第14話 リベンジマッチ

 眠い……。非常に眠い……。

 部活をしていない人間ってのは、土日ぐっすり寝るもんだと思う。

 夜更かしして、昼頃に起きる。多分それが一般的な帰宅部の過ごし方だろう。

 アンケートをとったわけじゃないから知らんけど、間違いないと断言できる。

 だというのに、俺は土曜日の朝七時前に起床して外出している。死ぬほど眠い。

 朝練している人間からすれば、『七時起きで何言ってんだ、殺すぞ』って思うだろうけど、一般的には早起きよ?

 外出の目的は、単なる買い物だ。思いがけず、この前のギャンブルで二万五千円強手に入れたので、早速ゲームや漫画を買いこもうと思い立ったのだ。

 うん、七時起きする理由なんてないよ。本来なら。ゲーム屋にしろ本屋にしろ、この時間は開いてないし。

 じゃあなぜこの時間か? それは簡単。

 家にいると、あのヤンデレ三人衆が来訪する恐れがある。そうなれば一人で外出するのは、困難と言えるだろう。


「あれ? 坂本さんじゃないですか」


 ベンチでボーっと時間を潰していたら、聞き覚えのある声で話しかけられた。

 三つ編みで眼鏡……えーっと、たしか……。


「ボードゲーム同好会の人……?」

「あっ、光栄です。私なんかのことを覚えていただけるなんて」


 一度会ったきりなので自信はなかったが、当たっていたらしい。

 休日に知り合いと会うのを気まずいと思うタチなのだが、今回の場合はより一層気まずい。だって、ギャンブルでカモった相手だもん。

 ……ただの偶然だよな? 負け金を取り返すために闇討ちとか、そういうのじゃないよな? 闇とは真逆の時間帯だけど。

 待ち伏せなんて考えにくいが、呪いのせいで疑ってしまうよ。いずれ女性恐怖症を患うのではないだろうか。


「いやいや、『私なんか』って……」


 前回も思ったけど、自己評価低くない?

 たしかにギャンブル狂いの女子高生って異常だけど、そんな卑屈にならんでも。


「だって私なんて地味ですし、そばかすありますし……」

「あるから何よ」

「気持ち悪くないですか? そばかすある女子なんて……」


 誰に何を言われたんだよ。

 どんな価値観だよ。考えたこともなかったわ。


「可愛いと思うけどな、そばかす」

「え、可愛い? 可愛いって言いました?」

「似合ってると思うよ。いや、悪い意味じゃないんだ」


 自己肯定感高いのも嫌だが、ここまで低いとやりづらいな。

 下手に褒めると、皮肉と取られかねん。

 そばかす似合っているイコール醜女みたいな感じで。


「ありえないですよ、そんな。坂本さんが私を可愛いと思うなんて」


 俺の何を知ってんだよ。

 少なくとも俺は、アンタの名前すら知らねえよ。文学少女って表現使ってるけど、完全に見た目だけで判断してるから、実際に読書が好きかどうか知らんし。


「別に正直者でもないけど、それでも嘘つき呼ばわりは心外だな」

「いえ、そうじゃなくて……坂本さんが侍らせてる三人って美人じゃないですか」


 噂ってのは、当事者にとっては面白くないものなんだな。

 いつの間にか、侍らせてることになってんだけど。

 俺は被食者側だからな?


「侍らせてないけど、それとこれが関係あるか?」

「いや、その、面食いなのかなと」


 悔しいなぁ、悔しいよ。

 何もしてないのに、勝手に悪い噂が独り歩きするんだもの。


「そりゃ可愛い子のほうがいいけど、誰だってそうだろ?」

「ええ、私もそうです。だからこそ、私なんて……」


 人の振り見て我が振り直せ……だっけ?

