第28話 ご令嬢

 変な女に時間を取られたが、時間にしてみれば十分にも満たない。

 これぐらいのタイムロスなら先輩も……。


「遅いっ」


 はい、お怒りです。ご立腹です。

 空気椅子で腕組みしてるように見えるんだけど、きっと透明先輩が椅子になってんだろうな。もう許してやってくれよ。


「すみません。クラスメイトに話しかけられて……」

「へぇ? 私よりも級友と親睦を深めるほうが大事なのね。小五郎君は、奥さんより仕事を優先するタイプかしら? 奥さんほったらかしで飲み会に行くタイプね。許せないわ」


 許されざる男になってしまった。念のため小走りで来たんだけど、全力疾走するべきだったか。


「そんなこと言わないでくださいよ。俺、先輩と話したくて、先輩にオススメされたドラマ観てきたんですよ」

「へぇ、殊勝な心がけね」


 おっ、食いついた。

 余裕ぶった態度を取ってるけど、めっちゃ食いついてるやん。

 なんでわかるかって? そりゃだって、嬉しそうだもん。口角上がってるもん。


「よし、じゃあ行くわよ」


 先輩がおもむろに立ち上がる。

 そんなに勢いつけたら、透明先輩へのダメージ大きくない? 大丈夫?

 聞こえないはずなのに、うめき声が聞こえた気がするんだけど。


「え? どちらに?」

「こいつから聞いたんだけどね。普通の高校生は、帰りにファーストフードを食べるらしいわ」


 こいつというのは、透明先輩のことだろう。

 え? それって、伝聞で知ることなん?

 なんていうか、色々と苦労してきたんだな……。


「俺と行ってくれるんですか? ハンバーガーを食べに」

「ハンバーガーとは言ってないけど……」

「ああ、すみません。大体ハンバーガー……たまにタコ焼きってイメージですから」


 逆にそれ以外が思いつかない。友達少ないからさ。

 牛丼も一応ファーストフードか? 学校帰りに行くって選択肢がないんだけど、普通の高校生は行くんかね。


「ハンバーガーねぇ……場所は知ってるの?」

「そりゃまあ……近場に結構ありますし」


 たしか駅前に二つあったよな。国道沿いにもあるけど、そっちは遠いから候補外として……ショッピングモールの地下にもあったな。高そうだから行ったことないんだけど、いい機会だし行ってみるか?


「人ごみ嫌いって言ってましたけど、大丈夫ですか? 基本的に学生が多くてうるさいと思うんですけど」

「……ウチの生徒も多いかしら」

「そりゃ多いでしょう。むしろウチの生徒が一番多いんじゃないですかね」


 わりと頻繁に全校集会で『〇〇店のほうから、我が校の生徒が迷惑をかけているとお叱りを受けています。これが続くようなら見回りをせざるをえません』みたいなこと言ってるし、基本どこにでもいるんだろうな、ウチの生徒。


「いいの? 小五郎君は」

「何がです?」

「私といるところを見られてもいいの?」


 ……?

 楓と委員長はまっすぐ家に帰るだろうし、熊ノ郷も多分大丈夫だ。ギャル友とつるんでた時ならまだしも、孤立してる今はまっすぐ帰るはず。

 うん、見られて困る相手はいないはずだ。


「別にいいですけど?」

「私、嫌われてるのよ? 他の生徒から」

「……? 知ってますよ? 肯定するのも失礼かもしれませんが」


 嫌われているからなんだと言うのだろうか。

 別に石を投げられるわけじゃあるまい。


「じゃあ……現地集合じゃなくていい?」


 ……?

 なんだ? この……俺の顔色を伺っているような感じは。


「むしろ現地集合するつもりだったんですか? ドラマの話でもしながら、歩きましょうよ」

「……」


 あれ? もしかして俺、変なこと言った?

