第31話 災いではなく、人として

 そして現在。長い長い独白を終えたミトラは両手で顔を覆い、声を押し殺して泣きじゃくっていた。その様子を、万有と碧はただ見ていた。


「……記憶と事実に矛盾があったのは、アレンが作った記憶だったからなんだな」

「情報量多くて何が何だか分からないけど……とりあえず、アレン君が本当にミトラちゃんの良いお兄さんだったって知れて安心した」

「そして、なぜモンスターを操るとかいう危険な能力を持っているかも分かった。自然発生したにしてはあまりに危険な能力だなとは思ったが、まさかそれが人の手で作られたものだったとはな」


 ミトラはゆっくり顔から手を離し、うつむいたまま口を開く。


「アタシは災いの子、世界を滅ぼすために作られた人工生命のら。どういう性格だろうが、何処を目指していようが、在り方がそうである以上は死を望まれる悪人でいるしかないのら」

「ミトラちゃん違うよ! 確かに君は悪事を働いたけど、これからそれを帳消しにするくらいの善行を積めば――」

「いや、犯した罪は消えないさ」


 驚いて万有の方を向くミトラと碧。


「どれだけ悔いてもヒュドラに殺された人々は生き返らないし、街を壊滅させた事実は消えない。変えようが無い既成事実がある以上、お前は一生悪者のままだ」

「ちょ、ちょっと万有! そんなに言う事は――」

「だがそれはお前の中での話だ。お前の生まれや犯行は、自ら打ち明けない限りは他人がお前をどう見るかに一切影響を及ぼさない」

「……何が言いたいのら?」

「お前にはまだ、災いの子でない生き方をする選択肢があるって事だよ」

「!!」

「確かに自分が災いの子だとお前自ら世間に公表すれば、確かに悪として生きるしかなくなるだろうな。だが語るだけで胸が苦しくなる暴露なんて、好き好んでしようとは思わないだろ?」

「まぁ、意味が無いのらね」

「俺らや組織の人間以外にとって、今のお前への印象はまっさらだ。変えようのない過去は一旦自分の中にしまい込んで、これからの人生は善人として生きるよう努めろ」

「……でも、果たしてそれでいいのらか? きっとその道は苦しみの無い幸せな道のら。こんなアタシがそんな道を歩んで、殺された人々は許してくれるのらかな」

「お前はあの人達にとって、大切な家族だったんだぜ? ならお前の苦しみを理解した上で、幸せになる道を望むだろうさ」

「――家族! そうだ、アタシは組織によって生み出された人間である以前に、皆の妹だったのら。なのにアタシは死ぬべきだなんて……ごめんなさい……!!」


 地面に額をこすりつけて泣き出すミトラ。そんなミトラに碧は駆け寄り、頭を抱え上げてその胸に抱き寄せる。


 碧に抱かれたミトラは大声で泣き出し、碧自身も目から涙を垂れ流す。


「だいたい、お前がどうなろうが俺が責任をとるって言っただろ。お前は責任だのなんだのに縛られず、子供らしく自由に生きてりゃ良いんだよ」


 万有は立ち上がり、部屋の出入り口に向けて歩き出す。碧とミトラの横にさしかかった万有は、碧の頭を撫でながら言う。


「落ち着いたら小屋に戻ってこい。帰りはいつになっても良いぞ」

「……うん」


 碧の頭を軽く叩き、部屋を後にする万有。万有が去った後の部屋にはただ、ミトラの泣き声が響き渡るだけだった。


 ◇  ◇  ◇


 階段を上がって扉を開けた万有は、拷問器具を準備するアレンと椅子に縛り付けられた白衣の男を見た。


「万有か。ミトラは落ち着いたか?」

「ああ」

「そうか……本当、お前が来てくれてよかった」

「よせ、俺はただ自分の意見を述べただけだ」

「それがあの子の助けになったんだ、感謝される謂れはある」

「そうか。なら、素直に謝意を受け取っておこう」


 次に万有は、縛られた男の方に目を向ける。


「まだ準備中、って所か」

「綿密な準備が必要なんだ、これからする拷問はな。二年間溜めてきた鬱憤を、この拷問で晴らしてやるんだ」

「……せめて始めるのは二人が帰った後にしろよ」

「そうする。それで、万有はこれからどうするつもりだ?」

「そうだなあ。ミトラの話から残り二種類の特異体の存在を特定できたから、協会にその二体を探すよう手配させるつもりだ。その二体の情報が出るかお前の尋問が終わるかするまで、小屋で待機って所だな」

「そうか。それと、情報を絞れるだけ絞ったらコイツ殺して良いか?」

「んー……」


 腕を組んで考え込む万有。少しして、腕を解いた万有は口を開く。


「念のため、好きにしろと言うに留める」

「わかった」

「お前も無理はするなよアレン。お前だってあの事件の被害者だ、苦しかったら休んでも良いんだぞ」

「僕は問題ない、過去の未練とは既に別れを告げている」

「……そうか」


 万有はアレンの後ろを通り過ぎ、アレンのいる研究室を出る。


(さて、佳境だ。もう少しで件のヒュドラをその目で拝む事になるだろう。もしその時が来たら、スライム以上の激戦を覚悟しなきゃならないだろうな)


 拳を握りしめ、階段を上り始める万有。


(となれば、既存の手札じゃ太刀打ちできんだろう。手札を増やす必要があるが、今の俺にはブラックホールが限界だ。しかしアレは体にヒビが入るし、味方を巻き込む恐れがある……)


 足を止め、顎に手を当てて考えに耽る万有。少し経って、万有はハッと息を飲み、それから口角を上げる。


(ああ、その選択肢はアリだ。となれば、早速準備をしなければな)


 手を降ろし、再び階段を登り出す万有。その表情は、いつになく真剣だった。


「乗りかかった船だ、スローライフは一旦諦めて最後までやってやる。S4にふさわしい活躍を、まだまだ世間に見せつけてやろうじゃん」


 そう呟き、万有は廃病院を後にした。

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