第14話 番外編 二組の睦み言
◆ジークフリードとヴィクトリアの場合
「それで、君は妃殿下の侍女にはならないのか?」
「貴方までそのようなことを仰るのですか?」
「殿下がやたらと熱心に薦めておいてくれと言うから……」
「うーん、……ただでさえ忙しくて手が回らないのに、その上侍女は無理です。ずっとお側に侍らなくてはならないでしょう? いつもの茶会程度ならともかく、そんな時間が取れそうにありませんわ」
「そうか。ちょっと残念だな」
「どうしてです?」
彼は不敵な笑みを浮かべた。
「俺は王太子の政務補佐官だし、君が妃殿下の侍女になれば、お二人が王位に着いた時、後ろから二人でこの国を牛耳る事が出来るじゃないか」
「え、ちょっと待ってもらませんか、それ本気なのですか?」
「可能性の話をしている」
「不敬ですわよ」
「構わない、あのお二人なら許してくれるさ」
「いやいやいや、それはありません!」
「……そうかなあ。殿下は割と面倒くさがりだから、委ねてくれそうな気がするけどな。こちらで考えた通りに国が動くんだ、面白いじゃないか」
わたくしはぶんぶん首を振った。
「何を仰いますか、殿下は明朗闊達なお方でともすればいい加減に見えますけれど、内面は違います、王太子に相応しいお方ですわ。案外腹黒なところもありますから、……そんな心構えでは、そのうち後ろから刺されますよ」
「心配ない。剣技で殿下相手に負けたことはない」
「そういう問題ではありません! 怖いことを仰らないで……わたくし、貴方が心配です」
「……トリア、泣いてる? 泣かないで。悪かった、冗談だよ」
「そうは思えませんわ……」
やりかねないと言うか、やってしまえるだけの能力があるから心配になる。抜き身の剣にならないようにわたくしがしっかり見ておかなければ。
「ごめん、トリア。……許して?」
「……ぎゅってして下さい。安心したいのです」
こういう時は甘えるに限る。普段ほぼ笑わないこの愛しい人は、わたくしを見る時だけは優しく目を細めて見つめてくれる。額に口付けてから改めて抱きかかえ、背中に流れる髪を何度も梳いてくれた。
完全無欠なようで全く危うい人だ、これまで知らず知らずのうちに、殿下のおおらかさに何度も救われてきたんじゃないかしら。時折投げ掛けられるエカテリーナ様や殿下の視線の意味を理解した。この人が暗闇に囚われない様に、わたくしが光となり導けますようにと願う。
◆エドワードとエカテリーナの場合
「それでヴィクトリア嬢は断ってきたんだって?」
「仕方ないね、彼女は忙し過ぎるから」
「もっと気軽に考えてくれたらいいのになあ」
「生真面目なヴィクトリアには通用するわけないさ」
「どうせなら、俺たちを二人で支えて欲しいんだけどな」
「エド、それは、君がラクしたいってことかな?」
「ははっ、バレたか」
後ろ手で頭を抱えてごろんと寝台に寝転んだ。自前の剣の手入れに余念のないエカテリーナは、そんな俺を立ったまま厳しい眼差しで見下ろした。
「何を考えているんだ、君は王太子だ、逃げは許さないよ」
「……俺は分かってるんだ、ジークには敵わない。頭の良さも、剣術も、何もかも。それにヤツも王家の血を引いているしな、末端とはいえ継承権だって持っているし」
「……だからこそ、君が王位に就いてジークは側近であるべきだ。彼はトップに立つ器じゃない」
「慰めはいらないよ? アイツは王様業だって難なく
「私の選んだ人を馬鹿にしないでくれ、エド。君こそ王位に相応しい。ジークは優秀過ぎる。あれには民草の苦労は分からない。何でも出来て当たり前は政治には通用しないんだよ。……結婚してからは少しは人間らしくなってきたけどな」
すらりと抜いた剣の波紋をじっくりと眺めている。北の国からやってきた彼女はうちの近衛騎士とも互角に戦える強さを持っている。剣を持つ彼女はうっとりするほど美しい。
「エカテリーナは優しいなあ。大好きだよ」
「分かってるとも」
「それにしてもジークのヤツ、澄ました顔して案外嫉妬深くて独占欲を全く隠さないから驚いたよ」
「ヴィクトリアがちょっと可哀想だな、ジークの愛は重過ぎる。だけど、彼女には良き鞘になってもらわないと困るからな。彼女もそれは重々承知している筈だ」
「鞘ね、……それは閨の話?」
「……そんなことを言うから、剣を向けられる羽目になるんだ、気をつけなさい」
そう言いつつ物騒にもきらりと切っ先を顔の前へ翳された。刹那にやりと笑って音を立てて鞘へと納める。全く所作も美しくて惚れ惚れするよ。二人きりの時だけは少々口の悪い最愛の人を手を広げて引き寄せた。
俺は剣術が苦手だ、実際ジークにも何ならエカテリーナにも敵わない。でも彼女は自分の腕の中では小さく可愛い人になる。この人の為に大きな器の人間に成りたいと願う。
◆◇◆
トリアは素になると公爵令嬢としての育ちの良さが前面に出てきて、自分を「わたくし」といい殊更丁寧な言葉遣いになる設定です。それを聞いてジークは愛おしく思い眺めているのです。
ジークもきっちり使い分けます。公的には「私」、身内や心を許した仲間内だと「俺」です。
エカテリーナは男女の力が均等な国から来ました。幼い頃から剣技に夢中になり、かなり強い設定です。グリーンヒル王国の言葉は、預けられていた北方辺境伯領で騎士に交じって居る時に覚えた為、令嬢というよりは男言葉になっています。社交の場では勿論きちんと淑女になります。
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