第2話 邂逅

 放課後、日直の日誌を書いて職員室に持って行ってから、荷物を纏めて学校を後にした。


 駅までの道程を歩いて、電車に乗って家の最寄り駅を通過して、数駅先で降りた。

 今日は用事があるのだ。


 急ぎ足でいつも通りすぎるコンビニの前に差し掛かって、見慣れない光景に出くわした。

 多分、うちの高校の制服だ。

 その女の子は俯いて、その前にガタイが大き目の男子二人が立っていた。


 何かのトラブルか?

 咄嗟にそう思った。


 女の子は俯いたままで、男子二人はそこに顔を近付けて、ぎらぎらとにやついた表情を浮かべている。


 ほっとかない方がいいかもな。

 そう直感して、俺はそっち方向へ歩みを進めた。


「……ねえ、どっかいこうよお?」

「なんで泣いてるのさ? 俺達が、慰めてあげるからさあ」


 近づくと、そんな声が耳孔に流れ込んでくる。

 

 --あれ? この子--?


 その傍らに近づいて、俺は声を上げていた。


「よ、姫乃。こんなとこで何してんだ?」


 彼女は顔を上げて虚ろな目線を俺に向け、男二人は刺すような目を向けてくる。


「なんだあ、お前は?」

「こいつの彼氏だけど、何か文句あるのか?」


 俺の咄嗟の反応に、男二人は顔を見合わせて、「ちっ!」 と舌打ちをしてからその場を去っていった。


 そこには俺と、充血した目に涙をいっぱい溜めた一条姫乃が残された。

 気のせいか、目の下に隈のようなものが浮いている。


 そうだ、そこにいたのは、オーディションプログラムの中で散々目にした。一条姫乃本人だった。


 どうしてよいか分からなかったけれど、とりあえず一条さんに声を掛けた。


「あの……一条さんだよね? 俺のこと、分かる?」

「……」

「あの、同じクラスのさ……」

「……同じ、クラスなんだから、分かるに決まってる、じゃない……」


 嗚咽して途切れ途切れながらも、答えを返してくれた。

 どうやらは俺のことは、知ってくれているみたいだ。


「うん。畑中陣だよ。泣いてるみたいだけど、大丈夫?」

「……なんの用よ、一体?」

「あの、なんだか、絡まれてるっぽかったからさ」

「こいつの彼氏って、どういうことよ? しかも、姫乃って」

「あ、あれは……ああ言った方が、あっさりどっか行ってくれるかなって、思っただけなんだけどさ」

「あんたが私の彼氏ねえ……信用するって思ったの?」

「さあ? でもまあ、どっか行ってくれたみたいだけどね」


 一条さんは、なんだか犯罪者に詰問をするような、冷めた目線を送ってくる。

 ちょっと、調子に乗り過ぎたかなと、反省してしまい。


 でも彼女はふっと笑って、更に俺に言葉をくれた。


「けど、ハエは追い払ってくれたのね。そこはありがとう」

「大丈夫? 一体どうして?」

「知らないわよ。向こうが勝手に寄ってきたんだし」

「一条さん、泣いてるけど……?」

「関係ないでしょ、あんたには」

 

 ハンカチで目頭を押さえながら、鼻をぐすぐす啜っている。


「もしかして、一昨日のこと?」


 一番気になったことを訊いてみた。

 オーディション番組で最終結果発表があった日のことだ。


「……見てたの?」

「その時は見てなかったけどさ、友達から話を聞いて、昨日見てみたんだよ」

「そう。みっともないとこ、見せちゃったわね」

「みっともないって…… そんなことないよ!」


 少し大声を出してしまったせいか、一条さんがきょとんとした目を向けている。

 ちょっと反省しながら。


「見させてもらったよ。みんな頑張ってて、一条さんも頑張ってて。すごく恰好よかったよ。俺は、一条さんが一番いいと思ったよ。でもごめん、俺は投票とかできてなくって。俺一人がなにかしたってどうにかなったとは思わないけど、でも申し訳ない。せっかく頑張ってあとちょっとだったのに、悔しいよなあ……」


 しどろもどろになりながら喋っていると、また涙が流れてきた。


「ちょっと……畑中君?」

「俺、悔しいよ。ほんと、一条さんの歌、すごく良かったし、踊りだってどんどん上手になって……あと少しだったのに……」


 だんだん言葉がでなくなって、顔がぐしゃぐしゃになってきた。


「ちきしょう……ううう……ぐすっ……」

「畑中君ってば!?」


 一条さんに腕を掴まれて、はっと我に帰った。


「ちょっと……何であなたが泣いてんのよ。人が見てるじゃない」


 コンビニに出入りする人達が、こちらに怪訝そうな目を向けたり、ひそひそと内緒話しをしている。

 なんだか、痴話げんかをして泣いているカップルでも眺めているようだ。


「ごめん、でもさ……」

「いいから、涙拭きなさいよ」


 そう言われて、シャツの袖で目の上をガシガシと擦った。


「ごめん、最近俺、よくもらい泣きするんだよ」

「え、そうなの? ……ちょっときもいんだけど」

「はは……そうだよね、面目ない」


 ほとんど面識のない人間が目の前に現れていきなりまくしたてて泣きだしたりしたら、確かにそう思われるだろうな。

 余計なお世話かもしれないし、さっさと立ち去ろう。

 そう思っていると、


「でも……ありがとう。私も、ここで泣いてたんだ」

「……そうなのか?」

「ここで買い物してたら、オーディションのこと喋ってる声が聞こえてきてね。そしたら色んなことを思い出しちゃって。それで外に出てぐずってたら、さっきの奴らがね」

「一条さんみたいな子がこんなとこで泣いてたら、そりゃほっとかないだろうしね」

「やめてよ。邪な雰囲気がぷんぷんの奴に来られても、全然嬉しくないわよ」


 平然としてるように見えても、やっぱり悔しくないわけはないんだ。

 学校ではそんな姿は見せず、人知れずこっそり泣いている彼女のことを想像して、胸の奥がキュンと熱くなっていくのを感じた


「でもなんか、あなたを見てると、こっちが泣きたい気分が失せちゃったわ」

「はは…… それって、よかったのかな……」

「ありがとね、畑中君。私のために泣いてくれて」

「いや、こっちこそ、びっくりさせてごめんね」


 一条さんは真っすぐにこっちを向いて、微かにほほ笑んでくれた。

 やっぱり可愛い。

 美少女は、泣いていても笑っていても、絵になるんだな。


「ところで畑中君、家はこの近くなの?」

「いや、ちょっと用事があって。一条さんは?」

「私は、とくに用事はないけど、ちょっとこの辺歩こうかなって思って」

「そう。じゃあ、飯でも食ってく?」


 そう言葉にすると、にわかに一条さんの表情が、悪戯っぽく歪んだ。


「……何それ? いきなりナンパ?」 

「いや、お腹に何か入れたら、ちょっと落ちつくかなって、思っただけだよ」

「ふ~ん」


 一条さんは腕組みをして、意地悪魔女っぽい目線をこちらに投げ掛けている。

 しばらく沈黙の時間が流れて、


「ま、いいわ。乗ってあげようじゃない。どっかいいとこ知ってるの?」

「洋食が美味しいお店なら知ってるよ。今からそこへ、行こうとしてたんだ」

「洋食か、悪くないわね。よし、決まり!」


 初夏の日差しが西に傾く中、二人並んで他愛のない話をしながら、目的のお店に向かって歩みを進めた。


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