第28話 お兄様、恋文をもらう

「あの、西園寺様……。わたくし……、ずうっと、憧れていました……!」


 他のクラスの女生徒に校舎裏に呼び出された俺は、そう言われると、ずいっと可愛らしい便箋びんせんに入った手紙を差し出された。


「へ、返事は結構ですので! お読みいただけるだけで構いませんので!」


 そう言って手紙を差し出してきた彼女は、俺が手紙を受け取ると、ぴゅーっ! と異能でも使ったのではないかというくらいの速さでその場を走り去っていく。


「…………」


 『西園寺蓮様』と表書きに書かれた便箋びんせんをくるりとひっくり返すと、その裏にはわかりやすいくらいにハートマークでびたりと封をされている。


 ……恋文ラブレターだ。


「…………」


 ここ最近、急激にこういったことが増えた。

 おそらく、6年生になったからだろう。


 華桜学苑は、異能を持つ者のみに開かれた学苑である。

 それ故に――、初等部在学中に【天授の力】を顕現できなかったものは、否応なしに学苑を去ることを余儀なくされる。


 なぜならば。

 以前から何度も前述しているとおり、【天授の力】が顕現するのは、10歳前後までだからで。

 12歳になっても発現しない者は、ほぼ100%と言っていいくらいにその後の人生で能力を顕現させることはない。


 つまりは、異能のあるなしによって、初等部で大きく足切りされてしまうわけである。


 そうして、中等部から別の学校へ通わなければならなくなるであろう女学生が、こうして最後の思い出にと俺に手紙をしたためてくるのだ。


 ――こういったことは、今日が初めてではなかった。


 最初に、同じように女生徒に呼び出され、告白をされた時に。

 返事はいらないと言った彼女に、丁重に断りの手紙を書いた。

 気持ちに応えられないのならせめて誠意で返すべきだと思って、手紙の内容は読んだと、気持ちは嬉しかったけれど申し訳ないが応えることはできないと文にしたため、返事を返したのだ。


 ――良かれと思ってとったその行為が、よくなかった。非常に。


『勇気を出して蓮様に告白して想いをしたためたら、色良い返事ではなかったけどお手紙を返していただけたの……!』


 そんな、とある女生徒の一言が、瞬く間に学苑内に広まり――。


 あれよという間に、

 

『蓮様にお手紙をお渡ししたら、お断りの内容であってもちゃんとお返事がいただける』


 という噂がたってしまったのだ。

 

 それ以来、玉砕覚悟で告白してくる女生徒の、渡してくる手紙をひとつひとつ読んで、返事を書くという時間を割かなければならないことが増えてしまったのだった――。


「はー……、お待たせ」

「優しすぎるからだ。馬鹿が」

「わかってるよ……」


 昼食の後、遅れて中庭にやってきた俺に、蒼梧が読んでいる本から目を離さずにそう言い捨てる。


 ちなみに目の前のこの男も、同様に告白めいたことをされることは増えたようだが、すげないコイツは「申し訳ないが、気持ちには応えられない」とその場でバッサリとお断りするために、いまでは蒼梧に告白してくるのは玉砕覚悟の青春記念告白で塩対応されても心が折れないメンタルつよつよ系女子だけだ。


「僕も最初っからさらっと断っておけばよかった……」

「……まあ、そこがお前のいいところでもあるんだけどな」


 そう言いながら「ん」と手を差し出してくるので、俺は無言でびゃくを具現化させる。

 そのまま「なぁ〜〜お」と泣き声を上げながらびゃくが蒼梧にすり寄っていく。


「いつまでも続けるわけにはいかないし。どこかでビシッと線引きするんだな」


 そうしないと、大変な思いをするのは自分だからな――と。


 そう言って、蒼梧に苦言を呈された、まさにその日の帰宅時だった。

 授業が終わって、帰宅しようと俺が自分の下駄箱を開けると。

 どさどさどさっ、とラブレターが落ちてきたのだ。


「…………」


 いやあああああああああああああ!?!?


 いやいやいや!?!?

 なになにこの量!?

 

 もうちょっとなんか、応募者全員プレゼントキャンペーンとかと勘違いされてない!?

 

 ダメでした!

 『もれなく全員返事がもらえる』とか思わせた俺がダメでした!!

 俺の下駄箱、郵便ポストじゃないんですけど!?


 そんなことを思いながら、下駄箱の前で固まっていたら。


「モテる男は大変だな」


 と、通りかかった蒼梧に嘲笑された。


 ぐぬおおおおおおおおお!!



 ◇



 その日の帰宅後。

 俺が自室で、下駄箱に入れられた手紙ひとつひとつに目を通していたところに、コンコンとノックをする者があった。


「はい」

「お兄様」

 

 白百合です、とドアの向こうから聞こえてきた声を聞いて「いいよ」と返事をする。


「どうしたの?」

「あの、ご本を読んでもらいたくて……」


 菊華ちゃんもいます、と白百合が体をずらして、後ろに菊華も控えていることを示してみせる。


「ああ……、そうか。今夜だったね」


 毎週、火曜日と金曜日は夜寝る前にふたりに本を読んであげると約束しているのだ。


 読書は情操教育に良い! ……はずだ! という俺の持論で、ふたりが物語を読むことに興味が持てるように、週に2回、俺の部屋でベッドに寝転がりながら二人に本を読むということを定例にしていた。

 

 大体、読んでいる途中でふたりがすやすやと寝息を立てて寝てしまうので、そのままお泊まり会になるのが恒例だったが。


 だけどどうやら、そのお泊まり会感が逆に楽しいらしく、ふたりにとっては週に2回の楽しみな行事になっているらしかった。

 

 しかも、母家の洋館に戻ってきた俺の部屋にあるのは、大人が3人寝ても十分に寝返りがうてる天蓋付きベッドなのだ。


 そのベッドにつけられたカーテンを下ろして、ほのかに照らされた灯りの中で物語を読まれるというのは、それだけで異国の物語の世界の中にいるみたいな特別感がある。


 のだが。


 手元の机の上に連なった、恋文ラブレターの束を見て、逡巡する。


 ……どうしよ。

 返事を書くどころかまだ全部目を通せてもいない。


 一瞬、白百合と菊華にもう少しだけ待ってほしいと頼もうかとも思ったが、それでふたりの就寝時間が遅くなるのもなあと思い直す。


 ……とりあえず、ふたりとの約束を果たして、寝静まった後に読むか、と思ったところで。


「恋文ですか?」


 と、俺の様子を伺っていた白百合が訪ねてきた。


「…………」

「お姉様。こいぶみ、ってなあに?」

「菊華ちゃん。恋文と言うのは、好きな人に好きですと伝えるお手紙のことです」

「…………!」


 白百合の答えを聞いた菊華が、目を見開き「ふぉお……!」とでも声の出てきそうな驚いた顔で机の上に置いてある手紙の束を見つめた。

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