第13話 実行委員

 HRが終って、実行委員になった五人が、ひとところに集まった。


「よろしくお願いしますね」


 学級委員の白石琴音が、改めて挨拶をした。

 彼女とまともに話をした記憶は無いけれど、いつも発言が真面目で、お嬢様っぽい印象だ。

 白い素肌に化粧っ気は全くなく、長い黒髪は原石のまま、つやつやと光っている。


 このクラスの実行委員は、お嬢様風の学級委員、芸能人候補生、空手の達人のストイック系女子に、ロリ風美少女、それに単純モブで姫乃推しの俺と、なんとも取りとめのないメンバーになった。


 一通り挨拶を交わして、ひとまず白石さんがリーダーになって、他の四人はその指示で動くことになった。


「コスプレ喫茶のコンセプトって、どんなのがいいかしら?」


 白石さんが早速話を振ってくる。


「あ、だったら、お伽噺の世界なんかどうかなあ? ドリム童話とかさ?」

「刑事もののハードボイルドなものなんか、渋くていいと思うぞ」


 真壁さんと戸野倉さんがしたり顔で語る内容を、白石さんがメモしていく。


「畑中君、男子は君だけだけど、何かある?」


 男子生徒の意見を代弁するのなら、メイドさんやらエロゲの世界がそそられるのだろうが、そんな話はここでは抹殺されてしまうだろう。

 俺自身も、メイドさんはいい線いっているとは思うのだけれど。


「うーんと、物語の世界観なんかいいんじゃないかなあ。例えば、人気の映画とか」

「映画ね、うーん……」

「私もそれ、いいと思うわよ。アニメなんか好きな子も多いだろうし」


 俺の意見に姫乃が助け船を出してくれて、白石さんがなるほどと頷いた。


「例えば、どんなのがいいかしら?」

「この前見た映画なんか、良かったわよ。異世界の聖女様のやつ」

「ああ、あれ私も見たかったのよう。姫乃、一人で行っちゃったの?」

「えと、まあね……」


 真壁さんが姫乃に纏わりついているが、実は俺と一緒だったことは、流石に秘密らしい。

 俺も何食わぬ顔をして、うんうんと同調してみる。


「それって、お姫様や王子様とかが出てくるやつよね?」

「まあね。うちのクラスに王子様を張れるやつがいるとは、思えないんだけどもね」

「あ、言えてるう。どうせなら、葵なんかがやった方がはまるかも」

「……私って男に見えるのかよ?」


 ひとしきり意見が出たところで、


「じゃあ今度のHRで、みんなに訊いてみましょうか」

「「うん、いんじゃない?」」


 これから白石さんは早速学校に報告を上げるといい、戸野倉さんは空手部の方に顔を出すというので、残りの三人で一緒に帰ることに。

 姫乃と真壁さんが和気あいあいと話す後にぴったりとくっついて、学び舎を後にした。

 

「ねえ、姫乃と陣君って最近急に仲良しになったけど、なんかあったの?」

 

