第7話 クラスメイトの反応集

 ダンジョンに挑んだのが、金曜日でよかった。制服の準備や私服の準備を、土日に行うことができたから。不幸中の幸い、というやつだろう。


 そして、週明けの月曜日。

 教室に入った途端、クラスの全員が俺のことを見た。そしてクラスメイト全員が、ザワつきだした。


「え、誰……?」

「不審者……いや、でも……制服を着ているから、ウチの生徒なのか……?」

「それにしては見たことねェぞ? あんなデカい男、一度見たら忘れるハズねェしな……」

「一体……誰なんだ? それに何の用事で、ウチのクラスにやってきたんだ……?」


「……ねぇ、結構カッコよくない?」

「あ、そうよね? ……割とタイプだわ」

「ちょっと大きすぎるけれど、顔つきはアイドル顔負けだし……全然アリだわ……」

「あんなに身体が大きいんだから、下半身のアレも相当ビッグなんでしょうね……。食べたいわ……」


 急に身長が伸びた俺に対して、ほとんどのクラスメイトが動揺している。俺の正体に気付いているヤツはただの1人もいない。彼らからすれば一晩で30センチ以上も身長が伸びた上に容姿も良くなっているから、以前の俺と同一人物だとは気付けないだろう。


 しかし……これはチャンスだ。

 これまでは生徒から眼中にないといった反応をもらった俺にとって、これは新たな自分をアピールするチャンスだ。ファースト反応こそ訝し気な反応だったが、少し話をすれば俺が霊田志苑だということに気付いてくれるだろう。


「あ、あの……」

「ひィッ!?」


 勇気を出して、手始めに近くにいた男子生徒に話しかけると、何故か短い悲鳴を上げられてしまった。……ひどい。ショックだ。


 俺もコミュ障だから、必死に勇気を振り絞ったのに。酷い反応だな。あぁ……病みそうだ。


「お、おい……大丈夫か?」

「あ、あぁ……こ、怖かったけどな……」

「しかし……なんか、聞いたことのある声だったよな?」

「見た目はシュッとしたイケメンなのに、割とネチャってした声だったわよね?」

「……どこで聞いたんだったかな? 割と最近、どこかで聞いた気がするんだけどな……?」


 追撃で話しかける前に、その男子生徒は遠くの仲間の元へと去ってしまった。さらに考察をしている様子だが……ネチャッとした声とか言うなよ。気にしているんだから。


 しかし……若干厄介だな。

 俺の正体に気付いていないから、クラスメイトの一部は俺のことを不審者扱いしている様子だ。惚れ惚れとした視線を送ってくる生徒も多いが、同時に怯えた表情の生徒も散見されるからな。これは早急に正体を明かした方がよさそうだ。


「お、俺は……霊田志苑だ」


 生徒手帳を持ち、そう告げる。

 すると教室がシーンと静まった。

 ……変なことを言ったか?


「霊田志苑……?」

「誰だ、それ……?」

「お前、知っているか?」

「いや、聞いたことねェな……?」


 ……コイツ等、本当にヒドいな。

 かつての俺は根暗でボッチで落ちこぼれで……ともかく良いところのない男だった。だが……せめて名前くらいは覚えてくれよ。いないもの扱いをしないでくれよ。


「……はぁ」


 ため息を吐き、席に着く。

 本当に……ツラい。


 容姿が変わっても、見た目が良くなっても、結局元の評価が最底辺なのだから俺のことを誰も気付いてくれないのか。むしろいきなり知らない人が教室に訪れたとして皆から、不審者扱いを受けてしまうのか。


「おいテメェ、マジで誰なんだよ」


 自席に着いてため息を溢した途端、ドスの入った声が俺に発せられた。顔を上げると、そこには──反社がいた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「うぉッ!?」

