A close the gate.

東雲夕凪

第1話 開けてはいけない扉だってある。

 蓼原市(たではら)の南西方向、琴羽市との境界上にある空白のエリア、通称(W9)に閉鎖都市がある。


 㐧2次大戦中のソ連秘密都市や閉鎖都市にも似たような、無機質な壁で囲まれたそこは2000年の㐧3次大戦中に設計されたにも関わらず前時代的なデザインの機構で埋め尽くされていた。


 一般人ですら電脳ネットワークに触れることが現実的になっている中、この都市の住民は時代遅れもはなはだしいほどに新技術に無知であった。


 テレビも4:3のアナログ。そして、インターネットはTELNETによるナローバンド(低速回線)かパソコン通信による独自回線によるもので構築され、インターネットや電脳ネットに関しては実験者や上層部だけが知るトップシークレットな情報だった。


 加えて都市外へのアクセスは厳しく制限され、(そもそも繋がっていないかもしれない)私達が足跡のつかないように本局との通信をするにはアナログ媒体(物理的なデータ)による手段しか無く人手を要するために他の秘密都市での行動とは異なって多くの諜報局員が潜んでいた。


「君の役割はドラマやアニメのヒロインのように持っている能力で活躍する事では無い。秘密都市という様々な思惑が蔓延る空間で行われている様々な実験を感知し、記録し 特殊部隊や上層部による解放作戦の足がかりとなるきっかけでしかないのだよ」

 暗闇に自立式のスタンドポールの蛍光灯が華奢なシルエットを映す。表情が読めず、冷たく機械的な話し方をする女であること以外は一切の情報が無い長官はそう言い放った。



「なぁ転校生?この都市の外には爆速のパソコン通信があるって本当か?」

 2回目の高校生となった私は、閉鎖都市内にある商業高校にいた。監視下の中でも一般人よりも優遇された環境下にいた生徒たちの中には外部の世界がこちらよりも優れていると勘づく者もいた。


「えぇ本当よ」


 空の色は変わらずに美しい青でいて、ここが閉鎖都市であると実感するのは外出制限がかけられる夜だけだった。

 故に、隣の席に座る青年の問いかけがあるまでは自分の目的を忘れかけるほどだった。

「それよりも、この都市では悪魔が出るってほんと?」

「本当さ。熊や猪と同じくらいの頻度で夜になると出現するって言われているね。だから魔法少女がいるわけ」

 そう言うと青年は教室にいる女子生徒を指差す。

「このクラスには5人の魔法少女がいた。一人は男だから魔法士だけど... そして、彼女はその一人だよ」

「あとの4人は?」

 少しだけ間が空いた。嫌な刹那だ。

「死んださ。二人は学校に現れた悪魔によって目の前で。他の二人はそれぞれ、都市部の繁華街と警察局付近でね だけど、それはここでは時折起こる事なんだ」

 まるで現実では無いような事なのに妙にリアルで、フィクションだとは言い切れないものがあった。

「そもそも悪魔ってなに? アニメで見るような魔獣みたいなもの?」

「ヒトだよ。正確には「元」人間だね。ゾンビとも言えるけど感染はしないから廃人とも言える」


どういうこと?


詳細を知ろうと思った時、遮るようにチャイムが鳴る。予鈴が鳴り終えるとクラスメイトは各々が教科書やノートを机に置き席に着く。

「なぁ転校生? 君はこの都市のことを知らないだろ。だから...」

「だから?」

 戸を開けて入ってくる教師の足音と共に青年は言った。

「だから。魔法少女に憧れや畏怖を感じないほうがいいよ。知りたいという探究心も危ないね」チャイムの音に合わせて椅子が動く音がこだまする。


 ーさぁ5時間目を始めようか。


「今日の授業、応急処置学教科書39ページ『トリアージと安全保護』だよ。前回の応急措置というのは小規模かつ、単独事象の場合だが、今回は被害が複数人を含む場合だ。転校生の紫桜さんは最初だから分からないと思うけど、都市外に置いても救急や警察の人が学ぶ内容だからね関係はあると思うから頑張っていこうね」

