第14話 選ばれた者(2)

「……へ?」


 空中に放り出され、ワケも分からずそう呟くミトラ。その直後玄武の甲羅の上に背中から着地したミトラだったが、痛みを感じられない程の困惑をミトラは抱えていた。


(何が、起きたのらか? 八回目の突進のあと、突然グリフォンが青白い光を――)


 そこまで整理したミトラは、ある事実に思い至る。それは、『グリフォンのHPが0になった』事だった。


(捨て身の突進でダメージがないはずがない、とは分かっていたのら。でもまさか、ここまで大きかったとは! あともうちょっとだったのに!)


 ミトラの視線の先には、直径5mm程の小さな穴があった。その周りにはわずかにヒビが入っており、ミトラはそれに一抹の可能性を見いだす。


 ミトラは背中の痛みに悶えながらもその穴に這って近づき、バッグからナイフを取り出し、血まみれの手で持って一心不乱に何度も穴に向けて振り下ろす。


「壊れろ壊れろ壊れろ!! ここまで来て、手ぶらで帰るわけにはいかねえのら!」


 しかし、甲羅のヒビが広がることはなかった。やがて精根尽き果てたミトラはナイフから手を離し、力なくその場に倒れる。


(終わった……グリフォンが使えなくなった以上、アタシにはもう打つ手がないのら。せめてもう一度、アイツを召喚できたなら――)


 ミトラ、ハッと息を呑む。


(『HPが無くなったモンスターは再召喚できない』、これって固定観念のらよね。それに気付いた以上、やろうと思えばその縛りもなかったことにできるのらけど……)


 ――それをやったら、取り返しの付かないことになるかもしれない。


「……万有は、アタシの心が強いと信じてくれている。となれば、それを疑って挑戦を止めるのは野暮のらね」


 胸の前で両手を交差させるミトラ。しかし、ミトラの気を察知した玄武は足踏みし、ミトラの頭上に大きな岩が八つ落とす。


 岩に埋もれて生き埋めになるミトラだったが、刹那、ミトラの居た場所から何かが岩を壊して飛翔する。


 その何かとは――


「グリフォン……もう少しだけ、アタシの無茶に付き合ってもらうのらよ」


 ミトラの声に呼応するように、グリフォンは大空洞の天井まで飛び上がって急降下する。くちばしが甲羅の穴に激突した瞬間、玄武の甲羅全体にヒビが入って地面に砕け落ちた。


 グリフォンはすぐさま玄武から離れ、地面に降りて羽休めをする。甲羅を砕かれた玄武は1歩前に踏み出し、首を下げ至近距離でミトラを睨み付ける。


「思い出したのらか? 冒険者こそが己の最大の敵だったって事を。五年前のように逃げおおせられると思わない事のらね。今度はしっかり、仕留めきる!」


 体毛を引っ張り、グリフォンに突風攻撃をさせるミトラ。それをモロに食らった玄武は首を持ち上げ、右前足でグリフォンを蹴ろうとする。


 グリフォンは地面から飛び立って玄武の蹴りを避けたが、その衝撃でミトラの手から止めどなく血があふれ出す。


(くっ……さっきは余裕ぶってたけど、正直言って限界は近いのら。掴んでいられるのはあと二撃分だけ……回数が切れる前に、全てを終わらせる!)


 痛みに顔を歪めながらも、再び毛を引っ張って攻撃を指示する。グリフォンは羽に電気を溜め、それを突風に載せて玄武に放つ。


 しかしその攻撃で玄武の皮膚に傷が付くことはなく、僅かな隙を突いた玄武の首振り攻撃によってグリフォンは胸から壁に叩き付けられ、地面にずり落ちてしまう。


 ミトラはグリフォンに押しつぶされる事こそ無かったものの、伝わってきた衝撃で完全に手がズタズタになり、毛を掴んで居られなくなって空中に放り出される。


(せ、生物としての格が違いすぎて相手にならないのら……! 恐らく今のがグリフォンの全力、それでも傷一つ付かないなんて!)


 背中から地面に激突し、血を吐き出して仰向けになるミトラ。もはや立ち上がる余力も無く、壁に横たわってぐったりとするグリフォンをただ横目で見ている事しか出来なかった。


 ミトラはそんなグリフォンの姿に、かつて故郷がヒュドラに襲われた際の自分を重ねていた。強大な敵に対し打つ手がなく、ただ蹂躙されるしかなかった自分の姿を。


「……一度死なされた挙げ句、こんな屈辱まで受けて。つくづく、申し訳ねえのら」


 寝返り打ち、グリフォンの方へエネルギーを溜めた右手を伸ばすミトラ。


「召喚以外に使い道のない、アタシの中に眠るエネルギー……それを全部、アンタにやるのら。コイツを使って、せめて一矢報いてくるのらよ」


 ミトラは開いた手の前に大きなエネルギー弾を出現させ、グリフォンに向けて放つ。


 ただならぬ気を感じた玄武は左の後ろ足でグリフォンを蹴り殺そうとするも、次の瞬間、玄武の足はグリフォンの突進によって根元から切断される。


 そのまま玄武の顔の前に飛んできたグリフォンの体からは、凄まじい量のオーラが放たれていた。


 足を一本失った事で姿勢を崩す玄武に対し、グリフォンは全身に雷を纏い胴体に向かって突進する。突進したグリフォンは玄武の胴体を見事貫き、その後急旋回して地面に降り立つ。


 胴体に穴を開けられた玄武はしばらく仁王立ちのまま動かなかったが、やがて足から地面に崩れ落ち始める。


 洞窟の倒壊を恐れたミトラが慌てて左手を伸ばしたことで玄武の体は光りだし、玄武は粉々になって左手に吸い込まれる。


 五秒足らずで玄武の吸収が完了すると同時にグリフォンも消滅し――ミトラは一人、戦場の跡に残された。

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