第16話 洗い合いっこ

 有識者の人がいたら、是非教えてほしい。

 出先で漏らした場合って、どうしたらいいんだ? お漏らし有識者の人がいたら、ご教授願いたいのだが。

 とりあえず近くの公園で思いっきり水浴びしたけど、これで家まで帰るの?

 文句を言う気はないよ、公園で水を使えただけでも幸運だろうしね。

 一つ言えることは、春で良かったということだ。冬場だったら凍え死んでいた。この時期なら憤死するだけで済む。


「じゃあ、俺帰るけど……あんまり気にすんなよ?」


 できることなら、責任を取ってほしい。死ぬまで引きずってほしい。

 一人暮らしならまだしも、親と妹がいんだぜ? ズブ濡れで、ほのかに尿の臭がするって、どう説明すんだよ。


「お詫びってわけじゃないけど、アタシん家に寄って行かないか?」


 またまた御冗談を。

 尿の臭いがする娘が、尿の臭いがする男を連れ込むって、大問題だろ。


「親父は仕事行ってるし、オカンは細かいこと気にしねぇ性格だから大丈夫だよ」


 どんなに大らかな大人物であっても、この状況は見過ごせないだろ。

 これをスルーって、懐が深いを通り越して、人として何かが欠けてないか?


「親父の服を貸せるし、なんだったら服が乾くまで家にいたらいーじゃん」

「何時間かかるんだよ……」

「乾燥機あるから、そんなかかんねーっての」


 だとしてもなぁ、家に上がるの怖いんだよ。

 外堀埋められるというか、蜘蛛の巣に自分からかかりにいくようなもんというか。

 かといって、この状態で自宅に帰るのも嫌なんだよな。

 俺の予想では楓が家に来てるし、絶対突っ込まれる。

 臭いについて言及されるに決まってる。アイツのことだから、臭いだけで相手まで特定されかねん。


「やっぱ帰るわ、じゃあ……」

「だったらアタシも連れてけし」


 なんでそうなる? 事態が余計にややこしくなるんだが?

 ……原因を説明するためには、来てもらったほうがいいのか?

 いや、しかしだな……わからん! 状況が特殊すぎて答えがわからん!


「この時期でも風邪ひいちまうよぉ……頼むからアンタん家で、シャワー浴びさせてくれよぉ」


 そんなに弱った声を出すなよ、弱ってるの俺だから。

 クソ、体調不良を持ち出されたら断れねぇじゃんかよ。

 こうして俺は、異臭を放つズブ濡れ女を自宅に連れ込むことになった。

 せめて家族が家にいないことを祈るばかりだ。買い物にでも行っててくれれば、いいんだが。




「ちょっと待ってね、何も言わないで。推理してみるからさ。ズブ濡れの二人から同じ臭いがするってことは、何かを共有したってことだよね? うん、この臭いはどう考えても、おしっこだよね? お互いにズブ濡れってことは、水か何かで洗ったってことだよね? 濡れ方から察するに、椛ちゃんのおしっこというのは確定だろうね。まあ、状況証拠なんてなくても小五郎の臭いじゃないってことぐらいわかるけど、問題はそこじゃないよね? 何をどうしたら、椛ちゃんのおしっこが小五郎の背中にかかるのかな? 答えは簡単、マーキングだね。幼馴染という最強のライバルを、出し抜くために姑息な手段を取ったんだね。私も小五郎にキスマークつけまくったから、偉そうに言えた義理じゃないんだけどさ、それでも臭いつけるのは許せないかな」


 俺の願いどおり家族はいなかったけど、家族面してる人がいたよ。

 普通、息子の幼馴染にお留守番なんかさせる? 昔から家に通い続けてる子ならまだしも、家に来るようになったの一週間前だぜ?

 それより、臭いで俺じゃないと判別できるってどういうことよ。


「熊ノ郷、とりあえず先にシャワー浴びてこいよ」

「坂本、今の……誘い文句だよな?」

「やっぱ俺が先に浴びるわ」


 こんなヤツを気遣った俺がバカだった。せいぜい、楓と口論してろよ。

 俺はシャワーを最大出力にして、何も聞こえないようにするから。


「待ってよ、小五郎。私が直々に臭いを落としてあげるから」

「嫉妬は見苦しいぞ柊木、コイツはアタシを受け入れたんだよ」


 聞こえない聞こえない。俺は一刻も早くシャワーを浴びたいんだよ。

 まだ何か言ってるようだが、俺は速攻で服を脱ぎ、逃げるように浴室に入った。


「すげぇ体験だよ、全く……」


 俺が後何年生きるのか知らんけど、最初で最後だろうな。

 俺以外に同じ経験したヤツいる?

