#2 北高校と南高校、二つの文化祭

 順が通う緑町北高校では、十月の第三日曜日に文化祭が開催される。

 彼のクラスでは「大正ロマン喫茶店」というのをやることになっていた。女子はハイカラ女学生風の袴姿で給仕をするのだが、男子は普通に学生服のままで面白くもなんともない。客も男子学生には何の期待もしていないだろうから、これで問題ないのだった。

 葵ちゃんは矢絣の着物が似合っていて、かわいいだけに見ているのが辛い。辛いけれど、ちらちら見てしまうのは仕方はない。


 あの日以来、二人きりで会うことはなくなっていたが、クラスでの彼女の態度は以前と変わりなかった。それは救いでもあったが、失恋の相手が親し気な態度のまま、というのもきついものがあった。

 彼としては、彼女の仕草一つ一つに揺れ動く気持ちを表に出さず、ただ給仕役に徹するように頑張るしかなかった。


 翌週の日曜日、今度は緑町南高校の文化祭が開催される。一週間ずらしてあるのはわざとだという話で、ライバル校同士お互い見学に行けるようにしてあるらしかった。おかげで彼も、南高校パソコン部の展示を見に行くことができたわけだ。

 緑町南高校があるのは、同じ緑町市内と言っても駅前の市街地から離れた、ただっ広い田んぼの真ん中だ。一直線の農道を自転車で走っていくと、彼方に南高校の「旧校舎」と呼ばれる文化財級の建物が見えてくる。初めて訪れる順でも、これなら道に迷うこともなかった。


 昭和初期に建てられた、この洋風木造建築の校舎を見てもわかる通り、南高校の歴史は古かった。まだ「緑町市」なんてものが無かった頃から、すでにこの学校はあったらしい。市内随一の名門校で、各種ランキングでも二番手の北高校をリードしている。小都市の高校なのに、時代の先端を行くような「パソコン部」などというのがあるのもさすが名門という感じであった。


 彼方に見えていた南高校が近づいてくるにつれて、ブラスバンドのにぎやかな演奏が聞こえてきた。

 旧校舎の隣には真新しいコンクリート造りの新校舎が建っていた。新旧並んだ校舎のどちらも、カラフルな垂れ幕で飾り付けがされている。

 色んな部活の「全国大会出場!」といった垂れ幕も目立ったが、その中には「パソコン部・文化芸術庁コンテスト入賞!」という文字もあった。パソコンの世界にも大会のようなものがあるらしい。しかし、ちゃんと入賞している辺りはさすが南高校だった。


 校庭の一部を区切って作られた臨時駐輪場に自転車を止めて、順はぎこちない足取りで新校舎に向かった。パソコン部の展示はこちらで開催されているらしい。

 慣れない他校の中に入るのは緊張するものだが、中庭に各クラスの客引きが並んで「三年二組の焼きそばいかがですか!」「甘味処やってまーす!」と盛んに声を上げている様子は北高校と変わらない。

 正面玄関から、新校舎の中に入る。各クラスが飾り付けを競い合う様子も同じで、彼はつい先週の様子を思い出した。違うのは、すれ違う生徒の制服くらいだ。しかし、当番もなにもなく、お客として楽しめるのは気楽で良い。他校の文化祭もなかなか悪くない。


 コスプレ的に扮装をした、かわいい女子生徒もたくさんいたのだが、順の目は廊下のポスターに吸い寄せられた。

 見覚えのありすぎるあの美少女が、白い壁のあちこちで微笑んでいる。言うまでもなく、山岡先輩がくれた、パソコン部のあのチラシだった。他の部がみんな手書きなのと比べると、パソコンを使って印刷したチラシはいかにもハイテックという感じで、大量生産が効くからか枚数もむやみに多い。

 実は、この美少女に恋したのは順だけではなく、チラシをこっそりはがして持ち帰る生徒が後を絶たなかった。それで、パソコン部としては物量作戦で対策しているのだった。持ち帰ってもらうのも宣伝になる、それもまたよし、というわけだ。


(#3「ハロー、コンピューター・ワールド」に続く)

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