22.ヴォーナの魔法

 店へ向かう間、フフランとヴォーナは思い出話に花を咲かせた。

 ふたりが出会ったのは十年以上前のことで、国境の傍の町だったこと。

 当時まだ二十歳だったヴォーナは、一昨日の誕生日で三十三歳になったこと。

 相変わらず旅を続けていること。

 旅の途中で一度だけ再会し、一か月一緒に旅をしたこと。

 カフェに着いてテラスの席にコーヒーとケーキが運ばれてくるまで、楽しい話は続いた。


「うーんっ。確かにうまいコーヒーだ! 人が淹れてくれたっていうのも良い!」

 ヴォーナは熱々のコーヒーを、まるで水のようにグイッと一気に飲んだ。そのままの勢いで、チーズケーキを半分以上バクッと食べる。おいしそうに豪快に食べるところもフフランと似ているな、とロティアは思った。

「しばらく携帯食料だったから、こういうものが数段うまく感じるよ。体に染みるなあ」

「一か所に留まれない性分だから、仕方ないな」とフフラン。

 ヴォーナは呆れたように笑いながら、「まったくだ」と答えた。

「なあ、ヴォーナ。オイラとロティアの話をしても良いか? オイラたちの出会い、けっこう良い話なんたぜ」

「おおっ、ぜひ聞かせてくれ」

 そこで、ロティアとフフランは代わる代わる話をした。

 出会いは三年前。

 自分の魔法が嫌いだったロティアと、ロティアの魔法を必要としたフフラン。

 フフランの望みを叶えるために邁進した七日間の夜。

 ロティアもフフランも、一緒に夜空を飛び回った日々を、今でも鮮明に思い出すことができた。

 ヴォーナは「へえ!」とか「うん」とか小さな相槌を打ちながら、嬉しそうな笑顔を浮かべて話を聞いていた。


「ヴォーナの魔法が無かったら、オイラはロティアを慰めることもできなかったんだ」

「そしたらわたしは、フフランの望みを叶えることもできなかったね」

「……そうか。すごく、良い話を聞かせてもらったよ。ありがとう」

「いえ。わたしこそ、ずっとヴォーナさんにお礼を言いたかったんです。ありがとうございます。フフランに素敵な贈り物をしてくれて。ヴォーナさんの魔法はすごいですっ」

 ヴォーナは眉間にしわを寄せて「大げさだよ」と笑った。その顔はなぜか悲し気に見える。

 その表情に、ひょっとしてヴォーナさんも自分の魔法があまり好きじゃないのかな、とロティアは思った。

 それならこの話はもう終わりにしなきゃ。

 そう思った時、フフランが声を上げた。

「そんな謙遜するような奴だったか、ヴォーナ」

 ヴォーナは右側の口角を上げて、フフランに微笑みかけた。

「……フフランは目ざといな」

「今のはお前がわかりやすかったぞ。どうしたんだよ?」

 ヴォーナの笑顔がゆっくりと崩れていく。

 氷のように冷たくなった顔でウエイターにコーヒーをもう一杯頼むと、ヴォーナは口を開いた。

「……親父に、うちに来いって言われたんだ」

 フフランはくるっと首を傾げ、「親父?」と繰り返す。

「ああ。……魔法特殊技術局に来いって」

 ロティアとフフランはハトが豆鉄砲を食ったような顔で、目をパチパチさせた。

「えっ、つ、つまり……」

「局長って、ヴォーナの親父さんなのか!」

 フフランの雄たけびは、テラス席に座るお客全員の耳に届いた。全員が一瞬こちらを見る。そして、少女とハトと旅人のおかしな三人組だとわかると、すぐにまた自分たちの会話に戻った。

「……そうなんだよ、それも相性最悪の」

 ヴォーナは皮肉っぽい笑顔を浮かべて、ウエイターが運んできたコーヒーを自らテーブルに置いた。

 ウエイターが空のコーヒーカップを運んでいくと、フフランがそうっとクチバシを開いた。

「……来いって、どういう意味だ?」

 ヴォーナはコーヒーの中にミルクと角砂糖を二つ入れて、スプーンでクルクルと混ぜた。深い茶色がまろやかなクリーム色に染まっていく。しかしその柔らかい色とは対照的に、ヴォーナの顔色は曇っていく。ヴォーナはまたコーヒーをグイッと飲んでから、話し出した。

「……フフランもロティアさんも、あそこに働いてるから知ってると思うけど。あそこは今の局長が一代で作った組織だ。今じゃ国内外でも有名で、依頼もかなりの数が来てるはずだ」

