第12話


 ワラビを連れて北の塔に帰ってきたタクトは、極度の恐怖と病気による疲労で呼吸を荒くしたワラビを自室に入れた。

 此処を出る前と戻ってきた今では、編み人の数が明らかに減っていた。部屋に閉じこもっているのではない。人の気配が、確かに消えつつあった。


「ワラビ、此処を離れないで。助けを呼んでくるから、必ず此処に居るんだよ」


「⋯⋯何処へ行くの?」


 ワラビはずっと泣いていて、声が枯れていた。タクトはベッドに座るワラビの頭を優しく撫でて、手を握った。


「レンさんの所。知ってるだろう? オーロラを編んでいる人。レンさんなら、この状況の事を把握しているかもしれない」


 最初はヨミを頼ろうと思ったが、ヨミの家はこの国の最西端にある森の奥で、歩いて行くには数日かかる距離だった。汽車なら当日中に行けるが、その間ワラビを一人にしておくのは得策ではないと判断したタクトは、近場にいる筈のレンと合流してその後の事を話し合おうと考えた。


「タクト、すぐに戻ってきてね」


 タクトは北の塔を出て走り出した。悲しいほどに、町に人の気配はない。自分の息遣いだけが聞こえる中、レンの家を目指した。

 

 タクトの頭の中に、不安がよぎる。レンは、家に居るだろうか。いつもと変わらずに、不潔な身なりでぶっきらぼうに、面倒だと言いながらも瞳の奥に優しさを灯して、タクトを迎えてくれるだろうか。

 この世界に今、レンは存在しているのだろうか。


 いつの間にか、タクトはレンの家の前に辿り着いていた。此処までどうやって走ってきたのかも覚えていられないほど、タクトの心は満身創痍であった。

 早くレンを連れてワラビの元へ戻らないといけないというのに、タクトは扉を叩くのを躊躇っていた。レンが居ないかもしれないという不安が、タクトを金縛りにしてしまった。


「タクトか? 何してる?」


 声がした。タクトが振り向くと、レンが薪を抱えて立っていた。


「タクト、お前大丈夫か?」


 普段は細目のレンが珍しく目を見張った。


「大丈夫じゃないけど、よかった⋯⋯!」


 タクトは、腰が抜けそうになるのを懸命に堪えた。


「レンさん、今すぐに北の塔に来て。大変な事が起きてるんだ」


 事態を把握していない様子のレンだったが、タクトの言う通りにすぐに行動した。レンは細身だが長身で、見かけよりもずっと力があった。走り疲れて困憊していたタクトを背負って、北の塔へ向かって走って行った。

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