「なんだよ、その反応。腹立つな」


 思わず仰け反り、椅子から転げ落ちてしまう。ビックリした、反社が学校にいるんだから。……いや、よく見ると反社じゃないぞ。


 大きな傷が掘られた強面の男は、制服を着ていた。そうだ、彼は見覚えがある。優秀な我が校に相応しくない不良生徒と同じクラスで、入学当初に辟易とした記憶があるぞ。


「え、えっと……や、山田?」

「誰がそんな平々凡々な名前だ」

「じゃ、じゃあ……佐藤?」

「テメェ……ナメてんのか?」


 ブンブンと顔を振る。

 以前までなら、きっと恐れていただろう。

 だがダンジョンを攻略した今は、彼にどれだけ凄まれても何も感じない。恐怖も畏怖も、何一つ抱かない。


 しかし……彼の名前は、さっぱり思い出せない。彼がとんでもなく悪い不良であり、クラスメイトの1人を虐めている度し難い男だってことは覚えている。だが彼に関しての情報は、全く俺は有していなかった。


「ちッ……。俺は守本元樹もりもともときだ」

「お、俺は霊田志苑だよ」


 彼の名前を聞いても、まるでピンとこない。

 関わりが皆無だったから、だろうか。

 ……クラスメイトが俺を覚えていないことを、俺も咎められる立場じゃないな。


 俺の名前を告げると、彼は途端に不機嫌になった。え、何か失言したか? 名前に『も』が多いな、なんて失言は漏らしていないぞ!?


「……お前のことなんて、知らねェな」

「そ、そうなんだ」

「だが、テメェの整った顔は腹が立つ」

「え、それは……ありがとう?」

「テメェ……やっぱナメてンだろ!!」


 素直に感謝を告げると、彼は唐突に殴りかかってきた。バコンっと額に拳が命中するも、痛みは皆無だ。蚊に刺された時よりも、痛くないな。


 だが俺とは対照的に、守本は苦しんでいる。

 殴った手を押さえて、その場にしゃがみ込んだ。あーぁ、自業自得だな。


「えぇ!? 守本の拳が……通じてない!?」

「守本って素行は悪いけど、ボクシングの地元チャンピオンなんだよ!?」

「100人の暴走族と戦って、完勝した守本だぞ!? そんな守本が……苦しんでる!?」

「何者なんだよ、あのイケメン!?」


 周りの生徒が驚愕している。

 へぇ、そんなにスゴい男だったのか。

 だが。所詮は人間だったな。

 彼の強さなんて、ゴブリンにも劣る。


「テメェ……覚えておけよ」

「え、俺が悪いの!?」

「いつか……ボコしてやるからな!!」

「え、えぇ……」


 守本はそう叫ぶと、舎弟たちと教室を後にした。ガシャンッと教室の扉を蹴り、乱暴に出ていった。


 彼が出て行った教室は、しばし静寂が包む。

 そして──


「スゲェな!! お前!!」

「あの守本を!! 退けるなんて!?」

「マジで最高だぜ!! イケメン野郎!!」

「名前を教えてくれ!! 付き合おうぜ!!」


「あなた……本当にいい男ね!!」

「顔も強さも最高……友達になりましょ!!」

「アタシを彼女にして!! お願い!!」

「交尾しましょ!! 子種が欲しいわ!!」


 守本が教室を去ると、次々と生徒たちが俺の元へ集まってきた。彼らの中には少し過激な発言をする者もいたし、途端に褒めちぎる彼らは都合が良いと思いましたが、そんなことは些細なことだった。重要なのは、俺が人気者になれたという事実であり、その感覚は純粋な幸せだった。


 これまでの人生で、こんなにも多くの人々に囲まれたことはなかった。俺を取り巻くこの状況は、ひとえに『ダンジョン・サバイブ』のおかげだ。新たに得た人気と注目を心から楽しみながら、俺は自分の新しい地位を満喫していた。


「あ、あはは……」


 だがコミュ障な俺は、気さくな返事ができなかった。レベルだけでなく、コミュ力も鍛えなければな。

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