 ロティアは「確かに」と口の中でモゴモゴと答えた。

 隣国のリジンも、局に所属するロティアの評判を聞いて依頼をしてきた一人だ。

「要するに、あの組織を続けるためには、跡取りが必要なんだ。それで白羽の矢がたったのが、一人息子の俺ってわけだ」

 ヴォーナは光のない目を伏せ、あごひげを手でサリサリと触った。そういう仕草をすると、見た目よりも年を取っているように見える。

「跡取りになるのが嫌で、ふてくされてるのか?」

「それじゃあただの子どもじゃないか」

 ヴォーナは乾いた笑い声を上げて答える。

「……俺は親父たちのことを、絶対に許せない。だから、継ぐ気はないって、さっき伝えてきたところだったんだ。……俺の魔法なんか大したことないって言われたことがあって。だからロティアさんが褒めてくれても、素直に喜べなくて。ごめんな、ロティアさん。ダメな大人で」

「い、いえ。わたしこそ、そんな時に、すみませんでした」

 ロティアは顔の前で手をふりながら答えた。そして、唇をかみしめて黙りこんだ。


 特殊すぎる魔法は人を苦しめる。

 それはロティアも身をもって知っている。

 ロティアはたまたまフフランと出会ったことで、自分の魔法を好きになることができた。

 それは、フフランが夜目を持っていて、自分に出会ってくれたおかげだ。

 フフランが夜目を持つことができたのは、ヴォーナのおかげだ。

 そして、自分の魔法を好きになれたロティアが、自分の魔法を生かして仕事ができるようになったのは、魔法特殊技術局のおかげだ。

 つまり、すべてはヴォーナと、ヴォーナの父親である局長に帰結するのだ。

 ロティアにとっては、どちらも感謝してもしきれない存在だ。

 だからこそ、事情を全て理解しているわけではない自分が、口を挟んで良い話をだとは思えなかった。


 フフランをチラッと見ると、難しそうな顔で、ジッとヴォーナを見つめている。

 ヴォーナはそんなフフランと目を合わせないようにしているのか、ずっとコーヒーカップを持ったまま、中を覗き込んでいる。

 一分以上の間、沈黙が小さなテーブルの周りを取り巻いた。

 その沈黙を払いのけたのは、フフランだった。

「……オイラはヴォーナのことも、ヴォーナの魔法も好きだけどなっ」

 腹を立てた子供のような声だ。

 ロティアが笑いそうになると、先にヴォーナが声を上げて笑い出した。

「ハッハッハッ! なんでそんなに怒るんだよ、フフラン」

「だってお前が、親父さんの言葉ばっかり気にするから! オイラとロティアは、お前の魔法に感謝してるんだぜ。自分にとって嬉しい言葉の方を大事にしてくれよ! 足りないならもっと言ってやる! オイラはヴォーナも、お前の魔法も大好きだ! 大大大好きだ!」

 フフランは尾羽をツンッと空に上げて叫ぶと、ヴォーナのお腹にギュッと抱きついた。

「もっと言うか?」

 ヴォーナはまた声を上げて笑いながら、首を横に振った。

「もう十分だよ。ごめんな、フフラン」

「ちゃんとわかったか?」

「ちゃんとわかったよ。ありがとう、フフランも、ロティアさんも」

 ヴォーナに微笑まれたロティアも、「いえっ」とできる限りの笑顔で答えた。






 その後、ヴォーナは魔法についてポツポツと話をしてくれた。


 魔法が使えるようになったのは、十歳の時。

 自分の目が変化していることに気がついたことが理由だそうだ。

 ロティアと同じように、家族は魔法の才能に長けていたため、家に居づらかったこと。

 十八の時に家を出て、それからずっと一人で旅をしていること。

 自分の魔法で仕事を得られるようになってからは、一度家に帰ったが、家族とはうまく行かなかったこと。

 話をしているヴォーナの表情はまるで、「この選択は間違ってない」と自分に言い聞かせているようだった。


 それから、二年ほど前から、夜目を与える他に夜目を取り出すこともできるようになった、と教えてくれた。つまり、魔法が変化もしくは進化したということだ。

「使い方としては、俺の魔法で夜目をもらったものの、特にいらなかったって人から取り出すって感じで、元々夜目が利く動物から奪ったりはしてないよ」

「へえ、いらない奴なんていたのか。オイラは重宝してるけどな」

「フフランが珍しい方だぞ。動物は特に習性が変えにくいらしくて、人間を含めた昼行性の動物は、結局夜は眠いから必要ないって奴が多いんだ」

「そうなんですか。ああ、フフランが夜目を返さなくてよかった! そのおかげで会えたんだもんね」

「オイラは昼も夜も、いろんな世界を飛び回りたいと思ってたから、この目は一生ものだ!」

 フフランはそう言って、辻風に乗るようにぐるぐると飛び回った。

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