#16 部室のメリークリスマス

 専用ディスプレイを買う余裕まではなかったから、彼の「PC‐6001mkⅡ」は当分の間、家にあった普通の小型テレビのビデオ端子につないで使うということになった。

 当たり前ながら、こんなやり方では画質は決して良いとは言えず、本来の性能を完全に引き出すのは難しい。だが、まずは「アオイ」ちゃんを白黒のままぼんやり表示するだけなら、これでもそんなに不便はなかった。とにかく彼女が家にやってきてくれた、それが一番大切なことだ。電気を消した暗い部屋で、白く輝く彼女の姿を順はずっと眺め続けていた。


 もちろん、これでパソコン部通いが終わったわけではない。部員のみんなのアドバイスが受けられる環境で開発を続けるほうが良いに決まっている。プログラムのデータが入ったメディアを持って、彼は家と部室の間を往復するということになった。ビラ配りのバイトもあるから年末の日程は非常にタイトなものになり、まさに師走らしい忙しさだった。

「mkⅡ」の購入に反対していた横山くんも、いざ買ってしまったとなると、「安く買えたんだし、それはそれでいいか」という感じになった。なんだかんだ言っても、「PC‐6001」シリーズは入門用として人気の機種なのだ。


 部室のパソコンに、家で改良してきたプログラムのデータをロードする作業をしていると、横山くんが声を掛けてきた。

「今度、クリスマスパーティーやるんやけど、太川君も参加せえへん?」

 南高校パソコン部では、クリスマス・パーティーが恒例行事として開催されることになっていた。今年は12月25日の開催だという。

 とは言っても、昨年は参加者全員が男子生徒、男だらけのクリスマスパーティーという罰ゲームのようなイベントだったらしい。ひどく陰惨な空気だったそうで、あんな過ちは二度と繰り返さない、というのが昨年の参加者一同の決意だった。


 というわけで、今年はたった一人の女子部員も参加することになり、さらには智野部長の彼女やその友人の女子高生なども参加する、リベンジ的なパーティーが予定されているとのことだった。

 順としても、そんな楽しそうなパーティーならぜひとも参加したい。女子部員という人にはまだ会ったことがなかったが。

 ただ、一つ問題があった。「セントレオ・ハンバーガー」のバイトである。人出の増えるクリスマスはやはり稼ぎ時だ。浮かれてパーティーなんかに参加している場合ではないだろう。まして、給料を前借りしている身なのだ。

「クリスマスって、やっぱり忙しいですよね」

 と恐る恐る店長に訊いてみると、

「ああ、イブは来て欲しいけど、25日の夜ならいいよ。そんなにお客さん来ないし」

 とあっさりОKが出た。西郷はどちらも予定なしということでバイト代を稼ぐことに専念するらしく、一人いてくれれば十分とのことだった。


「女子部員とパーティーかよ。ちくしょう、いいなあ」

 バイト帰り、順と一緒に駅前ロータリーを歩きながら、西郷は何度もそう繰り返した。よほどうらやましいらしい。

「柔道部でやればいいじゃないか、パーティー。クリスマス稽古の後にでもさ」

 彼が笑いをこらえながらそう言うと、

「そんなの絶対やるはずない、って分かってて言ってるだろ、お前。何がクリスマス稽古だ」

 憮然とした顔の西郷は、色とりどりの豆電球が点滅する街路樹を見上げて魂の叫びを上げた。

「くそっ。来年は何とかするぞ、女子と過ごすクリスマス!」


 パーティーの会場は、いつものパソコン部の部室だということだった。どこか洒落たお店で、という声もあったのだが、そもそも緑町市内にそんな店は数えるほどしかなく、値段もむやみに高い。昨年同様、やっぱり部室が無難だろうということになったらしかった。

 普段は電子機器でいっぱいの雑然とした部室は、横山くんたちによって徹底的に掃除が行われ、赤や緑の紙テープなどでクリスマスらしい飾り付けもされた。いつもとは見違えるような室内からは、女子を迎えてのパーティーに対する、部員たちの熱い意気込みが伝わってくるようだった。

 人数分のプレゼントも用意されていて、パソコンを使ったくじ引きによって何が当たるか決まるらしい。なるほどこの辺りが、パソコン部らしい。

 ただ楽しく参加するだけではなく、来年に向けて色々参考にしておこう、と順は思った。来年のクリスマスは、自分が創設したパソコン部でパーティーを開催することになるかも知れないのだ。


(#17「直子さんの演奏、南高校恐るべし」に続く)

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