第3話  神田正次 小学4年生

「え、この近くに家とかあった?」

 私は、待合小屋まちあいごやを出てあたりりを見渡した。小屋の後方に少し離れて山があるが、家は見当たらない。小屋の前は広い田んぼだ。

「どこ? どこなの正次君の家は?」

「あの山の真ん中辺りです。このバス停がよく見えます」

 こちらからは家が見えないんですけど。

「まあ、いいわ。じゃあとにかく時刻表を読んでください」

「はい。分かりました」


 正次君は、標識版の横に立って時刻表を指さし

「ここには、『次回、乗合自動車のりあいじどうしゃきた刻限こくげんは、雨降りて、雨宿あまやどびと、待ちにし時なり』と書いているのです」

 正次君はドヤ顔だ。読んでもらったものの、私にはまだ意味不明だ。

 それを悟ったのか正次君はさらに

「これは、『次にバスがやってくる時刻は、雨が降って雨宿りをしている人たちが待っている時間だよ』と書いておるのです」

 と、分かりやすいように訳してくれた……って決まった時刻じゃないの? 

 雨宿りをして待ってる時間ってどういうこと?


 そんな私の疑問には構わず正次君はさらに意味不明の行動をとった。

「これも、いかんのです」

 時刻表に吊してあったてるてる坊主をつまんで、丸い頭の部分を下に向けた。

「こうやって逆さにしないと雨が降りません。雨が降らないと雨宿りもできません。雨宿りできないとバスが来ません。こうして、てるてる坊主をひっくり返して、るてるて坊主にするのです」

 るてるて坊主? それで雨が降るって言うの? で、バスが来るの? 

 私の正常な思考回路はパチパチと音をたて始めている。

 ここはどこ? 異世界? かくざと


「ほら、お姉さん空を見てください。いい塩梅あんばいに雲行きが怪しくなってきました。きっと雨が降ってバスも来ます」

「え! ホントだ。さっきまで晴れてたのに。雲でどんよりしてきてる。これは、雨が降るかも」

 私が空を見てそうつぶやいた時だった。


「では、わちきが雨を呼ぶでありんす」


 振り向くと、女性が立っていた。私より少し若いように見える。で、私よりかなり美人。ブラウンのロングソバージュヘアで、グレーのノースリーブニットにスキニージーンズ。レトロな横長のラジカセを持っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る