないわ。ヴァリオスもあいつと一緒に外で過ごしたいならそれでいいじゃない。あるいは、ケイラだってわざわざこの中で過ごさなくってもいいのよ」

 ——もう、どうしてそうなるかな。

 仮小屋ができたにもかかわらず、ケイラにとってはなにひとつ進んでいないようなものだった。

 四人の使節が集まったというのに、まだ全員でまとまって話してすらいない。そもそも共通の言葉を持たないためケイラが仲介する以外にないのだが、もう少し歩み寄る態度を示してほしかった。

 ——ほんと、もう放り出しちゃおうかな。

「私はできることなら夜だけでもこの小屋で過ごさせてもらいたいわ。でも、とりあえず今はみんなでこれからどうするかを話しましょうよ。話さないことにはなにも始まらないんだから」

「……ええ、わかったわ」

 ケイラの強い口調に、ようやくリアンは折れた。


 四人は泉の手前、昨晩の焚き火の周囲に集まった。とはいっても、それぞれが各々の出方を伺っているかのようで、視線も交わさなければ、言葉も発しない。これではどうしたって関係性は深まらないし、塔の建設なんて夢のまた夢だった。

 ケイラは立ち上がって、沈黙して座るだけの三人に向かって言った。

「みんな、これからどうするか話し合う必要があるわ。私たちには共通の言葉がないから、どうしたって私が仲介するしかないと思う。でも、全部をそれに任せないでほしいの」

 そこで一度区切った。わざとアストラとノヴェラの言葉を混ぜこぜで話していたケイラの話し方に、リアンとアダムは顔をしかめていた。互いにいがみ合っているため、相手の言語が気に食わないのに、気に食わないはずの言葉が理解できてしまう。彼らは、自分に近しいものを嫌悪していることに気がついていた。

 ケイラはヴァリオスを見やる。

「まずはヴァリオス、あなたがリアンとアダムに手本を見せてあげてほしい。少なくともあなたは二人とはいがみ合ったりしていないもの。だから、アストラ語とノヴェラ語を二人から学んでみせて。……大丈夫、所詮は近隣の文化圏の言葉だけに共通する語彙や文法は多い。ヴェルダス語のいくらかは通じるだろうから、気負う必要もないわ」

 今度は、わざとヴェルダス語とソルム語を混ぜて話した。ヴァリオスにはほとんど理解できているようだった。

 ——もちろん、わかりそうなソルム語を混ぜたんだけどね。

「ああ、わかったよ。あんたがそういうなら、とりあえずやってみる。まずはって伝えたいんだが」

「そうね。じゃあ、こういってあげて——」

 ヴァリオスを中心にして、ケイラがその仲介をすることで、ちょっとずつ会話を成立させる。

 四人は互いになにも知らないに等しかった。ここに集まった目的だけが共通しているだけで、それ以外の文化的な背景や言語や生い立ち、職業や地位なども、まるで異なっていた。

 ——まずは言葉を交わすこと、話すこと、関わること。じゃなきゃなにも始まらないから。

「俺はヴァリオス。ヴェルダスからの使節だ。母国では主に建築に関わる職人をやっている。石工もやるし、鍛治もやる。石材と金属の扱いには長けているだろうと思う。少なくとも、ヴェルダスは近隣では一番の鉱石の産出国だし、石と金属の技術にかけては最も優れているはずだ」

 ケイラが教える通りに、ヴァリオスはアストラ語とノヴェラ語のごちゃごちゃに混ざった言葉で、いくらか誇らしげに語った。

 確かにヴァリオスに言う通り、四つの国の中ではヴェルダスは鉱物に関する技術が優れている。だが、わざわざ今この場で話すことではないだろうともケイラは思う。こうした小さな自信が、むしろ初期の段階では、他者に対して攻撃に近い効果をもたらすことがあるからだ。信頼関係が築けていない場合はなおさらそうだといえる。

 案の定、アダムがそれにアストラ語で付け加えた。

「ヴェルダスには木材が少ないから、仕方なく石ばかり使うのだろう。アストラでは建築資材といえば木材が中心で、多くの国でも事情は同じだ。なによりも木材は、石材と違って長い横材を用いることができ、かつ、技術さえあれば巨大な塔の建築だって可能なんだ。私たちの国では釘の一切を使用せずに建築する技術が確立しているため、経年劣化も少ない。また、石材よりもずっと軽いから修繕も容易だ」

 まくし立てるような勢いだった。もちろん、アストラには材木が豊富で、かつ、品質が良いという噂は聞いていた。それに合致するように、技術も優れている、とも。それにしたって、彼の言葉といい態度といい、わざわざ火に油を注ぐようなものだった。

 さらに、リアンが微笑しながら静かな声で話し始めた。まさに、むきになるアダムをいくらか嘲るかのようだった。

「大層な自信ね。でも、そうした巨大な建築を築くための基礎的な技術がどこからもたらされたかご存知ないのね。我が国ノヴェラの設計と構造に関する技術からすれば、あなたたち三カ国なんて子供の積み木ぐらいなものよ。石材にしろ木材にしろ、それを組み合わせる技術があってこその材じゃない」

 ——ったく、これだから。

 ケイラはすでに逃げ出したかった。

「こいつら、どんな話をしてるんだ?」

 ヴァリオスがいった。

「あなたと一緒よ。どの人も自分の国の技術が一番だっていってる」

「ほう、ヴェルダスよりも優れた石と鉄の技術を併せ持つってのか?」

「違うわ。アトラスは木工、ノヴェラは設計や構造の技術が優れているって主張しているの。つまり、あなたたち三人の力を合わせれば、この先千年でも万年でも持続できるような堅固な塔が建てられるってわけ。なのに誰一人、そのことを話そうとはしないのよ」