 娘とか年の離れた妹ならまだしも、同級生だぜ? しかも高校生。


「怒ってんの?」

「いや、気にすんなって言ってる……いや、お前……」


 予想通りといえば予想通りだけど、本当に入ってくる奴があるか! しかも二人まとめて。


「さすがに一緒はまずいって」

「アンタ、ズブ濡れの女、ましてや漏らした子を放置する気?」


 うるせぇな、だったら家に帰れよ。

 普通なら縁を切ってるぞ。


「タオル巻いてるからいいじゃん、男がケチなこと言わないの」

「いや、楓。俺は巻いてないんだが?」

「やだなぁ、オムツ履かせるときに見たじゃん、もう」


 そういう問題じゃないんだよ。

 そりゃ、あのシチュエーションに比べたら、大したことじゃないかもしれんけど。


「どうしてもっていうなら、タオル外してあげても……」

「いいから出てってくれんか? 少なくとも楓はシャワー必要ないだろ?」

「えぇ? 二人っきりなんて、許すと思ってるの?」


 俺は一人以外を許さないんだよ。

 幼馴染とギャル、二人まとめて混浴って常識的に考えれば、勝ち組なんだよ。

 本来であれば最高のシチュエーションなんだよ、本来であれば。

 呪いのせいで、逃げ場を失った被食者になってんだよ。

 呪いをかけられなきゃ、このシチュエーションになることはなかったし、呪いがあると純粋に楽しめない。現実とは、いつだってままならんよなぁ。


「アンタ、もうちょい嬉しそうにしたらどうなん? 傷つくんだけど」


 人の背中で盛大に漏らしたヤツが、女として見られることを望むな。

 あんなん、百年の恋も冷めるわ。別に恋してないけど。


「嬉しいけど、二人とも出てってくれんか? さすがに狭い」

「小五郎は、そんなこと言える立場じゃないよ? 小五郎を起こしに行ったら既に外出しててさ、ショックで吐きそうになったよ。でも私は小五郎を信じて、大人しく部屋で待ってたんだよ? 待てど暮らせど帰ってこないから、もう匂い付けられるところが残ってないよ。後一時間遅かったら、小五郎がやってる恋愛ゲームのデータを消そうとかと思ったね。理解ある幼馴染だから、そこは我慢したけどさ、その結果がこれだよ。男ってのは少し甘やかすと、すぐに浮気するってのが良くわかったよ。とりあえず、うつぶせに寝てくれるかな? ちょうど私もお手洗いに行きたかったんだ」


 え? 俺の部屋でマーキングしてたの?

 いや、それ大人しく待ててなくね? 手法を聞く勇気がないんだけど。


「聞こえなかったかな? 早くうつぶせになってよ、恥ずかしいならタオルで隠していいから」

「落ち着こう?」

「落ち着いてるよ?」


 それはそれで怖いんだよ。

 冷静な人間がマーキングをするって、それはそれで怖いんだよ。


「楓、普通に洗い合いっこしようぜ? な? な?」

「そうだね、とりあえずうつぶせになろうか」


 ダメだ、話が通じねえ。何がなんでもぶっかけようという、固い意志を感じる。

 俺がおかしいのか? 女性って、マーキングにこだわるもんなん?

 普通って香水とかじゃねえのか?


「閃いたんだけどさ、坂本もアタシ達にションベンをぶっかければ、おあいこじゃねえか?」

「頭いいねぇ、椛ちゃん」


 大バカ者だよ、どっちも。未開拓の部族でもやらんわ。

 色だけ見ればビールかけみたいで楽しそうだけどさ。


「なぁ、勘弁してくれないか? 気が済むまで洗いっこしてやるから」

「へぇ、気が済むまで……」

「いいんだな? アンタが言ったんだぞー?」


 俺は考えるのをやめた。

 ただただ、堪能した。この幸福な時間を。

 そうだよ、後のことさえ考えなければ幸せだよ。

 その代償とでも言うべきか。キスマークが新たに増えたよ。

 この場で洗い流せるマーキングと、しばらく残るマーキング。どっちがよかったんだろうな。

 一つたしかなことは、俺はもう二度と、まともな純愛を楽しむことはできないだろうということだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る