第4話 ミトラ・ハル(2)

「復讐を、手伝って欲しいのら」


 突如ミトラの口から出てきた強い言葉に、万有は酷く困惑する。


「復讐だと? 人殺しはごめんだぞ」

「もし人を殺して欲しかったらその道のプロの元に行くのら。でもアタシはアンタの元へ来た。と言うことは……」

「モンスター討伐か」

「そうのら。二年前にアタシの村を住民ごと滅ぼしたモンスター、そいつを探し出して討って欲しいのら」

「二年前……まさか、S級冒険者が大量に失踪したという事件と関係が?」

「心当たりがあるのらね。なら話が早いのら、正しくその事件の首謀者をアタシは知ってるのらよ」


 それからミトラはその事件について語り始める。


 ミトラはかつてハル街という街に住んでおり、10歳になるまでの時間をそこで過ごしていた。ハル街はかつて『英傑の街』と呼ばれた街で、S級冒険者の半数がこの街の出身地である事で有名だった。


 その日は年二回ある冒険者協会の全休日で、ハル街出身の冒険者は全員街へ帰省していた。ミトラ含め街中の人間が宴で盛り上がる中、ソレは突然現れる。


 三つ首の、蛇の頭を携えたドラゴン。ヒュドラと言う名前が付けられていたそのモンスターは、協会の図鑑にC級として登録されていた。冒険者達は軽い食後の運動のつもりでヒュドラに斬りかかるが――


「――粉砕されたのら。襲いかかった3人のS1級冒険者が、全員」

「なんだと? C級にか?」

「彼等だけじゃないのら。そこに居合わせたS2、S3の冒険者もヒュドラに立ち向かったけど、同様に全員殺されてしまったのら」

「あり得ない」

「協会の人間にもそう言われたのら。だから事件の調査も行われず、ヒュドラの正体は今も謎のままなのら」

「……一旦真偽の議論は後回しにする。お前はどうやって生き延びたんだ。S級も街も破壊し尽くしたあの化け物から」

「冒険者達が命がけで逃がしてくれたのら。でもアタシを逃がそうとしたせいで、本来死ぬはずじゃ無かった人達も死んでしまったのら。だからアタシは、なんとしても彼等の仇を取らなきゃならないのらよ」


 そう呟くミトラの表情は、不安に満ちていた。


「でも、アタシ一人じゃ何もできないのら。冒険者認定テストの結果はF級で、さらに能力も教えて貰えなかったのら。だから……」

「俺に代わりに対峙して貰いたい、と」

「いや、一緒に対峙して欲しいのら。意思を託されたのはアタシのら、アタシが後ろで腕組んで見てるのは彼等の意に反するのらから」

「義理を気にする12の女児がいるかよ……」


 頭を掻きながら思案する万有。そんな彼の頭には二つの疑問があった。


(ヒュドラの一件が作り話かどうか、そして本当にミトラが誰にも雇われて居ないのかどうかだ。前者に関しては証明しづらいが、後者に関しては、あぶり出す方法がある)

「どうのら? 協力してくれるのらか?」

(少し心が痛むが、やるしかない)


 万有は口角を上げ、下卑た笑みを見せる。


「金次第だ。お前、この依頼にいくら出せる?」

「か、金のらか?」

「そうだ。世界に七人しか居ないS4級冒険者の力を借りるんだ、さぞ大量のお金を出してくれるんだろうな」

「……」


 ミトラはポケットから財布を出して万有に渡す。財布を受け取った万有だが――


「……お前、金無いのか」

「はいのら。今日まではハル街の冒険者達がくれた僅かなお金で生き延びてきたけど、それも四日前に尽きたのら。だから、依頼金は出せないのら」

「タダ働きをしろって?」

「出せるなら出したかったのら! それなりに命を張って貰う事になるから、ソレに見合う報酬を出してやりたかったのら。でも無いものは出し様がない、だから――」


 ミトラは起き上がり、布団の上で土下座をする。驚いた万有は思わず立ち上がってしまう。


「どうか、見返りなしでアタシに力を貸して下さいのら。あの町で志半ばに倒れた数百人の冒険者、彼等の仇を共に取って欲しいのら。アタシに出来る事は、何でもするから」

(そこまでするか! 命を救われたとは言え、たかだか出身地が同じだけの他人のために!)


 ここで、万有の疑念は確信に変わる。


(間違いない。ミトラの行動はアイツの根っこから出た物で、指示された行動じゃない。アイツのバックには誰も付いてないし、ヒュドラも――きっと居る)


 引き続き土下座を続けるミトラ。万有は顔を上げる様彼女に言い、顔を上げたミトラの頭を撫でる。


「俺にただ働きを頼んだ奴は今までに一人も居なかった。巷じゃ、俺と契約するには最低でも一千万Gは必要だと言われてた位だしな」

「……」

「だが噂は噂、俺は俺だ。その話、受けるぜ」

「本当のらか!?」

「金が絡む契約はよ、どうしても依頼人と請負人っていう立場の差が生まれちまうんだ。だがタダ働きなら立場は平等だ、計画に欠陥があっても忖度せず口出し出来るのが良い」

「じゃあなんでさっきお金の話をしたのら?」

「ふるいだ、お前のバックにクランが居ないかどうかのな。もしこれで大金が出てくれば俺は断る気でいた」

「……よく分からないけど、協力してくれるのらね! 良かった――」


 ミトラは突然脱力し、ベッドから崩れ落ちてしまう。万有は慌ててミトラの頭を受け止め、再びベッドに寝かせ布団を掛ける。


「自分が重病人だって事、ようやく思い出したようだな」

「そうだったのら……」

「今日はそのまま寝てろ。これからのことは、お前の体調が万全になってからだ」

「これからのこと……それを考えていい日が、ようやく……」


 全て言い切る前に、ミトラはまぶたを閉じて寝始める。その姿を見て、万有は密かに微笑んだ。

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