 いや、そんなことはないはずだ。どっちかといえば先輩がおかしい。




 先輩が無言になった理由がわからないまま、校門までやってきた。

 道中、他愛の無い会話があったものの、先輩は普段よりも声が小さかった。やはり、先ほどの変な空気を引きずっているのだろう。

 俺は一体どんな粗相を……。


「あの、雅様?」


 黒塗りの車の前を通り過ぎた時、中にいた男が慌てて駆け寄ってきた。

 黒川先輩が車で送迎されているという事前情報が無ければ、ヤーさんと勘違いしていただろう。車種もそうだが、男の風貌はとてもカタギに見えない。

 黒スーツにサングラスって……安易なSP像だなぁ。校門前にいちゃいけない人種だろ。こういうのって実在したんだなぁ……。


「連絡し忘れてたわ。今日は寄り道して帰るから」


 足を止めることなく、駆け寄ってきた男に冷たく返す。

 なんというか、傲慢……いや、傍若無人か……。それが一番しっくりくるな。


「雅様を一人で歩かせるわけには……」


 プロだなぁ、黒川先輩相手に食い下がるなんて。

 でもまあ、そうだよね。黒川先輩にもしものことがあったら、この人が処罰されるわけだろうし。


「一人じゃない」


 そう言って立ち止まり、俺の袖をちょこんとつまむ。

 か、可愛い。腕を絡められるのも好きだけど、こういう控えめなアピールも男としてはたまらん。


「ええっと……その男は下僕か何かで?」


 随分とご挨拶だな。どっちかと言えば、下僕はアンタだろ?

 彼氏とか友達って言葉よりも、下僕が先に出てくるあたり、色々と察するものがあるな。今更すぎるけど、俺ってとんでもない人に目をつけられたんだな。


「友達よ。侮辱は許さない」


 下僕呼ばわりに腹を立てたらしく、いつも以上に低い声で凄む。

 俺からは先輩の表情が見えないけど、男の表情から察するに凄い顔してんだろうな。サングラスで隠しきれないほどの怯えようだ。

 変なこと言うかもしれないけど、強面の男が怯えてるのって、大きめの小動物みたいでちょっと可愛いな。

 大きめの小動物ってあれね、太ったハムスター的な。


「と、友達? 雅様にお友達?」


 なんて失礼な驚き方。彼氏とかならまだしも、友達でそこまで驚く?

 男友達だからか? それとも、友達ができること自体ありえないのか?


「下僕呼ばわりしたことを土下座で詫びるか、そこの石ころを丸呑みするか、好きなほうを選びなさい」


 実質一択じゃないですか、それ。


「申し訳ございませんでしたぁ!」


 間髪入れずに見事な土下座をかます。声も凄まじいが、勢いはそれ以上だ。膝が痛そうで見てられない。

 これ、パワハラだろ。労基に行ったほうがいい。

 俺だったら労基に駆け込む勇気ないけどな。絶対に呪われるし。


「じゃあ行くわよ、小五郎君」


 渾身の土下座に大した興味を示すことなく、俺の袖を引っ張り、前を歩く。

 いや、あの、いいんですか? まだ土下座してますよ?


