弐(8)
「俺は十九だ! お前はまだ五歳とかだろ!? 十四歳差だ、十四歳差!」
佐紺が喚く。蘇芳は静かに
「
と驚いているが、この佐紺の発言に黙っている琥珀ではなかった。
「はぁ? も一度言うてみ? わっちの年齢!」
「五歳だろ!」
「ばーかっ! 違うわ、わっちは歳わからんけどたぶん十三年は生きとる自信はあるわ!」
「へぇ、でも絶対精神年齢は五歳だろ! 石投げの悪ガキさん?」
「まだ言うてる!」
琥珀は意地悪く笑う佐紺の顔を指さしながら、蘇芳を振り向いた。
「蘇芳、あんたのせいやで! わっちに石投げさせたやろ、あんた!」
「えぇ!? 私ですか?」
蘇芳が思いっきり眉を寄せた。
「私はただ木の上に石を投げろ、と言っただけであって……それに勝手に当たって
蘇芳が言う。それはすぐそばに立つ佐紺には丸聞こえだった。
「おーい、旅人さん? 聞こえてんぞ」
「おっと、つい声の音量を落とすのを忘れていました」
「絶対わざとやろ」
琥珀も困ったような顔をしながら、笑い出す。
「ああ、もう本当におかしい。あっははは」
笑いのツボに入ってしまった琥珀を、蘇芳と佐紺は呆れながら見つめる。そしてお互いも顔を見合わせると、吹き出した。
昼下がりの古寺と境内に、明るい笑い声が響く。
先ほど出会ったばかりの三人――正体不明の怪しい旅人、蘇芳。山賊に追われる謎の美少女、琥珀。正義感が強いが言い争いとなると途端に幼くなる佐紺。
彼らにはそれぞれ、心のうちに秘めた隠していること、言いたくない過去があるのかもしれない。
それでも――今の時間は、三人にとって、安らかで幸せだった。この色沢国という新天地で出会えた奇跡。その確率はそう起こり得るものではなかったはずだ。
「あ、じゃあ佐紺」
ようやく笑いのおさまった琥珀が、佐紺に向き直った。
「あんた、蘇芳をこれから監視すんの?」
「あ、まあ、な」
頷いた佐紺に、琥珀は目を輝かせる。
「え、じゃあこれからも一緒に居られるん!?」
「こ、これからも?」
佐紺が困ったように蘇芳を見た。
「おい蘇芳、お前はこれからどうするつもりなんでぇ。琥珀、連れ回るのか?」
「え」
蘇芳は思わず声を漏らす。
「何も考えておりませんでした……」
(琥珀殿を旅に連れてゆく……のは気が引けますね。なにか危ないことが起こってからでは手遅れですから)
自分の今の立場を思う。
(やはり琥珀殿は一緒には――)
それをやんわりと伝えようと、蘇芳が口を開きかけた、その時だった。
「え、蘇芳……」
琥珀が消え入るような声を上げた。
「わっちをここに置いていくん……?」
「あ、えっと」
今にも泣きそうな少女の問いかけに、蘇芳は黙り込む。琥珀は更に続けた。
「だって蘇芳、わっちを助けてくれるんじゃなかったん!? 禍羅組の奴らから守ってくれるんじゃなかったん!?」
禍羅組――その名前が出た瞬間、蘇芳の目が真剣になった。
「そうでした。……そいつらをなんとかしなければいけませんね」
佐紺が聞き返す。
「おい、お前のなんとかしなきゃ、は殺っちまうって意味じゃねぇのか?」
「だがさすがに殺しをしてしまうのは……相手は山賊といえど、私のほうが大量殺人を犯した悪人になってしまう」
蘇芳の呟きに入るツッコミ。
「いや、お前。大量殺人って、お前が禍羅組潰す前提じゃねぇかよ!」
佐紺は笑う。だが、蘇芳を見ていると彼は本当にやってしまいそうで、少し怖くなる。
この男の力は、計り知れない。
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