私達結婚します!

@nikodon

僕と君との結婚だよ、エミリー!

 そろそろ婚約破棄を言い渡されるかしら。なんて思う私は公爵家令嬢、エミリー・オブライエン。

 正式名はやたらと長いんで、取りあえずこれで覚えてちょうだい。


 ところで、どうしてそんな物騒なこと……つまり、婚約破棄されるかもなんて考えてるのかって?

 そりゃあなた、婚約者であるフィリップ王太子殿下に、見た目がケバい女がまとわりついて、殿下もそいつの事を遠ざけもせずに一緒にいて、なんてことになってたら、


 もう、誰の目からも明らかでしょ。


 ……あなた、堕ちたわねって。


 ちなみに私の婚約者にいつもくっ付いてるのは、男爵家の令嬢、アリアナ。

 とにかく可愛くて、殿方のご機嫌を取るのが上手い。つまり、男の理想が服を着て歩いてる様な女。


 で、私はと言えば、がりっがりに痩せてて、不愛想で。胸は真っ平らで。

 顔にはそばかすがあって髪の色は赤茶けてて。

 おまけに性格も可愛くなくて。

 殿方をヨイショなんか出来ない。男にお世辞なんか死んでも言えない。 

 

 つまり、殿方があまり近寄りたくないと思う典型みたいな女。


 そんなの、どっちを選ぶかなんて言うまでもないよね。そう思っていたとある日。


 私は殿下に呼び出された。


 あー、これはもう、

 来たねと思って私、覚悟を決めて王宮にうかがったわ。











 王宮には沢山の貴族が集まってた。うわー、この中で婚約破棄言い渡されるんだ……と思うと気が重かった。

 今日は殿下のお誕生日。よりによってそんな日にするとか。

 こいつ昔からそういうところあるんだよね……デリカシーがない。


 と言うからには幼馴染?


 はい、そうです。


 物心つく頃から一緒。きっかけは、お父様が私を王宮に連れて行ってくれたことに始まる。


「息子と一緒に遊んでやってくれ」と陛下から言われて、女の子の私が殿下のお相手? 思いつつ、鼻水たらしてた殿下と嫌々遊んだのよ。


 しばらく遊んで、なぜ女の子の私が指名されたのか分かったわ。

 こいつめっちゃくちゃ泣き虫なの。

 しかもちょっと意地悪すると……と言っても例えばチャンバラごっこして、おもちゃの剣を頭にぶつけただけ程度でも、もうお前と遊んでやるもんか! と言いだす。


 ただ、数日たつと、ケロッとお忘れになる。


「えーみーりー、あーそーぼー」

 

 わーいってお屋敷の前で手を振る殿下。

 一事が万事この調子。

 まあ、引きずらないだけいいのかも知れないけど。


 で、そんな調子で月日は流れ……私と彼は婚約した。

 婚約の儀式は教会で執り行われたんだけど、その厳かな雰囲気の真っ最中に、殿下はこんなことをのたもうた。


「あー、もっと胸の大きな子がよかったなぁ」


 隣にいた国王陛下から頭にゲンコツ食らってたけど、いや、私も一発殴りたかったけど、これが、悪気がないんだよね……。この人。


 にしてもさあ。あなたがそんなこと言うもんだから、やたら胸をデカく見せるドレスが流行っちゃった。

 その男爵令嬢もそう。

 もしかしたら豊胸の魔法でもかけてもらってんじゃない? 乳がデカい。

 

 で、今に至るわけですが。


 広間の一段高いところで、殿下とその令嬢が並んで立ってる。

 殿下のご様子はと言うと、鼻の下伸ばして目線は男爵令嬢の胸に。


 国王陛下と王妃様はそんな殿下を渋い目で見てる。そりゃそうだ。衆目てもんがあろう。他の貴族たちもなんかヒソヒソ噂してるし。

 

 なんかもう、気がめいって来た。

 はよ終わらせて帰りたい。


 楽師たちがダンスの曲を奏でだした。みんなそれぞれ意中の人を誘ってホールに出る。

 あの男爵令嬢も鼻声で、ねえ殿下、私達も踊りませんこと? なんて言ってる。


 ああ、ところで私は何処にいるのかって?


