第6話 悲しみから、人間はどうやって立ち直るのか。

 玄関を通って家の中に入ると、そこは何というか、たいへん簡素というか……物が極端に少ない部屋だった。

 よく言えば生活感がない、ということになるのかもしれない。率直にいえば、埃っぽくて、人間の住んでいる家という感じがしない。


 彼が壁に触れる。わずかな魔力の流れを感じ取った。


「《点灯》」


 ランプに明かりが灯るのと同時に浄化の魔法が作動して、埃っぽさが一気に消え去った。


「ここがリビング。奥がダイニングとキッチン。廊下の先に空き部屋があるから、そこを使って。客間の前の左側が、バスルームとか洗面所」


 適当な様子で廊下の先を指さして、私に説明をする。

 彼はそのまま勝手知ったる様子で……自分の家なのだから当然か……リビングを横切り、私には何の部屋だか説明しなかった部屋のドアを開けてその中へと消えていった。


 ぽつねんとリビングにひとりで取り残される。


 まずは壁に近寄って仕込まれた魔法陣を確認した。

 なるほど、略式だが教則本では見たことのない表記がいくつか見受けられる。自分で最適化を目指して研究したのだろう。


 明かりと浄化の連鎖を起こす部分は、……古い書き方だけど、私も前世ではこれを使っていた。一番画数が少ないからである。

 画数が少ない方が魔力のロスが少なくなるのだ。

 とはいえきちんと理論に則って省略しないと、正しく発動しない。これが魔法陣の面白いところだ。これだけ隆盛していても、まだまだ改善の余地が残されている。


 思いもよらない方法を見つけて、試して。再現性を確認して、書き残して。

 その理論をまた後世の人間が試して、改善して。


 そうして発展してきた文化だ。

 古くもあり、新しくもある。常に発見と知見がある。魔法というのはどうしてこうも、私をわくわくさせるのだろう。


 ひとしきりリビングや廊下の見分を終えて、私に割り当てられた部屋のドアを開く。


 浄化の魔法がきちんと作用していて、埃や蜘蛛の巣などはない。綺麗な部屋だ。

 けれど、しばらく誰も出入りしていなかったのだろう。クローゼットの奥底に仕舞い込まれていたローブのような匂いがした。

 そしてリビング同様、ここにも物がない。ベッド、文机、椅子、クローゼット。それだけだ。


 私の知る魔法使いの家はどこもたいてい本や紙の類で埋もれているか、さもなければ乾燥した草花やらトカゲやらの魔法薬の材料がぶら下がっているかだったし、アイシャの屋敷は高位の貴族だけあってそこかしこに花やら芸術品やら何やらが飾ってあって、華やかだった。

 こうも殺風景な部屋というのは初めて見る。


 前世の自分の部屋なんて、床が板張りだったのか絨毯張りだったのかすら思い出せない。床を見たのは何年前だったかな。

 そもそも自室に帰って寝るなんて週に一回あるかないかで、ほとんど研究室に住んでいたようなものだったし。


 ベッドに腰を下ろす。何となくそのまま横になると、途端に睡魔が襲ってきた。

 前世を思い出したのでもはや6歳児とは呼べない存在の気がするけれど……肉体は間違いなく6歳児だ。

 慣れない経験ばかりで疲れたし、眠たくなるのが道理というものだろう。


 うとうとしながら、ノアのことを考えた。

 いまいち理由は分からないけれど、彼は私が死んだことを私以上に悲しんでくれているらしい。

 どうしてそんなに、ある意味崇拝するかのように慕われたのかは分からないけれど。


 突き詰めたら、知り合いが死んだら、誰だって悲しいだろう。

 死ななくても、親しい人間と会えなくなったら、寂しいだろう。

 そういう悲しみから、人間はどうやって立ち直るのか。

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