第26話 キャンプ場と宿

 姫乃の片手を後ろから肩の上に乗せて彼女を支えながら、ゆっくりと山道を歩いていく。

 彼女は片足を庇いながら、俺の方に寄りそって歩を進める。


「ごめんね、陣」

「いや、いいよ。こんなの、よくあることだし」

「せっかく、おそろいのシューズだったのにね」

「シューズだけのせいじゃないし、誰のせいでもないよ」


 後ろから追い抜かしていく生徒達が心配そうな表情を向けてくる。


 不意に姫乃が俺の方を見上げて、


「陣てやっぱ、結構身長高いんだね」

「そうか? 俺は意外とふつ…… あ……」


 咄嗟に、腰を屈めて、態勢を低くする。


「ごめん、俺が突っ立ってると、歩きにくいよな」

「え……そんなつもりじゃ…… でも確かに、こっちの方がいいかも」

「もっと寄っかってもいいぞ」

「うん、ありがとう」


 ぴったりと体を寄せると、姫乃の温かさがじんわりと伝わってきて、夏の暑さとも相まって汗が流れてくる。

 そんな俺達二人を先生の一人が見つけて、


「おい、どうした、君達?」

「ちょっと靴ズレがひどいみたいで、歩きにくいみたいです」


 姫乃に代わってそう説明すると、


「なに? それは良くないな。手当てして、車で戻るか?」


 確かにその方が、姫乃に無理をさせなくて済むのだが。


「どうしよっか、姫乃?」

「……私、一人で帰るよ。陣にも、迷惑だし」

「じゃあ俺も、姫乃と一緒に帰るよ」

「え、なんで?」

「だって俺姫乃が推しだし。それに、こっから一人で帰るのも、つまんないだろ?」

「それはそうだけどさ……」

「なあ君、推しって、何だ?」

「あ、いや、こっちのことでして、はい」


 先生には理解できない言葉だったようで、訊き返されてしまい。

 ここから一人で歩くよりも、できたら姫乃と一緒の方がいいに決まってる。


「姫乃、それか、もうちょっと頑張ってみるか?」

「……陣がいいんなら、私、頑張って歩くよ」

「ん、分かった」


 俺は先生の方に向き直って、


「先生、二人で、もうちょっと頑張ってみます。いざとなったら、俺がおんぶしますので」

「は? お前本気で言ってんのか?」

「ええ、まあ、いざとなったらですけど」

「ま、分かった。一番後ろの先生には伝えとくから、あまり無理はしないようにな」

「はい」


 それからまた、二人でゆっくりと歩きだした。

 すぐ横から、彼女の息遣いが耳にはいってくる。


「あーあ、やきが回っちゃったなあ」

「まあまあ。痛くない?」

「少し……でも、大丈夫」

「良かったら、おんぶしてやるぞ?」

「は?」


 姫乃の体が一瞬強張ったのが、肩にまわされた腕を通して分かった。


「ね、それ……本気で言ってたの?」

「えっと、本気というか何と言うか、それもありかなとは」

「だってそれって、自分で歩いたことには、ならないじゃないの」

「でもさ、景色は一緒に見られるよ?」

「そうだけど……さすがに、恥ずかしいじゃない……」

「そーかな。じゃあ、お姫様抱っこの方がいいか?」

「もう、怒るわよ、ほんと!」

「はは、ごめんごめん」


 姫乃は顔を赤くしている。

 子供でもないので、抱っこやおんぶは、さすがに恥ずかしいのかもしれない。

 それからしばらく、森林浴と雑談を楽しみながら歩いて、


「陣、ありがとう。ちょっと慣れてきたから、大丈夫そう」

「そうか?」

「ん」


 姫乃は俺から離れて、千鳥足っぽい足並みながらも、一歩一歩、前に進む。

 そうしていると、目の前に開けた場所が現れて、そこでたくさんの生徒達が和気あいあいと動き回っていた。


「ここがゴールかな、キャンプ場」

「そうみたいね」


 その中に同じ班のメンバー四人の姿もあって、


「あ、姫乃、陣、おーい!」

「ごめーん、遅くなっちゃった」


 先に到着した四人は、食材や調理器具を用意してくれていた。


「おい畑中、俺飯盒炊飯のやり方調べてきたから、まかせてくれよ」

「ああ、俺もやるぞ」


 木原と榎本が自身満々でそう言うので、


