第28話 『災いの子』(1)

 今から12年前の話。『世界進化計画』の研究施設には、六人の赤ん坊がいた。


 『被検体』と名付けられた赤ん坊達にはそれぞれ1号~6号までの番号が振り分けられており、その子達は全て、研究者達の手によって作り出された人工生命であった。


 さらに特徴的なのは、6人全員が同じ『死に様を見たモンスターを操る能力』を持っていた事だ。これらの子供達は、『災いの子計画』というマニュアルに則して育てられた。


 特殊な調整によって身体能力が常人離れしていた6人は、生後二ヶ月目に自立し、研究者の指示によって能力の訓練を行っていた。


 しかし『個体差』という残酷なヒトの性質が、6人横並びで成長することを許さなかった。


 2歳を迎える頃には、能力に対する適正の違いが如実に表れだした。モンスターを完璧に従えられる子もいれば、そもそも召喚自体上手くできない子もいる。


「1号良、2号3号及第点、4号最良、5号やや不良、6号不良……6はもう廃棄で良いでしょう」

「だな。おい、56号は廃棄だ」


 真っ白な室内で能力の訓練をしていた6人。4人の大人が部屋の中に入って1人を捕まえると、4人は青ざめてより一層訓練に対して真剣に取り組み始める。


「しっかし4号の伸びは凄いですね。いずれ彼女は、我々の『浄化』計画の最主力となりますよ」

「全くだ、他を見限ってしまっても良いくらいに凄まじい。まあ及第点を出してる以上、しばらくは面倒を見るがな」


 この4号こそ、後に『ミトラ・ハル』という名を授かる少女である。


 それから4年後、厳しい訓練を乗り越えて一人生き残ったミトラはある日、研究者達によってとある場所に連れて行かれる。


「さあ4号、今まで取り込んできたモンスターを駆使してこいつらを全員殺すんだ」


 そうして入った巨大な空間には、スライム・ゴブリン・ゴーレム・エルフ・ヒュドラがいた。


 ミトラはたった一人で、しかも雑魚モンスターしか使えない状況でその五体と戦う羽目になるのだが……当然、勝てるわけがなかった。


 戦闘を終えたミトラは全身を複雑骨折し、大量に血を失い、肺に穴が開くという致命傷を負ってしまう。その様子に研究者達は肩をすぼめ、ついにミトラに対しても『廃棄』を言い渡してしまう。


 口にガムテープを貼られ、さらに生きながら箱詰めにされて道端に捨てられるミトラ。身体能力の高さ故に死に損なったせいで、ミトラは6歳にして生き地獄を味わう事となる。


 そんなミトラが拾われたのは、捨てられてから一ヶ月が経った頃の事だった。ある日、真っ暗だったミトラの周囲が突然明るく照らし出される。


 しばらく眩しさに目を細めていたが、段々と目が慣れて視界が良好になっていく。そうしてミトラが見た光景は、鎧をまとった4人の男達が、自分を囲って話し合いをしている様子だった。


「おいどうするこの子? ウチで引き取るのは当然として、町長になんて言おう?」

「というより街の人々、余所者を引き入れて怒ったりしないかね」

「相手はガキだぜ? キレるとしても相手は選ぶだろ。それに、こんな状態になってる子を放っておく位だったら、喜んで怒られてやるってんだ」

「決まりだな。よし、とりあえず箱を解体して救出するぞ」


 男達は硬い鋼鉄製の箱をいとも簡単に解体し、ミトラの体を抱え上げる。ガムテープを剥がされたミトラだったが、ここ一ヶ月で吐き出した血が口内で固まって口を動かせずにいた。


「……ひでぇなこりゃ。親の顔が見てみたいぜ」

「言ってる場合かよ。さっさと帰って医者に診せるぞ」


 そうしてミトラが連れて来られた村こそが、英傑の街・ハル街だった。


 名医達によって僅か半日で傷を完治させられたミトラは、その後男達に連れられて町長との面会を果たす。


 村長は筋骨隆々の半裸の男で、巷で高身長と呼ばれる部類であろう男達の、そのさらに一回りほど身長が高かった。


「シヴァ町長! 例の捨て子を連れて来ました!」

「おう、この子が例の」


 ミトラは何をしていいか分からず、ただもごもごとしているばかりだった。


「……あー、なるほどな。この子の顎の下にも、うっすらとだがバーコードがついてやがる。おそらくはどっかに捨てられた人工生命だろうな」

「最近増えだしたというあの? でも人工生命って、組織の手から離れたら皆殺されるんじゃ」

「だからこの子は致命傷を負ってたんだよ。だがこの子はそんな深手を負いながらも生き延びられる、頑丈な体を持ってるんだ」

「なる程! それじゃあ……」

「ああ、この子は村の英才”戦士”教育を受ける素質がある。良い英傑になるぜ、コイツは」


 シヴァはそう言って大笑いする。


「そんでこの子、名前はどうします?」

「そうだなァ。ミトラ・ハルってのはどうだ?」

「え? ハルって――」

「俺の姓だ。つまりコイツは今から、俺の家族の一員になるって訳だ。丁度、アレンに妹を作ってやりたいと思ってた頃だしな」

「妹かぁ……いいなあ」

「兄妹揃ってS級まで上ってくれりゃあ、暗い話ばっかりだった世界もちっとは明るくなるってもんだ。お前ら、気合い入れて鍛えろよ」

「「「「ウッス!!」」」」


 こうして、ミトラのハル街での生活が始まった。ミトラは村の戦士達に可愛がられ、その過程で研究所では教わらなかった言葉も喋るようになった。


 兄貴分であるアレン・ハルとの出会いも大きく、年相応に感情豊かになっていくミトラ。


 ――しかし、そんな日々は長く続かなかった。

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