 良い反面教師だよ、この子は。

 俺もネガティブにならないように気を付けよう。卑屈すぎると、周りは良い気分しないってよくわかったから。


「キミが自分の容姿を悪く思いたいなら止めないよ。ただ、俺的には可愛いってことだけは言っとく」


 ……なんで俺は、こんな必死に持ち上げてるんだろう。

 金を巻き上げてしまった罪悪感かな。多分そうだ。

 皆も俺の立場になればわかるよ。

 相手が望んだギャンブルだろうと、ここまで勝っちまうと不安になるもんだよ。


「……お世辞だとは思いますが、可愛いと言いましたね? たしかに」


 なんだろう、嫌な予感がする。

 急に言質を振りかざしてきたけど、それをどう使うつもりなのか、なんとなくわかった気がする。

 いや、本当になんとなくだ。

 ギャンブル関係だってことだけはわかる。どうもっていくかまではわからん。


「可愛いということは、性的な目で見れるってことですよね?」

「……ああ」

「じゃあ、その……下着を見ることは、プラスですよね?」


 ……これさ、否定したら『やっぱり私はブスなんですね。結局、可愛いってのはお世辞だったんですね。ははは、お上手ですね。口は上手いですけど、相手を慮るということにおいては下手ですね。私がどれほど傷ついたか、坂本さんにわかりますか? ええ、貴方にはわからないでしょうね』みたいな感じで、お経始まらない?


「当たり前のことを聞かないでくれ」

「じゃ、じゃあ! 賭けのチップとして成立しますよね?」


 なるほどな、そうきましたか。

 考えてみれば、この子はたった二千円で体を売ろうとした女だ。

 下着をチップにするぐらい、安い物ってわけか。うん、自分を大事にしろ。

 普通なら『いくらか金返すから、やめよ?』って提案するけど、この子にそれは悪手だよなぁ。

 そんなことしたら、さっき俺が言った通り、お経モードに入ってしまうだろう。

 それに部長の話を聞く限り、勝ち金の受け取り拒否は侮辱らしい。この子、怒らせたら怖そうだしなぁ。


「ああ、成立するよ。いくらだい?」

「えっと……二千円……あ、いや、千円……あっ……五百……」


 何コイツ? 一人で逆オークション始めたんだけど。

 二千円でも安いのに、四分の一まで下げたぞ。俺、何も言ってないのに。


「……どういうギャンブルすんの? こんな屋外でチンチロとか言わんよね?」

「えっとですね……私の下着の色を当てるというギャンブルを……」


 なるほどな。そりゃチップとしては安くなるわ。

 色ってお前、この世に何色あるんだよって話だよ。


「当たった場合はいいとして、外れた場合どうすんの? どうやって確かめんの?」

「え? どっちにしろ見せますけど……」


 ……?

 ごめん、よくわからなくなってきた。

 えっと、下着を見ることに価値があって……で、それをチップにすると。

 でも勝ち負けに関わらず下着は見せてもらえる……。

 ん? なんかおかしいような。


「それどっちにしろ俺は見れるってことだよな?」

「そうですけど……嫌ですか? そうですよね、わかってますよ。お世辞……」

「見たいよ、見たいですとも」


 危ない危ない、お経キャンセルに成功した。間一髪……。

 お経……?

 待ってくれよ、お経って普通の人間は唱えないよな?

 坊さんは普通の人間じゃないって意味じゃないからな、悪しからず。

 えっとだな、つまりその……もしや、この子……いや、まさかな。


「わかった、五千円出そう」

「え? そ、そんな……私の下着ごときで……」

「負けても見れるんだから、安いもんだよ」


 正直、張りたくない。

 パンツは見たいけど、五千円でゲーム買うほうがいい。この子には悪いけど。

 でも、負けたら負けたで罪悪感が軽くなるし、これでいいんだ。

 まさしくウィンウィンってヤツだな。俺は美少女のパンツを見れるし、この子は負け分を少し取り戻せる上に、勝利の多幸感を得られる。


「お、おかしいですよ、坂本さん。普通ならタダでも見たくないのに」


 おかしいのはお前だ。

 まともな人間は、こんなギャンブルを持ち掛けないんだよ。

 売り上げが厳しいキャバ嬢じゃないんだから。


「……おしとやかそうな見た目で言えば、白色の可能性が高いが……」

「……」


 さすがギャンブル狂いと言ったところか。

 見事なポーカーフェイスだ。


「こういう子に限って、意外と黒が……」

「……」


 一瞬眉が動いたような気がする。

 ブラフか? いや、そんな器用なことできるか? 意図的に動かしたようには見えないぞ。黒か?