 この際ただ飯食ってやれとばかりに、ピュッフェの前におります。

 本来なら殿下の隣にいるはずの私がよ。


 大口あけて焼きたてのワッフルにかぶりついてると、楽師たちの曲はゆったりとしたワルツからアップテンポの曲に変わった。あ、これ、殿下のお好きな曲だ。


 とゆうことは、踊ってるところ見せつけられるんだわ。

 サイアク……と思って落ち込んでいたら、

 

「レディ・オブライエン、私と踊りませんか?」

 唐突に後ろから声をかけられた。

 振り返るとそこには黒髪黒い目の背の高い殿方が。なかなかのハンサムなんだけど、ところであんた誰?……記憶を総動員して思い出した。この人は、

「あら、チェチェン大公殿下」

 ドレスの裾をつまんでお辞儀する。大公殿下はにっこり笑った。

 チェチェン大公国は我が国、スラヴ王国とは山一つを隔てた隣同士。

 我が国では白い肌に金髪あるいは赤毛、目の色はとび色やら青が主流なのに対し、チェチェンはブルネットで黒い瞳の人が多い。肌の色も小麦色でなんともエギソチックである。


「こんなに美しいあなたを一人にしておくとは、この国の男どもは見る目がない」


 そう言って大公殿下は私の手を取り口づけした。どうか私に、最初のダンスを踊る名誉をお与えくださいと。

 

 あら。

 歯の浮くようなセリフだけど、今の私にはかなり効いた。

 ほんとのところ言うと、最初のダンスは婚約者と踊らないと駄目なんだけど、べつにいいよね?

 だってアイツだってあんなことしてるんだし。


 えー、良いですことよー、踊りませう、と私は彼に手を取られ、ホールの真ん中に進み出た……その時だったの。


「皆の者、聞いてくれ!」

 殿下の声がホールに響き渡った。

 

 とたん、楽師も演奏を止める。踊ってた者も止まる。シャンパン運んでいた給仕の足も止まる。


 何もかも止まった大ホール。シャンデリアだけがキラキラ。

 

 国王陛下も、王妃様も、

 

 一体何が始まるんです? みたいな顔を息子に向ける。


 いやほんとに、何が始まるの?

 てかこれから婚約破棄とか言い出す?!


 ちょっと、少しはタイミングを考えなさいよ! いまからいい男とダンスしようって時にこのバカタレが!


 とにかくホールは水を打ったように静か。殿下はその中で一人、大きく息を吸い込まれた。そして……。


「私と、エミリー・オブライエン公爵令嬢との、結婚の義を来年の春に行うことする!」

 

 だからみな、そのつもりで各々予定を組んでおくように。


 殿下はそういって、王族がいる場所から降りて来て、私の処に来た。










「楽師、音楽を!」


 殿下の声に、楽師が音楽を奏で始める。殿下は私を大公殿下からかっさらい、ホールの中央まで引っ張っていった。

「ちょっと、殿下」

 私は殿下の手を思い切り振り払った。どういうつもりですの?と。

「それはこっちのセリフだよエミリー」

 ムスッとした顔で殿下が言う。婚約者がいるのに他の男と最初にダンスとか何を考えている! だって。

 いやそれお前が言う? さっきまで乳でか女の前でデレデレしてたくせに。と、 

 そこまで考えた私はハッとした。慌てて殿下が今まで居た場所を見る。

 男爵令嬢が真っ青になってこっちを見てる。当然だ、だって今までエスコートしてくれていた相手がいきなりいなくなったのだ。一人ぼっちにされて居心地悪いことこの上なかろう。

「あのさ、今はとにかく、彼女の処に帰ってあげて」

「どうして?」

「どうしてって、今日のパーティは彼女をエスコートしたんでしょ? こんなことしたらパートナーの彼女のメンツが丸つぶれじゃないの」

 そもそも彼女のこと好きじゃなかったの?!

 すると殿下はのほほんとお答えあそばした。

「別に好きでも何でもないよ」

 じゃあなぜいつも一緒にいたのですとつめよる私に、殿下はあっけらかんと言った。

「だってオッパイ大きいんだもん」

「それだけ?」

 それだけだけどどしたの? と言う殿下に私の怒りゲーシがふつふつと上がって来た。するとバタバタと足音がして、ホールのみんながそっちを見た。

 男爵令嬢が顔を覆って広間から飛び出していったのだ。

 

 彼女は泣いていた。


 これはまずい。でも私が追いかけるわけには行かない……誰か侍女とかいないのか。

 すると私の耳に、鈍感王子の声が聞こえてきた。


「ほら、彼女も帰ったことだしダンスしよ。エミ」


 りーと言いかけたであろう口ごと、私は思い切りビンタした。自分でもびっくりするほどの勢いで。気付くと殿下は尻もちをついていた。

 てのひらがじんじん痛み出す。でもそんなことに構っていられない。私はさっきの殿下のように大きく息を吸い込んだ。


「今すぐ――」


 え、えみり? とビクついていう王子に私は言った。


「今すぐ追いかけて、


 土下座して謝って来いこのクソバカがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



 と。

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