第28話 無くなったブレスレットの行方

 次の日の修学旅行二日目。

 長崎は異国情緒あふれる街並みが特徴的で、教会や洋館といった建物が建ち並ぶ。

 バスで移動中はガイドさんの話を聞いたり、グループに分かれて写真撮影をした。

 

 二日目の午前の観光を終えた私たちは昼食のために、長崎新地中華街へ移動した。中華料理店に入ってお腹を満たした後は、いよいよ班ごとの自由行動だ。

 バスで移動し、スタート地点にそれぞれ解き放たれる。

 自由行動の時間は約3時間で、そのあとホテルに戻ってくる予定だ。

 

「さてと、どこを回ろうか」と健太が話を切り出す。

「私はグラバー園に行きたいな」と関口さんが手を挙げた。

「グラバー園か……いいね。加賀美さんは?」

 

 健太が加賀美さんに話を振ると、彼女は少し考えてから口を開いた。

 

「私はオランダ坂に行ってみたいな」と加賀美さんは言った。

「オランダ坂か……それもいいね」と関口さんは頷く。

 

「佐藤くんはどう?」


 健太が質問すると、彼は俯いた顔を上げ、「それで大丈夫です」と答えた。そして再び視線を伏せた。


 私も特に異論はなかったので、賛成の意を示した。

 それから私たちはバスに乗って移動し、グラバー園に到着した。

 園内には旧長崎英国領事館や旧グラバー住宅などがある。

 

「明治時代の建物が残ってるなんて凄いな……」と健太が感想を述べた。

「うん、日本って本当にすごいよね」と私も同意する。

 

 建物の中に入って見学した私たちは、そこから見える景色に感嘆の声を上げた。遠くには海も見えて絶景だった。

 

「あっ!」

 

 と、関口さんが大きな声を上げたので、私は彼女の方へ顔を向けた。

 

「どうしたの?」

「私の……ブレスレットがない……」

 

 彼女は自分の手首を何度も確認して、青ざめた表情になっていた。

 

「どうしよう……どこで落としたんだろう。チェーンが切れた? それとも……誰かから盗まれた?」

 

 彼女はぶつぶつと独り言を言い始めた。

 

「落ち着け、関口さん。まだ盗られたと決まったわけじゃない」

 

 健太が彼女の肩をポンと叩いた。関口さんはハッとした様子で顔を上げると、「そうだね……」と弱々しい声で返事をした。

 

「もしかしたら、どこかで落としたかもしれないから探そうか?」と私は提案した。

 

「うん……でもどこを探せばいいんだろう」と彼女は心配そうな表情になる。

 

「とりあえず、この園内を探してみようよ」

 

 私がそう言うと、班の全員が賛成してくれた。

 

「ちなみにどんなブレスレット?」

 

 と、すかさず健太が聞いた。

 

「ゴールドのチェーンに星のチャームのついたブレスレットなの。入学祝いにお父さんから買ってもらって10万円くらいはするやつ」

 

 10万円……。高校生が持つには高額なアクセサリーかもしれない。

 修学旅行に無くなって困るものを着けるのが悪いとは思ったけど、彼女はどうしても外せなかったようだ。

 

「それは大変だな……。早速、園内を探したいところだけど、やみくもに探すのも時間の無駄だ。関口さんはいつの時点までブレスレットがあったと覚えてる?」

 

 「……確か、今日のお昼を食べたときはあった。腕時計と一緒に着けてたのを覚えてる」


「昼食のときにあって、今ないとすれば、バスの移動中に無くなったことも考えられるな」

「バスの移動中に無くなったって……誰かから盗まれたってこと? 泥棒と言えば……この前学校にも現れた怪盗ヴェール!」

 

 関口さんは健太の言葉に反応した。

 

「まさか……」と私は呟いた。

 

 泥棒だからって、怪盗ヴェールに行き着くのは飛躍しすぎな気がする。

 

「でも、怪盗ヴェールは普段は絵を盗むのに、今回だけブレスレットを盗んだ理由が分からないよ」と私は言った。

「確かに……でも、他に誰がいるの? 私のブレスレットを盗む人なんて」と関口さんは自虐的な笑みを浮かべる。

「……それは分からないけど……」

 

「怪盗ヴェールは高校の生徒ではないし、人目が多い中、しかもバスという密室で堂々と犯行に及ぶのはリスクが高いと思う」と健太は冷静に分析した。

 

「じゃあ、誰が盗んだっていうの?」

 

 関口さんは泣きそうな声で言った。

 

「それはまだ分からないけど……でも、盗まれたという証拠がない以上は、ただの推測にしかすぎない」と健太は答えた。

「そうね……」

 

 関口さんはしゅんとした様子で俯いた。

 

「とにかく今はブレスレットを探そう」と私は言った。

 

 その時、健太は唐突に「犯人がわかった」と言った。「え? 誰なの?」と関口さんは驚いた様子で健太を見た。

 

「今から説明するから、みんなも聞いてくれ。ブレスレットを盗んだ犯人は──」

 

 健太はそこで言葉を切ると、私たちを見渡した。そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「佐藤くんだ」

 

 私は驚いて佐藤くんの方を見たが、彼は足を小刻みに震わせて、落ち着きのない様子で立っていた。

 

「……どうして僕だと思ったんですか」と佐藤くんは言う。

 

「理由は二つある。まず一つ目は、ブレスレットを無くしたと関口さんが騒いでいた時に驚いていなかったこと。二つ目の理由は、バスに乗っている間ずっと君の挙動がおかしかったからだ」

「挙動がおかしかった……?」

 

 佐藤くんは不思議そうに首を傾げた。

 

「ああ。バスの中で佐藤くんが関口さんをチラチラ見ていたから」

 

 健太はそこで言葉を切ってから、話を続けた。

 

「さて、どうして佐藤くんがブレスレットを盗んだのか……それは俺にも分からないけど……でも、佐藤くんには動機があるはずだ」

 

「動機?」と私は首を傾げた。

 

「……分かった。正直に話します」

 

 佐藤くんは観念したように首を小さく縦に振った。

 

「バスで関口さんのブレスレットが落ちているのを拾ったのは僕です」

「拾ったって……それ本当?」と私は身を乗り出した。

「うん、本当だよ」と佐藤くんは言う。

「どうして、そんなことをしたの?」と関口さんは弱々しい声で言った。

 

「ブレスレットを盗むつもりは全くなかったんです。でも……関口さんの大事にしているブレスレットが切れていて、返そうと思っていたんだけどタイミングを失って……。ずっと隠していてすまなかった!」

 

「そうだったの……」と関口さんは呟いた。

「本当にすみませんでした」

 

 佐藤くんは深々と頭を下げた。

 

「関口さんは許してあげなよ」と私は言った。

 

「……分かった」と関口さんは少し不満そうに頷く。

「ありがとう、関口さん!」

 

 佐藤くんは安心したように表情を和らげた。どうやらずっと罪悪感を抱えていたようだ。


「……桐生くんと秋山さんって、探偵と助手みたいだね!」


 加賀美さんが突然とんでもないことを言った。

 探偵と助手!? 探偵と怪盗なのに!?

 待った! 変な誤解は解いておかないね。


「は?」

「そんなことないよ!」

 

 健太と私の抗議の声が重なる。


「だって二人が話している間に鮮やかに事件が解決したんだもん。ぴったり息が合ってるみたいだったしさ」


 加賀美さんが楽しげな目をして言ってくるものだから、「そんなことないから!」と全力で否定しておいた。

 

 その後、関口さんは佐藤くんからブレスレットを受け取って無事に解決した。

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