第3話 秘密基地にて

「知り合いならちょうど良いって、校内案内まで任されちゃうなんて、本当についてない!」


 家の地下室に入るなり、私はストレスを発散すべく叫んだ。

 コンクリート打ちっぱなしの部屋は防音対策バッチリだ。いくら叫んでも近所迷惑にはならない。


 貴重な休み時間を、健太のために捧げることになってしまった。昼寝に使おうと思ってたのに!

 

「まあまあ、葵ちゃん……他にも健太くんを案内したいと思っていた女の子はいたみたいだよ」


 いとこの澪がパソコンを操作する手を止めて、私の愚痴を聞いてくれた。

 私と健太の仲の悪さをよく知っているからか、同情的だ。


「それなら、その子がやればいいじゃん。こっちはいくらでも交代するのに!」


 私は片頬をプーッと膨らませる。

 ちょっと顔がいいからって、すぐに女の子のファンがついたのが、どうも鼻に付く。

 中身は意地悪な男だよ? きっと高校生になっても、心の根っこの部分は変わってないはず。


「葵ちゃんがすごく嫌そうだったから、変わってあげようとしたんだよ? でも、健太くんは葵ちゃんに案内してほしがっているように見えたんだ。昼休みが来るのを楽しそうに待っているような感じ。交代を言い出せなかったのは、みんなもたぶん同じ理由」


 澪の衝撃的な分析に、私は目をパチパチと瞬かせる。

 

「そうだったの?」


「幼馴染の二人に気を遣って、初日のうちは邪魔しないでおこうって思ったんじゃないかな」


「……みんなで見守られてたのね。そんな必要ないのに!」


「葵ちゃんの気持ちもわからないでもないけれど……」


 健太は小学生の頃から敵だった。

 そのときは理由を知らなかったけれど、私の両親から「健太と仲良くしないように」と言い聞かせられて、小学校の授業中や休み時間は意見が合わずに衝突するばかりだった。

 

 ようやくその理由を知ったのは、高校生になって母親から怪盗業を引き継いでからだ。

 健太は警視総監の息子で、父親が警視庁のトップ。わかりやすく言えば、警察のお偉いさんだ。

 誰でもわかる。怪盗と警察は……どう考えたって、仲良くできるはずがないじゃない!


「……葵ちゃん?」


 澪に見つめられていた。私はハッとして、居住まいを正すようにソファに座り直す。

 つい、健太のことを思い出してしまった。


「……幼馴染という事実は変えられないから、今はクラスメイトの一人として、そつなく過ごせるように努力するわ。仕事の邪魔をされないように」


「そうだね」


 二人で頷き合う。

 私のいとこで、怪盗業の大事のパートナーの澪。

 怪盗として盗みをするのは私だけど、二人合わせて「怪盗ヴェール」と言ってもいいくらい、澪のサポートが必須となる。


「本題に入って……次のターゲットはこれね」


 澪が仕事モードの真剣な顔に切り替わる。

 パソコンを操作してモニターに映し出されたのは、紅葉を描いた絵画と美術館の見取り図だ。

 油絵のタッチを見ただけでわかる。盗みのターゲットとなる絵だと。

 

 美術館の見取り図には監視カメラの位置と、赤外線センサーの感知範囲が表示されている。美術館のシステムをハッキングするのは、澪にしたら容易いことだ。


「出雲崎美術館。個人宅じゃなくて美術館にあるのは、今までになかったパターンだね」


 個人の富豪の家に盗みに入ることが多かった。

 予告状を出せば、警備は厳重になるけど現場は混乱して、怪盗としてはやりやすかった。今回はすんなりとはいかないかもしれない。


「セキュリティがしっかりしているからという理由で数年前に移動したらしいわね。まあ、私たちは盗めればどちらだって構わないのだけど」


 澪からの説明を聞きつつも、モニターに表示された新聞記事で引っ掛かりを覚えて、私は食い入るように見つめる。


「この絵画の持ち主って……」


 嫌な予感がして澪を見つめると、澪は静かに頷いた。


「そう。同じクラスの……」


 美術館の館長で、絵画投資家としても名が知られている。

 その娘が同じクラスの関口鈴音せきぐちりんねだった。


「まじかぁ……」


 ターゲットが同級生の親というのは、今までになかったことだ。顔は特殊メイクでバレることはないが、うっかり反応してしまう可能性がある。これまで以上に気を引き締めなければ。


「健太は……探偵としてやって来そうだね。……できそう? 葵ちゃん?」


 澪は私の目をしっかり見て、確認してきた。

 その含みには、ターゲットを変えてもいいよ、という優しさが見えた。

 

 同級生の親だからって理由で甘えていられない。

 それに……と私は自分に言い聞かせる。

 怪盗と警察。健太とは、きっと昔からこうなる運命だったんだ、と。

 

「敵が誰だろうと関係ないわ。私たちは絵画を回収するだけよ」


「――ありがとう。そう決まったら、早速準備を始めようかな」


 澪は部屋の隅に置かれていたペットケージから、黒猫を出してやる。

 学校帰りに捕まえてから、それほど時間は経っていない。


「シャーッ!」


 猫は警戒している様子だったが、澪は素早く猫の首元に予告状を紐でくくりつけた。そしてすぐに階段を上がって庭へと解き放つ。出雲崎美術館に住み着いている野良猫だ。


「猫ちゃん、行ってらっしゃい」


 澪がそう言って猫の足取りと見つめるも、猫はサッと物陰へ姿を消した。

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