♯4

 「エリー!!」


 一部始終を見ていたユートは怒りに身を任せ、叫びながら切りかかっていく。だめだ、頭に血が上っている。既にこの時点で、私は彼の行く末を悟った。大振りになった剣は力強いが、巨体の蜘蛛ですらその軌道は読みやすい。最初こそ力で押せていたものの、隙を突かれ、剣は宙を舞う。攻守の要を失ったユートは、なすすべもなく押し倒され、肩部を噛まれた。あれだけ大きな口であるから、さぞ強力な顎をもっているのだろうが、肩には目立った外傷はできておらず、ユートは糸の切れた人形のように崩れ落ちた。毒だ。咄嗟にそう思った。


 二人ともやられた。私一人では打開のしようがない。逃げるか。かといって安否の定かでない仲間を見捨てるわけにもいかない。息が上がり思考が途切れ途切れになり、目が眩む。絶望とはこんな状況を指すのだろうか。星々は下界のことなど気にも留めず、変わらずに、隔てなく、全てを照らす。光を見上げながら、闇の中で死ぬのだろうか。


 そのとき、霞んだ視界の隅で何かが動いた。ユートだ。まだ毒が回りきっていないのか、突っ伏したまま右手だけを懸命に動かし何かを探してる。そしてみつけたそれを、最後の力を振り絞って蜘蛛に投げつけた。ランタンである。蜘蛛の顔に当たるとガラスが音を立てて砕け、幼光虫は爆ぜるように発光し、眩い光が辺りを襲った。私も驚いたが、大蜘蛛の反応はその比ではなかった。頭を垂れ地団太を踏むように暴れている。そして厄介で憎たらしい触肢がピンと伸ばされて、守るべき目から離れていた。


 ここしかない。冷静に、しかし素早く弓を構え、矢筈を弦にあて、力を込めて弓を引き絞る。弓は極限までしなり、弦はキリキリと音を立てる。暴れまわる大蜘蛛の、さらけ出された深黒の目に狙いを定め、そして放つ。弦の振動が手を伝う。反動で弓が三日月形に歪む。指から離れた矢はまっしぐらに獲物へ飛びかかっていく。切り裂かれた風の悲鳴を後に残し、足をかいくぐり、そして無防備な目を突き破った。


「キィィィィ」

 大蜘蛛の悲鳴が響き、地団太はより強くなり、そしてすぐ静かになった。やったのだ。私は安堵から倒れこみそうになったが踏ん張ると、二人の元へ駆け出した。大丈夫だ。きっと生きている。しかし無情にも、辿り着く前にゴオッと強風が駆け抜け、あの老婆の笑い声が響きだした。笑い声は弱まるどころか次第に強くなり、合わせて風も強くなる。歩けないほどの突風になったが、それでも気力を振り絞り、一歩を踏み出した。そのとき、一瞬にして視界が白くなった。何が起こったのか考える暇もなく、今まで聞いたこともない大きな雷鳴が轟く。そして、世界がブラックアウトした。

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