第二話 神速の戦乙女 《ヴァルキュリア》 1

「さて、今回の任務は……これよ!!」


 バンッ!


 ここはルメルシュ中央部に位置する討伐隊『暁ノ銀翼』の拠点、銀星館。その食堂内では現在、暁ノ銀翼メンバーが夕食後のミーティングの最中だ。

 議題は今後の活動内容について。

 リリアナが今回新たに受けてきた任務の詳細を書いた書類を、机に勢いよく叩きつけたところである。


「おおっ」

 詠太えいたが覗き込む。

「……読めねぇ」

「あんたねえ……」

「主殿。こちらの世界の文字も学んだ方がよいな。……ふむ、ルメルシュの……周辺警護か」

 詠太えいたの肩越しにマリアが助け舟を出す。

「ルメルシュって……この街じゃねえか」

「そう。知っての通りこのルメルシュは平和そのものよ。でもそれもこうして街の周囲に防衛の拠点を置いて守っているからなの」


 隣国セレニアとの戦争のさなかにあるリドヘイム。しかしこの街の中にいる限り、一切戦争の気配を感じることはない。

 ここが首都であるからなのか、他の街でもそうなのか……いずれにせよ、一都市だけでもこのレベルの防御体制を敷くというのは相当の兵力を割く必要があるはずだ。


「街の北に新たに設置される防衛拠点。そこには砦が建設される予定になってるの。で、アタシたちの任務なんだけど、昼間はその砦の建設作業、夜は夜襲やなんかに備えて警備を行うって話よ。出発は明朝! 泊り込みで一週間みっちりと任務を行うから、二人とも今夜のうちにしっかり準備をしといてね」

「明朝ーーーー!? 急すぎるだろ! 大体、マリアだって召喚されてすぐなんだしもうちょっと……」

「私は大丈夫だ。一切問題はない」

「ほら見なさい。アンタはねー、討伐隊としての心構えがなってないのよ」

「うぐぐ……」


 横暴な隊長とよく出来た新入隊員。

 両者の間で振り回される中間管理職。

 このような図式を色濃く映し出したところで今回のミーティングは閉幕を迎え、ルメルシュの夜は更けていくのであった。



「着いたわね」

 ルメルシュ北部の門を出て一時間余り。森林部からほど近い丘陵地帯に点在する丘の一つが今回の任務地だった。

 その丘の片側、森林へ向いている面は高さ数メートルの切り立った崖のような地形になっており、頂上部分は平坦で開けている。この上に砦を築くことで、森を抜けてルメルシュへ攻め入るルートを断つのが目的である。


 この任務には詠太えいたたちの他にも複数の討伐隊が参加し、今回この地で作業にあたる人員は総勢50名程にもなる。

 思いのほか現場が近かったおかげで活躍する機会を失った新品のクッションを恨めしそうに眺めながら、詠太えいたは馬車の荷台から降りるのだった。


 到着早々全員が一箇所に集められ、現場の責任者となる正規軍兵士より各チームごとに担当する作業が割り当てられる。詠太えいたたち暁ノ銀翼は整地作業班に組み入れられた。

 夜間の警備についてはそれぞれのチームが日替わりで担当することとなっており、初日である今夜の担当は『レッドファルコン』、暁ノ銀翼と同じく整地班のチームである。


「よろしくな」

 暁ノ銀翼の隣で説明を聞いていたレッドファルコンのメンバーに、詠太えいたが挨拶する。

「……」

 男は無言で睨むように詠太えいたを見た後、つまらなそうに鼻を鳴らして視線を逸らした。

 まるで詠太えいたたちの事など意にも介さないかのようなその態度に詠太えいたは少々の苛立ちを覚えたのだが……そこは飲み込んで相手を観察する。

 レッドファルコンのチーム人数は5人、いずれも見た目30~40代の男性という構成だ。他のメンバーも詠太えいたの挨拶に気付いたのかそうでないのか、一様に無表情で思い思いの方向を向いている。いや、無表情というよりやる気のない顔、と言った方がしっくりくるだろうか。