「小五郎君はどこまで見たの?」

「え? ああ、ドラマですか?」

「……? 当たり前でしょ?」


 いや、土下座の話かと思ったよ。物音しないし、多分まだ土下座してるよ。

 今こそ言うべきでしょう、あのセリフを。『面を上げなさい』ってヤツ。


「シーズン一は全部見ましたよ」

「たった一晩で?」


 先輩が、いつもより大きめの声でリアクションする。

 そりゃ驚くよね。自分でも驚いてるもん。


「じゃあろくに睡眠取れてないんじゃないの?」


 ご名答だ。昨日は、ただでさえ遅くまで駄弁っていたのだから、そんな状態でドラマを十二話も見たら、まあ。


「どうしても先輩と語りたかったですから」


 ワガママを言うなら、もう少し面白いドラマにしてほしかった。

 委員長といい、先輩といい、センスが少しずれているのではないだろうか。

 俺がズレてるって説もあるけど、このドラマのレビューの点数低かったし、俺の感性は間違っていないはず。


「へぇ」


 セリフだけ見れば興味なさげに見えるが、声色からして喜んでいると思われる。

 先輩が喜ぶなら多少の無理もなんのその……と言いたいところだが、睡眠を疎かにするのはやっぱり嫌だ。ドラマ一気見は、最初で最後にしたい。


「ところで、よかったんですか? 迎えの人を放置して……」

「いいのいいの。私を乗せようが乗せまいが、給料に差はないから」


 いや、未だに土下座してる件について、言ったつもりなんだけど。

 俺らが見えなくなるまで頭を上げないつもりかな? もう既に百メートルぐらい離れてる気がするんだけど。

 ほら、校門から出てきた生徒が怖がってるよ。そりゃそうだ、誰もいない空間に向かって土下座してるんだもん。誰だって怖がるよ。


「黒川先輩がいいって言うなら、まあ。そういや、雅様って呼ばれてるんですね」

「あいつはそう呼んでくるわね。〝お嬢〟って呼ぶヤツもいれば、〝雅殿〟って呼ぶヤツもいるわ」


 あっ、そこは統一されてないんだ。

 お嬢はあれだな、ヤーさん感が強まるな。でも妙にしっくりくるのはなぜだろう。

 雅殿は従者感が強いな。実際に従者なんだろうけど、同年代の侍女感がある。漫画とかアニメの見すぎかな?


「付き人さんも呪いとか使えるんですか?」

「……」


 あ、あれ、また無言になっちゃったよ。

 地雷がわかんねぇな。もしかして、あんまり家のことを聞いちゃいけない感じか?


「あの、別にその、先輩のことを詮索してるわけじゃなくてですね……」

「ううん、それはいいの。隠す気もないし」


 どうやら思い違いだったらしい。

 じゃあなんだ? 何がいけなかったんだ?


「私と両親以外は使えないわ。親戚までは知らないけど」

「あっ、そうなんですね」


 付き人が使えないことは薄々察していたが、両親共に使えるのは意外だな。

 だって片方は、元々よその人間だろ?

 そういえば、さっき出会った女が、黒川家以外にも呪いを使える家系がある、みたいなことを言ってたような気がする。

 ってことは呪術師同士の結婚?

 黒川先輩は、よその流派との混血児だから、強力な呪いが使える的な?


「母親の兄は呪いを使えないけど、妹は使える。つまり、私と小五郎君の子供が、確実に呪いを使えるとは限らないってことね」


 そういうもんなんだ。子供なら無条件で受け継ぐもんだと思ってたよ。

 跡継ぎとか大変そうだな。適正ある子が生まれるまで、子供作り続けんのかな?

 ガチャ感覚で子作りするのは倫理的にどうかと思うけど、特殊な家柄だと仕方ない面もあるよね。

 それはさておき、なんで顔を赤らめてるの? 暑いのかな?


「もし俺と黒川先輩の子供が呪いを使えなかったら……それはどうなるんです?」

「待って……あんまり子供子供言わないで」


 え? もしかして、赤面してる理由ってそれ?

 その、なんだ、あれか? 子作りシーンを想像したのか、それとも結婚生活を想像したのか。いずれにせよ初心すぎんか?


「私からも質問いいかしら? よくなくてもするわ。なんで急に色々聞き出したのかしら? ドラマの話をしたかったのに」


 なるほど、さっき無言になったのはそれが原因か。

 思い返してみると、ドラマの話をしたいとか言ったそばから、付き人がどうだの、呪いがどうだの、ドラマと関係ない話ばっかしてたもんな。

 そりゃ不機嫌にもなる。こればかりは俺が悪い。


「先輩のことを知りたかったんですよ」

「……呪いを解きたいから?」

「いえ、純粋に知りたかっただけです。先輩のこと全然知らないわけですから」

「へぇ」


 なんだろう、この人ちょろくない?

 呪いをかけられなかったら、普通に落ちてたかもしれない。

 そもそもの話、結婚がどうとか一族入りがどうとか、いきなりグイグイこられたから引いただけで、元々告白を受け入れる気満々だったのよ?

 おそらく先輩は、自分に魅力がないからフられたって思い込んでるんだろうけど、こうやって普通の付き合いから始めてたら、こんなことには……。

 そうだな、うん。呪いうんぬんの前に、その辺の誤解を解くことを目標にしよう。

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