 生暖かい微笑みを浮かべる教師はそう言って板書を始めた。


〈悪魔が出現した際、大勢が被害にあったとする。悪魔は魔法少女がどうにかするが、けが人は残った一般人が処置する。その際に、生存率が高い者を優先するという必要性がある。助けられる命を守る仕組みがあり、それがトリアージである。〉


悪魔による汚染度が高いほど・接近時間が長いほど生存率が下がるという。ある意味では放射能にも似ているのかもしれない。


「いいかい?君たちは医師でも看護師でも無い。だけど、緊急時には資格や免許の有無に関わらずにできる限りの救命や安全保護を行う義務がある。この授業はその際に役に立つし、何よりも都市管理者からの事情聴取の際に何もしてないことがわかったら懲罰が与えられる。それぐらいに重要なんだ」


教師は時折私の目を見てそう言う。


教科書を先へと読み進めると高校生が習うには難易度が高い救命処置や悪魔の沈静化と退避方法が書かれていた。


もし、私が高校生の頃 同じ内容の授業があったのであれば少なからず不安になる。

「こんなにも身近に危険が潜んでいたのか」と。


「よし、少し早いが授業は終わりだ。次の時間はみんなLHRだからね。担任の先生が忘れてたら呼びに行ってあげてね。彼はそういうの忘れやすいから」


呆れたというよりもやれやれといった空気の中で授業は終った。その後、案の定忘れていた担任が遅れて来たことだけは言っておこう。



さて、私達が調査し閉鎖都市を解放するか

そのまま軍管理下(いずれは解散、政府・自衛隊管理下になるらしいが) に置くかが決められるのだが、その前に閉鎖都市の仕組みと解放するか否かの目的を説明しようとおもう。


(作者注:本作内での設定です)


まず閉鎖都市だが、主に戦争などにおいて利用される兵器や様々な薬品などを製造・実験を行うために秘匿された地域・區の事をいう。表向きは実在しない空白地というわけにもいかないし、衛星の偵察もあるので昨今では偽装されることが主流。地上部は学研都市として、地下部にメインのプラントなどを設置することが多い。


ただ、許可がなく立ち入れないビル群は製薬会社や大学の敷地とされているものの それこそが閉鎖都市そのものである。


住民は常に監視管理下に置かれているが、他の都市同様に日常を過ごせる。また優遇措置として医療・学費・ライフラインは無料である。大人は8割以上が閉鎖都市内での専売公社に勤務している。閉鎖都市と名のつく場所にしか展開されていないコンビニや雑貨屋は唯一の専売公社以外の働き口で、大手コンビニなどが共同で出店している。


そして、閉鎖都市の存在について。

閉鎖都市は日本軍による管理下にある。終戦後においても同様で、政府管理下にあるものの「いつでも対戦できる備え、それこそ平和である」という理念のもとで活動している。

一方で政府は戦争に関与しないという思想を踏まえ、自衛的な組織のみを持つという意向を引き継いでいる。動脈的な平和と静脈的な平和とそれぞれ言える。。


戦争が集結した今、全てを解放し資本主義・民主主義による統治が成されれれば良いと思う者がいるかもしれないがそう簡単ではない。


そこで、解放するか否かを判断する必要がある。いずれは全てが解放されるのかもしれないが(解放されるとも限らないが)、一つの国に管理者が2つもあるのは内戦やクーデターの原因にもなりかねないし、国としての統治が不履行になりかねない。故に今現在から10年以内に解放されるかを決めなくてはいけない。


主に判定の要素は、「外部に知られても問題がある」か否かである。


例えば、兵器製造や貯蔵庫的な扱いであれば戦争は終結しているので問題無い。一方で、化学実験によってできたものや核兵器などは公に知られてしまうと新たな脅威となってしまう。前者は早急に開放するが、後者の場合無害化したうえで政府による管理下においたうえで情報統制をする。


この判断は簡単なものでない。


故に私達が実際に潜入し調査する。政府や上層部によって判断が下される。



そんな私達はほとんどが諜報局員である。私のように特殊能力がある者や優れた脳力がある者で構成されている。見えない鎖で繋がれた私達には自由が無い。だけれども確約された保護プログラムなどによって未来が保証されている。故に、多くの者は指示を受け入れて働いている。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る