 待てよ? 〝意外と〟って部分に反応したかもしれん。

 侮辱と捉えて反応した可能性もあるが俺の読みでは、派手な色という傾向がバレたことに対する反応だ。

 となると……水色の線は消えたか?

 ピンクはどうなんだ? 女子的には可愛い系の色なのか、それとも攻め攻め系の色なのか。

 ……朝から何を真剣に悩んでいるのだろうか、俺は。

 予想外の人間に出会って、予想外の出来事に巻き込まれている。

 ただゲームを買いに来ただけなのに。

 もうちょっとあるじゃん? 『こんな時間に何してるんですか?』とか、『早起きですね』とか、色々話すことあるじゃん? なんでパンツの色当てギャンブルよ。


「いや、ギャンブル持ち掛けるってことは予想しにくい色かな?」

「……」

「自己評価の低いところを見ると、ベージュとかその辺の地味な色か……」

「……」


 ダメだ、反応がない。

 やっぱり無謀だよ、このギャンブル。負けバトルじゃね?


「……紫色だ」

「……いいんですね?」


 念押しやめてくれ。不安になってくるから。

 クイズ番組出てる人って、こういう心境になるんだな。

 正直どうでもよくなってきたので、一抹の不安を抱えつつも頷く。


「……残念でしたね、坂本さん」


 勝利の微笑みだろうか。

 笑顔を浮かべながら、おもむろにズボンを下ろす。


「惜しいですね、白です」


 深読みしすぎたかぁ……じゃねえよ!

 こんなところで脱ぐなよ! 絵面がヤバいから!

 周囲に誰かいるんじゃないかと、不安になりつつも目が離せない。

 マジかよ、夢を見てるようだ。

 まあ、見てるのは夢じゃなくてパンツなんだけど、実質夢だろ。

 なんだろ、このリボン。なんでパンツにリボン付いてんだろ。


「おお……」


 思わず声が漏れる。

 たった五千円で現役女子高生のパンティを見てもいいのか?

 パパ活してるビッチのパンティなら高いかもしれんが、素人の……いや、待て。


「さ、さすがにこの場所はまずい。ありがとう、もうわかったから」


 できることならもっと眺めていないが、さすがにまずい。

 おかしいな、本来であればこの子が慌てるべきなんだが、なぜか俺のほうが取り乱してるぞ。


「すみません、お目汚しを……」


 赤面しながらズボンを上げる。

 恥じらいの表情が、より情欲を煽る。


「負けたのは悔しいけど、朝から幸せだよ」


 掛け金の五千円を差し出す。

 これ、人に見られたら誤解受けるよな。

 女子高生にズボン降ろさせて、五千円払うって、よからぬことをしているとしか思えないだろ。実際よからぬことなんだけどさ、博打だし。


「あの、幸せって……本気ですか? 本気にしていいんですか?」

「うん、欲を言えば後ろからも見たかったな」


 男の悪いところっていうか、しょうもないところだよな。

 セクハラ可って判断した瞬間、こういうこと言っちゃうんだもん。

 冗談交じりで言ってるけど、あわよくば……なんてな。


「わかりました! では……」

「いや、いいって。屋外だから、ここ」


 俺が止めなければ、再び脱いでいただろう。

 この子、大丈夫か? そのうち危険な目に遭うんじゃ……。


「じゃ、じゃあ! お家に行ってもいいですか?」

「え……」


 お、女の子を自宅に?

 いや、すでに楓で経験済みだけど、あれはノーカンだろ。


「ほら、ブラの色を当てるギャンブルとか、ホクロの位置を当てるギャンブルとか、性感帯……」

「待て待て待て! エスカレートしすぎだって!」


 一度ギャンブルに手を出すと、ここまで脳が焼かれるのか?

 そんなに金を取り返したいのか? それとも、ギャンブルがしたいのか?

 ……考えにくいが、性的な欲求……?


