第23話 星々

 昼食を食べ終えてコーヒーを啜りながら、麗華はスマホで操作して、プラネタリウムの上映時間と場所を調べた。

 それからまた移動して、大きな複合ビルの屋上にある場所に向かった。

 小学生の時に遠足で見て以来、プラネタリウムは二度目である。


 昔から麗華は、星の話しが好きだった。

 ギリシャ神話になぞらえた星座の話をよく聞かされ、全く知識のない俺は、ただ黙ってふんふんと頷くだけだった。


 チケットを買って中に入ると、座り心地が良さそうなシートがいくつも並んでいて、その所々に男女の連れ合いが腰を落ち着けていた。

 その中に俺達も腰を下し、


「来たかったんだあ、ここ」


 麗華が天井を見上げて、嬉しそうに声を弾ませる。


「お前、星の話好きだったもんな」

「そうね。私達の星座って、相性がいいんだよ」

「そうなのか、俺はよく分からんが」

「お互いに冬生まれでしょ? 近い星座同志って、相性がいいのよ」


 言うまでもなく、星座は月によって順番に並んでいて、生まれた季節が同じなら、必然的に近い関係になる。

 同じ星座か、隣り合う星座か。


 本当だろうかと思うけれど、彼女はそうした話が好きなのだ。


「ねえ陣、訊いていい?」

「何をだ?」

「あの綺麗な人、誰?」

「綺麗な人?」

「ほら、洋食屋さんにいたじゃない?」

「……姫乃のことか?」

「そっか。姫乃さんっていうのね」

「同じクラスの子だよ」

「それだけ?」


 それだけかと訊かれるとその通りなのだけれど、最近よく二人で喋っているし、家にも来てもらったりしているので、仲のいい友達というくらいは、言えるかもしれない。


「まあ、仲のいい友達だよ」

「付き合ったりとかは、してないの?」

「してないよ、そんなの」

「そっか。なんかそれ、昔の私たちに似てない?」

「そうか?」

「私もそんな感じの時、陣にあのお店に、連れていってもらったわ」


 そんなこともあったっけと思い返してみる。

 中学二年の冬頃から麗華が俺に話し掛けてくるようになって、二人で過ごす時間が増えてから、サッカーの練習を見学に来ていた麗華を、洋食屋に誘ったのだった。


「そんな時もあったかな。けど不思議だったよ。男子生徒の憧れの的だったお前が、なんで俺のところに来るのかなってな」

「あれでも色々と、前からサインを送ってたんだよ。でも陣は全然気づいてくれなかったから」

「サイン? それってどんなやつだ?」

「え…… それは…… わざと二人になったりとか…… もう、言いたくない!」

「そうか?」

「だから私から、思い切って告白したのよ」


 言い終えて、麗華はほんのりと頬を赤らめる。


 そうは言われても、何だか全部自然だったように思えて、心当たりがない。

 俺が鈍感なだけ?


「それはどうも。すいませんねえ、鈍感な奴で」

「まったくだわ」

 

 上映時間になると館内が暗くなり、澄んだ声のアナウンスが流れて、頭上に満天の星空が広がった。

 神話の世界と星座の話を織り交ぜながら、星空を旅していく。

 こんなの普通の夜空では見えないぞと思いながら、聞き慣れない話に、興味深々で入り込んで。


 ふと気づくと、左手に生温かく柔らかな感触が。


 暗がりでよく見えないけれど、麗華が自分の右手を俺の左手に、重ね合わせているらしい。

 一瞬心臓が跳ねたけれど、振り解くのも無粋に感じて、上映が終わるまでそのままにしておいた。


 上映が終って同じ建物の中にあるショッピングモールの方へ向かいながら、


「ありがとう、とっても綺麗だったね」

「うん。たまにはいいもんだな、ああいうのも」

「ねえ、このあとどうしようか?」

「俺、今日の夜は、母さんと約束があるからさ」

「そっか。じゃあ、あと少しならいいわよね?」

「そうだな。じゃあ……悪いけど、本屋にでも付き合ってくれるか? 文庫本で面白そうなやつを、いくつか探そうかと思ってるんだ」

「うん。いいよ、それで」


 それから本屋で新刊を物色したり、麗華が目を付けたアクセサリー屋を見て回ったりして、時間を過ごした。


 そろそろ夕ご飯時になったので、駅の改札で別れることに。


「今日はありがとう、楽しかった」

「うん。俺も、久々に話ができてよかったよ」

「ねえ……」


 少し言い淀んでから、すっと俺の方に目線を寄せて、


「また、誘ってもいいかな?」


 俺の方も、丁度いい言葉が見つからず、


「別にいいけど、いつも時間が空いているわけじゃないぞ」

「分かってる。すぐじゃなくてもいいから、また陣との時間を増やしたいんだ。だから、よかったら陣も、私とのこと考えて?」

「……」

「お願い、だから……」

「……ああ、考えとくよ」


 潤んだ瞳をまっすぐに向ける麗華に、俺は一言、そう答えた。


 それから、俺達はさよならをした。


 姫乃推しの俺としては、他の子と二人で会うことは心苦しくもあるので、やんわり距離を置いたつもりだったが、果たして彼女には伝わっただろうか。

 友達として付き合うのなら、それはそれでありなのかもしれないけれど。


 家に着いてドアを開けて中に入ると、母さんが夕飯の準備をして待っていてくれた。


 母さんは普段は忙しいので、毎日はこんなことはできないけれど、それでも料理の腕自体は上手だ。

 今日は俺の好物であるトンカツに餃子、それに野菜たっぷりの豚汁が並べられた。


「ありがとう、母さん。美味そうだ」

「ごめんね、普段はあんまりできなくて」

「いや、問題ないよ。俺は俺で、好きにやらせてもらってるから。いただきまあす!」


 やっぱり美味い。

 洋食屋Tanyの味は憧れだけれど、普段の食卓に関しては、やっぱり母さんの味に勝るものはない。


「今日は、お友達と会ってたの?」

「うん、まあね」

「もしかして、女の子でしょう?」

「え、なんで分かるんだよ?」


 母さんは可笑しそうに微笑んで、


「だって、早起きして朝からシャワー浴びて、普段着ない服を着て出て言ったら、すぐに気付くわよ」

「ははは……」


 全く、母さんのカンが鋭いのか、俺が分かり安過ぎるのか。


 夕飯を食べ終えてから、風呂に入って部屋に戻って、ベッドの上で横になる。


 すると、スマホに着信があるのに気付いて。

 それは姫乃からだった。


『なにしてる、陣?』


 若干放置気味だったので、丁寧目に返信しよう。


『ごめん、遅くなった。今自分の部屋に戻った』

『いいよ別に。どうしてるかなって思っただけだし』

『そういう姫乃は、どうしてたのさ?』

『今まで純菜と喋ってた。あ、夏祭りの日、空けといてね』

『それ純菜が行きたがってたやつ?』

『うん。そのうち、グループチャットの方にも回ると思うけどさ』

『了解』


 それから程なくして、純菜からグループチャットで、『全員集合!』とのメッセージが届いたのだった。



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