ポッポー! 飛び出し注意

 どこからか音が聞こえてくる。


 ポッポー♪ ポッポー♪


 ――なにかしら。鳴き声よね。


 ポッポー♪ ポッポー♪


「先ほどから何か鳴いているな。フランク、どこからかわかるかい?」


 ポッポー♪ ポッポー♪


 メトロノームのように、規則正しい間隔で聞こえてくる。


「すごく規則正しいね! なんだろう。丁度ぼくのお腹の真下辺りから聞こえてくるよ!」


 マッシュはジェリービーンズのケースをカシャカシャとやって、ピンと一粒はじいた。


「よし! 降りてみよう!」


 マッシュのジェリービーンズはギャレット社製だ。マッシュは数ある世界・異世界のビーンズを食べ比べたが、これほどのお気に入りにはお目にかかったことがない。


 舌触りのなめらかさ、味の爽やかさ、ケースデザインの歴史、武骨なほどに美しいブリキ……見れば見るほど、食べれば食べるほど、マッシュはギャレットビーンズの虜になっていた。アンティーク戸棚の中には、これまで食べたすべてのギャレットケースが収納してある。


 次にケースをオイルで磨く時に、真珠に必ずお披露目しようとマッシュは楽しみにしていた。ただひとつの問題は、フランクとこの旅を始めてから郵便配達員のスパイキーがやたら文句を言うってこと。住所不定では困るってことらしい。


 まあ、あいつは仕事が困難なほど、自尊心がくすぐられるカモメだからいいのだが。


 マッシュはまったく気にしていなかった。


 フランクは器用に地上に降りた。


 広い草原の中に、ポツンと一本、大きな木。声はどうやらその木から聞こえてくるようだ。


「おや、こんなところにマザーツリーが。これは珍しい。ここも森になるのか」


 マッシュがフランクの背中から飛び降りて、木の方へ歩いていく。

 真珠は慌てて後を追った。


「マザーツリー? 森?」


 真珠の後ろから、フランクがマッシュの代わりといったように心に声を響かせる。


「そう! マザーツリー。マザーツリーのあるところはやがて森になるんだって!」


 ――やがて森になる?


 フランクの説明ではよくわからない。そんな真珠の気持ちを見通すように、マッシュがつけ足した。


「左様! マザーツリーは他の小さな木々を生み出し育てるのだ。生まれた幼木は、母なるマザーツリーから栄養をもらい成長していくのだよ。やがてそれらが森になるのだ。マザーツリーは森が必要なところを自ら考え移動し続けているのさ。しかしこれは本当に珍しい。このマザーは移動してきたばかりと見える。母樹の実を分けてもらいたいところだ」


 ポッポー♪ ポッポー♪


「鳩? かしら」


 声はツリーの中から続いている。一行が近づいていくと、マザーの茂みの中から一羽の鳥が慌てたように飛び出してきた。


「ポッポー♪ ポッポー♪ こんにちは皆様! ご機嫌いかがでしょうか! 正午をお報せいたします! 正午をお報せしております!」


 そう矢継ぎ早に言ったかと思うと、ボタッと地面に落ちた。


「やあ」


 シルクハットを軽く持ち上げながら、マッシュが挨拶する。鳥は相当に落ち着きがない。笑いを堪えながら真珠も続いて挨拶した。


「こんにちは。わたしは真珠。白クジラのフランクに、カエル紳士のルイ・マッシュ・ギャレットⅡ世よ。あなたのお名前は?」


 真珠がマッシュの名前をフルネームで紹介したことに、マッシュは満足したらしい。喉を膨らましているのを見て、フランクはこっそり面白がった。


「ポッポー♪ ポッポー♪ わたくし、カッコウ時計のカッコウでございます。お話する方々にお目にかかるのは大変久しぶりのことでしたので、少し慌ててしまいました。張り切りすぎるとロクなことがございません。そもそもここにいるのだって……っは! それは皆様には関係のないこと! 失礼しました。このようにみっともない姿をお見せしてしまうとは! 皆様の質問に答えなければ! 正確な時間を皆様にお報せするのがわたくしの仕事! ですからわたくしには名前というものがございません。どうぞ皆様のお好きなようにお呼びください」


「カッコウ時計? わたし、ずっと鳩だと思っていたわ」

「ぼくもだ!」

「これは驚き。我々が今まで鳩時計だと思っていた鳥が、まさかカッコウだったとは」


 カッコウは、バタバタと飛びながら何度も首を振る。


「えぇっ! まさか! まさか皆さんわたくしのことを鳩だと? わたくしショックでございます。ああ! ショックでございます!……わたくしのこの歌を聞いたら、鳩だなんて思わないことでしょう! っよ、よし!」


 カッコウは、フンッと鼻息のようなものをついてから、「ポッポー♪ ポッポー♪♪」と、これでもかというくらい張り切って鳴いた。

 マッシュは何とも言えない間の抜けた呆れた顔でカッコウを見ている。真珠はなんだか申し訳なくなって思わず言った。


「ご、ごめんなさいカッコウさん。お詫びにあなたにピッタリの名前をわたしたちで考えるわ」


 カッコウ時計のカッコウは、小ぶりの木彫りだった。でも木彫りの造形でできているとは思えないほど表情が豊かで、真珠のこの申し出をとても喜んで、浮かれたのがよくわかった。


 ――木なのにとても上手にバタバタ飛ぶわ。作ったのはどんな人かしら。


「本当に? それは素晴らしい! わたくしはとてつもなく光栄です! はい!」


 わくわくと期待に満ちた目で、カッコウは一行を交互に見つめている。

 唐突にマッシュが言った。


「クルックス。……はどうだろうか」

「それって……」


 ――まったく鳩!


 真珠は心の中で突っ込んだ。それに重なるように、カッコウも口と羽をバタバタする。


「えっ? でもそれじゃあなんだか鳩の鳴き声みたいでは?」


 そうよね……。もっともだわ。真珠がそう口を挟もうとすると、フランクがこれまた浮かれて言った。


「ああ! いいね! 音の響きがとても心地好いよ!」

「そ、そう言われると確かに心地好い気もいたしますが……やっぱり鳩のような名前では? どう思います? お嬢さん」


 カッコウは不安げに真珠を見る。真珠はなんだか可哀相になって、思わず言った。


「す、素敵よ! 一度聞いたら絶対にあなたのことを忘れられないくらい、インパクトのある名前だわ!」

「そ、そうですか。そうですよね! わたくしもなんだかこの名前が大変気に入ってきました! わたくしはカッコウ時計のクルックス。クルックスです。クルックス! うん! 皆さん、どうもわたくしのために素敵な名前を考えていただき、本当にありがとうございました」


 マッシュは胸を張って、喉を三度も膨らました。


「クルックス♪ クルックス♪ ああ、なんて素敵な名前なんでしょう♪ ポォ♪」


 マッシュがまた喉を膨らましながら言った。


「やっぱり鳩の名前みたいだったか?」


 シーーッ! 真珠はマッシュに目くばせした。

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