♯2

 魔女の洞窟を行軍することになったそもそもの発端は何だったか。先日、王女が病に伏した。三日三晩の祈祷も空しく病状は悪化し、ほどなく臣民に広がった。恐怖と疑心から、いわれも知らぬお客人の私たちは理不尽に蔑視されたが、献身的な調査の末、王城の地下に黒魔術の痕跡を発見した。そして、愛憎混濁する幾重もの人心の網を解き、ついには陰謀のベールを引きはがして犯人を特定するが、この話は事の経緯に関係がないので以降は割愛する。何はともあれ私たちは犯人を追って西へ向かっていた。


 一刻を争う状況にも関わらず、行く先々で人助けをするのは冒険者の性か呪いか。長い間自分自身に問うてきたが、ユートが嬉々として迷子の猫の捜索に乗り出したとき、呪いだと確信した。猫は子供の妄想だった。よしんば人助けは良いことだから良いとしても、道行く人と閑談する必要はないだろう。またユートが行商人に声をかけ、与太話に花を咲かせている。もちろん、一聴愚にもつかないような話から、ふと有益な情報を得ることもあるが、普通、そう易々と見知らぬ人に声をかけるものではない。ユートを尻目に先へ進もうとした私に、男が有無を言わさぬ勢いで声をかけてきた。


「あんたたち冒険者か」


 そうしてまた厄介ごとに絡まれる。この、なんちゃら村の長を自称する男に、魔女の討伐を依頼されたのだ。


 蜘蛛座の昇る晩秋、新月の夜に魔女は近村の子どもを攫い、その子供が帰ってくることはない。先代の長が魔女の討伐を画策したが失敗し、後に干ばつが村を襲い作物はみな死んだ。呪いだといわれている。以来村のしきたりとして、贄となる子どもを選定し、蜘蛛座昇る新月の夜になると、洞窟と同方角、村外れの小屋へ連れていき寝かしつける。子どもが逃げてはいけないと、距離を取り一晩監視をするが、何ら異変が起きることもなく朝には忽然と姿を消しているという。今回の新月もその慣習にのっとり、子どもを選定したのち小屋へ連れていき、何度目かのかりそめの平和を享受して終わるはずだったが、攫われた子供は選ばれるはずのない長の娘だった。そうして私たち冒険者が、これまでの清算を金で押し付けられて今に至る。


 笑い声は私たちにひとしきり恐怖を与えると次第に弱まっていき、風の音にかき消された。その風もやみ、また静寂が訪れるころ、私たちは出口に向かって歩き出した。

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