 ケイラは半ば投げやりにいい放った。

「なるほど。そりゃ面白いじゃねえか。俺もそんなことなら協力したい。石と鉄、それに最近じゃあ硝子なんてもんも作れるようになってきた。なにか活かせるじゃないのか」

「……それを二人に伝えてあげてよ」

 ケイラはヴァリオスに、アストラとノヴェラの言葉の混ざった表現でそれを伝えた。

 ヴァリオスの言語能力は意外なほど優れていた。いや、違う。とケイラは思う。それほど四つの国の言葉はよく似ているのだ。交流が再開してから長い時間はまだ経っていなかった。いずれ、四つの言葉はごちゃごちゃに混ざって一つに統合されてもおかしくないくらいに似ている。少なくとも、かつては一つの言葉だったと考える方が自然だ。だからこそ、ヴァリオスはあっさりと二つの言葉を理解して使いこなせる。使いこなせる、というよりは、ほとんど四つの言葉が混ざったような話し方をしているのだ。それも、他の三人が理解できるような水準で。

「俺の国では石と鉄、それに硝子の技術もある。で、アストラには木、ノヴェラには設計や構造。となれば、力を合わせれば優れた塔が作れるんじゃないのか?」

 もはやそれは、何語ともいい難かった。教えたのはアストラとノヴェラの言葉だったはずなのに、どこかソルム語も混ざっている。不思議な響きだ。

「……まあ、私はあくまで王の命でここに赴いたわけだから、設計や構造に関する問題を解決しようって話ならば吝かではないわ。協力できるだけの知性と思考力は備えているつもりよ」

「……私の木工技術が役に立つならば、手伝わないというわけにもいかない。王の命に従い、ただすべきことをするまでだ」

 ——なんなの。だから、最初からそういえばいいじゃないの。

 ケイラは自らの苛立ちを抑えるように、一つ、深呼吸をした。そしてまた、話し出した。

「なら、リアンにまず素案を作ってもらいましょう。巨大な塔を建てるというからには石と鉄、木材を上手に用いる必要があるでしょうから、ところどころ技術的になにが可能かをヴァリオスとアダムに確認しながら、意見を取り入れて。で、微妙な言葉の違いや理解が追いつかないときには、私が力を貸せると思う。四人でまずは基礎を築きましょう。基礎が脆弱ならば、そのうえになにを建てても崩れてしまうでしょうから」

「そうだな」

「わかった」

「ええ」

 それぞれ異なる意味の言葉だったが、偶然なのは、それは同じ音で、三人の声が重なった。


 建築計画を緻密に立てていくには、どうしたって四人の力を合わせなければできないことが徐々に明らかになっていった。

 初めのうちは、リアンがその自由な発想によって設計を進めていったが、すぐにそれが実現不可能であることがわかった。というのも、彼女の設計では鉄を用いる量があまりに多すぎたからだ。石材を豊富に用いるためには、どうしたって鉄での水平方向への補強が必要だった。アーチを築く際、横向きに逃げる力が働くからだ。だが、高くなればなるほど、その力が大きくなることを、リアンは考慮していなかった。そこでヴァリオスが指摘したのだ。

「巨大なアーチやドームを築くなら、その分だけ壁を厚くしなけりゃならねえぞ」

「ええ。だから鉄をふんだんに使うのよ。鉄の棒を何本も水平に通して、その引っ張る力で支えるの。いい考えでしょう」

「考えとしては理解できるけど、現実的じゃあねえな。まず、それだけの量の鉄を作るだけで何百年もかかっちまうし、そもそも石だってどこからそんな量を持ち込むってんだ」

「それは……」

 リアンは黙ってしまった。

 ヴァリオスはため息をついた。アダムが横で、なにかいいたそうにしながらも、声をかけられるのを待っているかのようだった。

「……アダムはなにか考えある?」

 ケイラがいった。

「木材を用いればいい。私たちの成し遂げようとしていることを考えれば、高層にいけばいくほど木材の価値は活きると思う。石材よりかはずっと軽いし、小さい部材を組み合わせるように加工することだってできる。おまけに、ミストリッジに木材は豊富にあるからな」

 ケイラがその言葉を部分的に訳してやる。訳す前から、ヴァリオスはいくらか理解しているようだった。

「なるほど、そりゃいい考えだな」

 ヴァリオスが明確に賛意を示した。

「私もいい考えだと思うわ。石や鉄を大量にこの標高まで運ぶのは容易じゃないし、木材ならここで加工して使えば、人手も労力も少なくすむ」

 ケイラがいった。

 三人の視線はリアン一人に集まった。リアンが頷かなければ、この提案が無駄になるだけでなく、これ以上この話が進まなくなる。沈黙がしばらく続いた後、諦めるようにリアンが話し出した。

「……わかったわ。低層はできるかぎり重厚に、丈夫に、かつ全体の重みに耐えられるように石や鉄を用いるけど、上層に行くにつれて木材を使うようにするわ。そうすれば全体としては軽くなるだろうし、低層の壁や梁の石材や鉄を減らせるはずだから」

「よし、そうこなくっちゃな」

「ほんと、いい考えだと思うわ」

 ケイラとヴァリオスがいった。

 遅れて、アダムがなにかいおうと、意気込んで立ち上がった。

「……ありがとう、リアン。あなたの建築設計にしろ構造に対する理解にしろ、感銘を受けた。ノヴェラに対して偏見を抱いていたことを認める。悪かった」

「……そう。別に、私は構わないわ。アストラの木の扱いの技術がなければ、きっとこの計画だってうまくいかないってわかっていたから」

 アダムが手を差し出す。それを、リアンは視線を合わせないまま握った。

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