第25話 怪盗ヴェール、高校に出現!?

 城宮高校の事務局宛に予告状が送られると、その噂はあっという間に拡散された。

 

『名探偵、桐生くんの高校で直接対決!』

『ついに怪盗ヴェールが、城宮高校に現れるのか!?』

 

 そんなSNS上での盛り上がりを、私は複雑な気持ちで眺めていた。

 

「なんか……すごいことになっているな……」

 

 私はため息まじりに呟いた。このままでは作戦どころではないかもしれないな……と思いながらも、私がやるべきことは変わらないのだ。この騒ぎを利用して盗み出すのみ! 私はそう意気込んで、携帯の画面と睨めっこをするのだった。


 

 そして予告日当日の放課後、私は城宮高校の正門から校舎まで伸びる並木道にいた。

 髪をひっつめ、黒い眼鏡をかけて俯いた姿勢で歩く。どこにでもいる地味な生徒の姿に、下校する生徒たちからは注目されることはない。

 正門から健太がガタイの良い男性と一緒に歩いてきた。油断のない顔つきをしたスーツの男性はおそらく刑事だろう。

 

「健太くんのいる学校で盗みを働こうとは、いい度胸だよな。怪盗ヴェールは」

 

 その刑事が健太に話しかけたのが聞こえた。

 

「ええ」と健太は頷く。

「早く捕まえましょう」と刑事の男は目をギラギラさせて答えた。

 

 私は健太たちとすれ違い、離れていく。健太も、その隣を歩く刑事も、私の正体には気づかない。私の変装が完璧だからだ。


 数メートル離れたところで、私の中でスイッチが切り替わった。

 猫背だった背中をスッと伸ばす。

 黒縁メガネを外して、制服の胸ポケットへ。

 帽子を取るような早技でカツラを引っ張り下ろすと、色素の薄い金髪がこぼれ落ちる。


 紺色のブレザーにチェックの膝上のスカート、短め丈の黒いソックスに茶色のローファー。制服姿の怪盗ヴェールだ。


「どこのモデルさんだろう……」

 

 他の女子生徒から注目されても、それに構わず歩き続ける。

 

「か、怪盗ヴェールだ!」


 瞬く間に生徒たちから取り囲まれた。

 スマホでパシャパシャと写真撮影会が始まる。


「可愛く撮ってね♡」


 気分を良くした私は手を腰にあててポーズを取った。アイドルみたいなセリフでも、怪盗ヴェールに変身すればサラリと言えてしまう。

 地面にスピーカーが設置されていて、ノリの良い洋楽が大きい音で流れ始める。音楽のテンポが早まるにつれて、テンションが上がって踊りだす生徒も出てきた。


「いいぞー! ヴェールちゃん!」

「もっとサービスしてー!」


 ノリのいい生徒たちに、私はウインクをして微笑んだ。

 

 人だかりにもみくちゃにされながら、健太が先頭列に顔を出すと「うっ」と耳を塞いた。ボリュームの大きい音楽がお気に召さなかったらしい。

 

「あ、探偵くん!」

 

 私は手を挙げて、ブンブンと大きく振った。

 観客たちの注目は健太に集まる。期待のこもった視線だった。


 健太のこめかみに青筋が浮かぶ。苛立っているようだ。

 

「怪盗ヴェール……!」


 健太は怒りを滲ませた声で、私に向かって叫んだ。

 そろそろ空からロープが降りてくる頃だ。

 風圧で私の金髪が舞い上がり、ヘリコプターの羽音が近づいてくる。

 健太はハッと空を見上げた。

 

「撮影会はこれでおしまい。みんな、じゃあね!」

 

 私は空から降りてきたロープに捕まると、地面からフワリと浮いた。

 ヘリコプターからロープを巻き上げられる。

「またね!」と私は笑顔で手を振った。

 

 そして、ロープの巻き上げる力が強くなり、私の体は空高く舞い上がった。

 ロープを伝って、ヘリコプターに乗り込むと座席に座る。

 操縦席にいるのは叔父さんだ。

 

「目的地は高校の屋上でいいんだな」

 

 叔父さんは前を向きながら、私に問いかける。

 

「うん!」

 

 私が笑顔で頷くと、ヘリコプターは城宮高校の屋上へ向かって飛んでいった。

 そして屋上に着陸した私はロープから降ると、「ありがとう!」と私は大きく手を振った。


 ヘリコプターの羽音が遠ざかっていくのを聞きながら、私は校舎へ入り、階段を駆け下りる。

 放課後の校舎は人通りがあまりなく、すれ違う生徒も少なかった。

 

「まずは美術室ね」

 

 私は独り言を呟いて、地下の美術室を目指した。SNSの鍵アカウントで密かに連絡を取り合い、指定された場所だった。

 美術室の前まで来ると、扉には鍵はかかっていなかった。

 私は音を立てないように、ゆっくりとドアの取っ手を回して開ける。

 中は薄暗くて埃っぽい部屋だった。

 

 そして、美術室には一人の女性が佇んでいた。赤城先生だ。

 彼女は私の姿を見ると、明らかに落胆した顔になった。

 

「……男性のヴェールさまではなかったんですね。性別を指定しておけばよかった」


 ほほう。やはり赤城先生はどうやら怪盗紳士がお望みだったらしい。

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