第33話 動物園、軽井沢、そして2学期

 夏休み前の最後のテストで成績を盛り返した菊華と、菊華の勉強を見るのを手伝ってくれた白百合に、ご褒美として3人で動物園に行った。


 改めて思うが、テレビもインターネットも普及していないこの時代、本や勉強で得られる知識にも限界がある。


 菊華がテストの解答に『やかん』を『ポット』と書いてしまった時、やっぱりちゃんと実物を見て興味を持たせる、覚えさせると言うことも大事なのだと反省した俺なのであって。



「菊華、走っちゃダメだよ」

「はぁい!」


 と元気よく返事はしながらも、結局は小走りになったくらいで走るのはやめない菊華だった。

 ゾウやキリン、ライオンといった、普段は絵本でしか見たことのない動物を目の当たりにして、はしゃいでいるんだろうな。


 白百合や俺にくっついては「あれはなんですか?」「あれは?」「お姉さま見ました? お口がすごく大きい……!」と、楽しそうにあちこち見て回っていた。


 菊華ばかりはしゃいでいたので、白百合はちゃんと楽しめているか心配になったが「どう? 動物園は?」と白百合に尋ねると「はい。すごく楽しいです」とにこにこと笑って、じっとキリンを見て動かなかった。


 どうやら、白百合はキリンがお気に召したらしい。


 キリンの柵の前で菊華と「お姉さま、キリン、かわいいですねえ」「そうねえ、菊華ちゃん」とふたりくっついてゆらゆら揺れながらずっとキリンを見ていたのが本当に可愛かったな……。


 動物園に連れてきてよかった、ってこんなに思うことってあるんだね……。



 そうしてその日は、お昼過ぎまで3人でじっくりと動物園を周り、帰りに甘味処でおやつを食べて帰った。


 一緒に動物園に来れなかった父は、娘たちから「お父様にもおすそわけです」と言われて、白百合と菊華がふたりで描いた、キリンとゾウと父らしき人物が書かれた絵をもらって、でれでれに喜んでいた。



 ◇

 

 

 それから、あっという間に夏が来て。


 今年の夏は、軽井沢の別邸で過ごすこととなった。


 暑かったからね!

 今年の夏!

 エアコンの無い猛暑ってこんなに辛いんかーい! と初めて体感した。

 みんなが軽井沢を避暑地と言う理由がよくわかりました……。

 ほんとに涼しいんだこれが……。

 

 最寄り駅までの鉄道での移動に、汽車に乗ったことのない菊華はおおはしゃぎだった。

 駅に着いてからは、迎えの車に乗って移動する。

 

 西園寺家が持つ避暑のための別邸は、まあそれはそれは立派な洋館のお屋敷で。


 都会の喧騒を離れた自然の中で、兄妹3人で宿題をしたり自然と戯れたりしながらのんびりと夏を過ごした。

 

 そうして、夏休みが明けると2学期が始まる。

 気づけば初等部6年生もあと半年と少し。

 この夏休みの間に、蒼梧の【四神召喚の儀】が行われているはずだった。



 ◇



 ちゃんと【四神召喚の儀】なるものをやらずに四神を呼んでしまった俺が言うのもなんだが、四神召喚というのは一年間の中で最も良い気の流れる神吉日かみよしにちを選んで行われるものらしい。


 そして、四神を召喚した者は、その後宮内庁に出向いてそれが本当に四神であるのかを大神官と呼ばれる人物に判定される。


 俺の時も、父親に白虎を見せた後、宮内庁まで出向いていって「白虎を出せ」と大神官らしき人物に言われた。


 結果、特に問題もなく白虎と判じられたために今こうしているわけだけど。


 

 ◇


 

 楽しい夏は駆け足で終わり、またしてもあっという間に2学期が始まる。

 

 夏休みあけの朝の教室は、どこかまだ浮かれた空気が漂っていた。

 

 そんな中俺は、いつもより少し早めに教室に辿り着き、自分の席に座って授業の準備をしていると。

 少し遅れて蒼梧が入ってきた。


「おはよう」

「……ああ」


 ――そう、短く答える蒼梧の表情は暗い。


 …………。

 これは…………。


 いつもは淡々としていながらもどこか自信に満ちた気配を漂わせている蒼梧の、気迫が薄い。


 その姿を見て、俺は。

 

 ――蒼梧の、蒼龍召喚がうまくいかなかったのだということを悟ったのだった。

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