「よし、じゃあまかせた。俺はカレーの方、ぱぱっとやっちゃうわ」

「あ、じゃあ私も手伝うよ?」

「いいよ、姫乃。頑張って歩いたんだから、座って休んでろよ」

「え、でも……」

「まあまあ姫乃、陣がああ言ってくれてるんだから、お言葉に甘えようよ」


 女子三人が見守る中、男子の奮闘が始まった。


 ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎの皮を剥いてからひと口大に切り分け、牛肉と一緒に鍋に入れて炒めてから、水やルーを入れて煮込む。


「よし、こんなもんかな」

「さすが陣、早いなああ……」


 タンタンと進めたせいか、揚々と喋りながらやっている他の班よりも、かなり早く終わってしまった。


 ―― 暇だな


 近くにいた担任の先生を見つけて、


「先生、準備終わったんで、ちょっと他のとこに行っていいですか?」

「なに? どこへ行くんだ?」

「ちょっと釣り堀に。魚が釣れたら、焼いて食えるかなって」

「……別に止めやしないが、夕飯の時間までには帰ってこいよ?」


 先生のOKをもらってから、みんなの所に戻って、


「ということで、ちょっと釣りに行ってくるわ。鍋の火加減だけよろしくな」

「ちょっと、陣!?」

「川魚が釣れる機会って滅多にないからさ、ちょい行ってくるわ」


 そう言ってみんなから離れて、釣り堀で竿を借りて釣りをすること約一時間。


「はい、釣れたぞ」

「なにやってんのよあなた。わ、なにこれ?」

「わわわ、陣、それってえ?」


 俺が手に持った半透明の袋の中で、魚がまだピチピチと跳ねている。


「ヤマメにニジマスだな。塩をかけて焼いて食ったら、美味いぞ」


 釣果は大き目の川魚が五匹、一人一匹には足りないが、みんなで味合うには十分だろう。

 

 キャンプ場の係の人にお願いして塩を貰い、魚に振り掛けて下準備をする。

 適当な長さの木の棒を集めて魚を串刺しにして、飯盒炊飯の焚火の横に突き刺した。


 夕食の時間になって、炊きあがったご飯の上にカレーをかけて、班の六人で輪になった。


「いっただきまあす! ……ううわ、うま!!」

「うん、美味い」

「ありがとう、美味い……」


 女子三人はご満悦のようで、飯炊きで奮闘した木原と榎本も満足そうだ。


「魚も焼けてるぞ。女子は一人一匹ずつな」

「えっ、これって、かじっていいのお?」

「ああ、豪快に、行儀悪くいってくれ」

「へえ、こんなの初めてだな」


 姫乃が小さな口で魚をひとかじりして、


「あー、美味しいわ、これ」

「ほんと? ……わ、すご!」

「うん、いけるな」


 暇つぶしも兼ねて釣った魚だったが、味はいいようで、班の全員ご満悦だった。


 夕飯が終わるとキャンプファイアがあって、それから全員宿に戻った。


「おい、娯楽室があるみたいだな。もしかして、ゲームでもあるんじゃないか?」

「え、まじか?」


 木原と榎本が目ざとく何かを見つけたようで、


「じゃあ、風呂の後にでも行ってみるか?」

「おう、そうしようぜ」


 大浴場で汗を流した後、男子三人で娯楽室に赴くと、他にも何人かの姿があって、テレビゲームや卓球に勤しんでいた。


「お、麻雀があるぞ」

「あ、本当だ」

「お前ら、ルール知ってたっけ?」

「「ああ、やるか?」」


 面子が一人足りなかったが、傍にいた奴が話に乗ってくれて、そこから麻雀大会が始まった。


「じゃあ、点数がマイナスのやつが、プラスにジュース奢りな?」

「おう、それでいいぜ」 


 ジャラジャラとやっていると、みんなだんだんと熱くなってきて、


「それだ、ローン! タンピンサンシキドラ2!」

「うわあー、やられたあ! 木原、お前どんだけ上がるんだよ!」

「はっはっは。これでも昔、麻雀ゲームで鍛えていたのだよ」


 結局その四人で、消灯時間ギリギリまで、麻雀に興じたのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る