 ツインテールを揺らしながら、真壁さんが何気に訊いて来た。


「別に仲良しってわけじゃないけどさ」


 そうか、俺達まだ、仲良しじゃあないんだ……

 勝手に一人で、少し落ち込む。


「でも、急に名前で呼び合ったり、お弁当作ってきたり、何か怪しいよお?」

「言ったでしょ。この子、私のこと応援してくれてたみたいで、だからさ……」

「そっか。じゃあ、私が申し込みした甲斐が、あったってやつかね?」

「えっ? じゃあ、姫乃さんのことを申し込んだのって、真壁さんだったの?」

「そうなのよ。こいつ、私の知らないとこで、勝手に」

「だってえ、姫乃って興味あり気だったのに、肝心なとこで奥手だから」

「だからって、人の名前勝手に使っていいことには、ならないでしょ?」

「わああ~、ごめんなさいい~~!」


 姫乃の拳骨で頭をぐりぐりされて、真壁さんがたじたじになっている。

 けど、このロリっ子の独断専行がなかったら、多分姫乃と喋る機会などなかったのだと思うので、その点は感謝しないと。

 オーディションの申し込みは多分高校生になる前のことだから、姫乃と真壁さんは、その頃からの友人なのだろう。


「でも、真壁さんのお陰で、俺姫乃さん推しになれたから、よかったよ。ありがとう」

「え、そう? でしょ、でしょ~! ねえ姫乃、だって!」

「はいはい、もういいから、前向いて歩きましょうね」

「はい~!」


 姫乃に両肩を押されて、ロボットの行進のように足を進める真壁さん。

 見ていて、本当に仲がよいのだなと思う。


「いーなあ。私もその映画、見たかったなあ」

「しょうがないじゃん。誘ったけど、あなたの都合が悪かったんだからさ」

「俺も見たけどさ、真壁さん、主人公の傍にいるメイドさんに似てるな」

「あ、確かに雰囲気あるかも」

「ええ、そう? どんなのだろ……」


 真壁さんは早速スマホを取り出して睨めっこしながら、検索をかけているようだ。


「わっ、もしかしてこの子?」

「そうそう、そのキャラ!」


 それは映画の中に出てくるキャラの一人で、彼女とは髪の毛の色は少し違うけど髪型が似ていて、大きなクリっとした目に幼児体形というところが、そっくりだった。


「きゃわいいいい! じゃこれに決まったら私、この恰好しようかな?」


 ということは、男子生徒憧れのメイドさんが、一人誕生することになるだろう。


 電車に乗り、真壁さんが先に降りていったので、途中から姫乃と二人きりになった。


「姫乃?」

「ん?」

「お弁当ありがとう。すごく美味かったよ。実は料理上手だったりするんだね?」

「そお? ならよかったけど。でも、残り物とかもあったから、私が作ったのって半分くらいなんだけどね」

「それ、俺と一緒だ。半分以上マスターが作って、俺は簡単な仕込みや仕上げだけしか、できてないからな」

「あはは、でもそう見えないよ? お店では結構、さまになってるからさ。ビストロ陣って感じ」

「ビストロ陣か、いい響きだなあ」


 姫乃と二人で自然に会話ができていて、今朝の不安が杞憂だったことが実感できて、胸の中が軽くなっていった。


「そう言えば、次のバイトっていつ?」

「えっと、明後日の水曜日かな」

「そか。じゃあ、クリームコロッケ、リザーブしといてよ?」

「……了解」


 姫乃の駅よりも一つ前で電車を降りることになるので、さよならを言ってからホームへ降り立った。


 水曜日の夜も姫乃と一緒にいられそうで、彼女推しの俺は、誰にも分からない様に心の中で、ガッツポーズをした。


 家について鍵を開けて中に入り、自分の部屋で着替えを済ませた。

 今日は母さんが早めに帰ってきてくれて夕飯を作ってくれるそうなので、そのまま待つことにした。


 ベッドの上で寝そべっていると睡魔が下りてきて、いつしか微睡みの状態に。


「陣、帰ってるのね?」


 聞き慣れた声に気づいて目を開けると、ドアの向こうから母さんが顔を覗かせていた。


「うん、ただいま」

「遅くなってごめんね。今夕飯作るから」

「ありがとう。手伝おうか?」

「いいわよ。たまには、母親らしいこともしないとね」


 母さんは普段は帰りが遅く、俺もバイトで家を空けることが多いので、夜にこうして会うのはそれほど多くない。

 親子二人での、貴重な時間だ。


 ふとスマホに目をやると、何かの着信があった。


 それは、麗華からのメッセージだった。

 ほぼ一年ぶりくらいの、彼女からのメッセージである。


『こんばんは。ちょっとどこかで、お話できない?』


 どう返そうかと悩んでみたけれど、倉本さんがからんでいるとなれば、無下にするのもどうかと思い、


『分かった。いつにしようか?』


 と送り返した。


 何を今更とは思うけれど、短かったとはいえ甘酸っぱく楽しかった思い出が蘇ってきて、懐かしい気分になった。


 さよならをしたのは、彼女だけが悪いんじゃない。

 原因は、多分に俺の方にあったのだから。


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