「そうですよね、私なんか……」

「そうじゃなくて……家はちょっと……」


 楓にバレたら、命の危険がある。俺もこの子も。

 それに親と妹も楓のことを気に入ってるし、他の女の子を家にあげたらまずい気がする。なぜか俺と楓をくっつけようとしてるフシがあるし。


「じゃあ、そこのカラオケで……」


 この子、積極的過ぎる……。

 ここまで乱れているのか? 昨今の女子高生は。


「監視カメラとかあるし、まずいって」

「じゃあ漫画喫茶……」

「あると思うよ、そっちも」


 結局ホテルぐらいしかないんじゃないか? カメラないところって。

 けど、高校生が行くところじゃないっていうか、そんなギャンブルのために……。


「じゃあ図書館に行きましょう! 奥のほうは人があんまり……」


 言われてみれば、この町の図書館って奥のスペースに人がいないイメージだわ。

 経済学とか法律とか難しい本ばっかだからかな?

 小学生の頃、友達と遊ぶのに使ってたなぁ……勿論怒られたけど。


「落ち着こう。な? 一旦落ち着こう」


 カメラは多分ないと思うけど、さすがに公共の施設で下着見せるのはまずいって。

 チラッとさりげなく見せる程度ならいいが、上着ごと脱ぐだろ? この人の場合。


「じゃあ橋の下とかどうです? ほら、近くに川あるじゃないですか」


 コイツ……脱ぎたいだけでは?

 可愛い顔して意外と……。


「どこであろうとまずいよ、やっぱり。せめてトランプとか……」

「なんでですか? 図書館や橋の下なら問題ないでしょう? 坂本さんが私に女性としての価値を見出してくれたから、私も自分の貧相な体をチップとして張る決意をしたというのに、どうして賭けを拒むのですか? この前、私を抱きしめてくれたじゃないですか。あの時は心の底から感動しましたよ。もし私が犬だったら間違いなく、うれションをしていたでしょう。私のように容姿に恵まれない人間は、物言わぬ等身大ダッチワイフになって初めて二千円分の価値があるんです。にもかかわらず、坂本さんは、抱きしめるだけで二千円以上の価値があるとおっしゃいました。女たらしの坂本さんにとっては、軽いリップサービスのつもりだったんでしょうけど、それで救われる人間だっているんですよ。それが私なんです。私のような弱者女性をお得意の口先三寸で誑かし、その気にさせて突き放す。よくもまあ、そんな恐ろしいことができるものです。思いついたという事実だけで、バンジージャンプの数倍の恐怖を覚えましたよ。まあ、バンジージャンプなんてしたことないんですけどね。でも、今なら容易く飛べるでしょう。赤子に等しい弱者の私が、高所から容赦なくコンクリに叩きつけられたわけですからね。今更バンジージャンプごときで、弱音をあげたりはしませんよ。紐有りのジャンプもできないようじゃ、本番のジャンプなんて到底できませんから。私のような下女が坂本さんに進言するのはおこがましいということは、重々承知しておりますが、一言だけ言わせていただきます。気まぐれに見せた微笑みや優しさが、人の心に傷をつけることだってあるのです。強者であれば勇気に変換することも可能かと思いますが、私のような路傍の石にも満たない価値の女にとっては、猛毒なのです。殿方の愛と優しさというのは」


 ダメだ、この人も呪いの影響を受けている。

 俺の毒牙にかかったみたいな言い分だし、自害も視野に入れてやがる。

 なんでだよ、なんでギャンブルを断ろうとしただけで、自殺をほのめかされなきゃいけないんだ。

 出会って間もない男相手に、自分の命を人質に交渉するなよ。


「私なんぞに割く時間はないかと思いますが、坂本さんの貴重な十分を私にくださいませんか? 女に生まれてきたからには、死ぬ前に一度でいいから女としての喜びを知りたいのです。貴方にとっては地獄絵図でしょうが、私が貴方を思って自慰をするところをご覧ください。決して目を背けず、最初から最後まで見届けてください。坂本さんにはその義務があります。遊び半分で私を……」

「なぁ! ギャンブルを受けてくれないか!」

「え、私は何を賭ければ……」

「俺が勝ったらキスしてくれないか!」

「そんな……私なんかが……」

「キミじゃなきゃダメなんだ! 張ってくれ! ギャンブラーだろ!」

「……はい! いざ尋常に……!」


 これでよし!

 ちなみに、今日のギャンブルは一勝一敗。まずまずの戦績といったところだろう。

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