 討伐隊と言っても様々だ。リリアナのように異常なまでの使命感を持って任務に当たっている者もいれば単に報酬だけが目当ての連中も存在する――


「ではこの後作業開始となる! 各自持ち場への移動を行うこと!」

 監督の兵士の言葉に散開していく人々。

 詠太えいたたちも持ち場となる丘の上部、砦の設置予定地に向け移動を行う。


「ゴブリンにコボルト、それにグレムリン――粗野で名の通った亜人種のチームか……主殿、気に病まぬことだ」

 先程の一件を見ていたのだろう。マリアが詠太えいたに近寄り、声を掛ける。

「いや、気にしちゃいないけどさ……」

 マリアにはそう返しつつも、詠太えいたの心には何かモヤがかかったような、ある種のやるせなさが残るのだった。



「あー、整地班については……ここ頂上部において石や草木の除去、ならびに地慣らしを行ってもらう」

 頂上に着いた整地班は監督役に作業説明を受けていた。


「質問があるのだが」

 マリアが進み出る。

「今回建設される砦というのは、具体的にはどの位置にどの範囲での設置が行われるのだろうか。出来れば図面などあれば参照させて頂きたいのだが」

「それは、だな……えー……建物以外の場所もスペースとしては必要になるので……頂上部一帯を整地、とのことだ」

「頂上一帯ったって結構広いわよ? せめて建物の部分と資材搬入ルートを優先して作業するとか……」

 要領を得ない兵士の返答に、リリアナも参戦する。

「それは、その……」

「あーーーーめんどくせえ!」

 声を上げたのはレッドファルコンのメンバーだ。

「そんなのいいからさぁ、黙って言われた通り作業すればいいんじゃねーのぉ?」


「あ?」

 先程の出来事もあり、詠太えいたがつい苛立ちの声をあげてしまう。

「あん? 何だよ」

 挑発的な態度でそれに応じるレッドファルコンメンバーの男。


 事態は両者の睨み合いに発展し、現場に不穏な空気が漂う。

 言葉を発する者は誰もいない。

 詠太えいたに駆け寄るも何かを言いかけて飲み込むリリアナ。

 静かに腰の剣へと手を伸ばすマリア。

 まさに一触即発。ひりつくような静寂の中、時間だけが流れる。

 やがて、この気まずい沈黙を打ち破ったのは兵士の声だった。


「と……とにかく! 詳細な作業は後から指示を出すので、今日に関しては全体的な整地を行うように! では私は資材班の監督もあるのでこれで」

 それだけ言うと、兵士はくるりと背を向けてそのままそそくさと立ち去ってしまった。それを合図に現場の膠着は解け、作業に入るため各チームが散開していく。


「チッ」

 舌打ちをひとつ残して離れていくレッドファルコンの後ろ姿を不満気に目で追う詠太えいたに、リリアナ、マリアが話しかける。

「すっごく腹立つけど、あまり気にしないことね。ああいう連中ってのは……少なからずいるわ。すっっっっごく腹立つけど!!」

「そうだぞ主殿。これしきのことで熱くなるようでは武人としてはまだまだだ」

「……アンタさっき完全に戦闘態勢だったわよね」

 リリアナは小さくはぁ、と嘆息し言葉を続けた。

「にしても……監督もなんだか頼りないし、大丈夫かしらこの現場」

「ふむ、そもそもこの作業規模に対し監督役が一名とは……」

 確かにこの人数を一人でまとめるのは無理がある。それは誰の目にも明らかだ。

 そして、マリアの不安は後に現実のものとなるのであった。



「おーい、この岩、どうすんだ」

「その辺に転がしとけばいいんじゃないのか?」

「こっち置くなよ邪魔になるだろ」

「おい誰だよウチの台車持ってったの!」


 現場は混迷を極めていた。

 資材班の方が忙しいのか監督は先程の大雑把な指示を出したきり整地現場に顔を出すことはなく、役割分担や互いの連携もないまま皆が各自の判断で作業を進めていく。

 そしてこの計画性と秩序を欠いた作業は遅々として進まず、初日の作業はおよそ一日分の成果とは思えぬ僅かな進捗をもって終了時間を迎えるに至ったのだった。



 日暮れ後。

 作業を終えた各討伐隊メンバーは崖の下部に数箇所の焚き火を設置し、それを囲むように夕食をとった後、そのままそこで就寝する運びとなった。

 火は夜間警備のために一晩中絶やさないとのことで、それぞれの焚き火の傍には十分な量の薪が用意されている。


「だぁーーーっ! 野宿かよぉー!」

 ふてくされるように横になる詠太えいたに、マリアが答える。

「いくらか建物が出来てくれば違うのだろうが、ここはまだ整地が始まったばかりの段階。我々の滞在する期間は全て野営となるのだろう」

 リリアナも口を挟む。

「まだ先は長いんだから、しっかり寝ときなさいよ。……ってそういえば明日以降の見張りってどうなってるのかしら」

「ふむ、作業方針についても明日再度確認の必要があるな」

「カラダがいてぇ……」


 それきり黙り込む三人。

 パチ、パチと薪のはぜる音、時折遠くから聞こえる鳥のような声、誰かが寝返りを打つ衣擦れの音。

 仰向けの視界には満天の星空が広がり、頬をなでる夜風とそれに乗って薫る薪の燃える匂い……

 慣れない野外での就寝であったが、昼間の作業の疲労もあり、詠太えいたはいつしか深い眠りに落ちていくのだった。

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