ホープロード (短編)

藻ノかたり

第1話 地球滅亡の予言 (1/3)

「被告人、前へ!」


裁判長が、おごそかに命じる。


私は両脇を抱えられ、被告席へといざなわれた。


形式だけの、たった一回限りの裁判。弁護士すら存在しない。これから言い渡される判決は、恐らく死刑だろう。だが文句は言うまい。私は、それだけの事をしたのだから。


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2200年、地球は大きな災厄に見舞われていた。いや見舞われようとしていたと言ったほうが正確だろう。正に人類存亡の危機である。


天文学者によれば、およそ50年後に極大太陽フレアが発生し、地球は呑み込まれ甚大な被害に見舞われる。人類が生き残るのは不可能。また下手に太陽に何かをすれば、かえってその時期を早める可能性が高いというのが、学者たちの一致した見解であった。


もしこれが隕石や彗星衝突による厄災ならば、現代の科学力で破壊、もしくは軌道を変えさせる事は決して難しくはない。だが、太陽の自然現象となれば人類に打つ手はなかった。


しかしだからといって、座して死を待つ事は出来ない。世界中の科学者が一堂に会し対策を練った。宗教や思想など、とやかく言っている場合ではない。今こそ人類が、一致団結する時なのだ。皮肉な事にこの時から戦争やテロは跡形もなく消失し、全地球規模の融和が三年足らずで成し遂げられた。


人類すべてが見守る中、科学者たちが出した結論は「他惑星への移住」であった。ある意味、平凡と言えば平凡だが、しごく妥当なやり方だと皆が納得した。


だが、問題は山積していた。


宇宙航行技術はある程度進んでいたので、移民船を作る事は出来ない相談ではない。何せ破滅の時までには、まだ時間がそれなりにあるからだ。しかし肝心なのは移住先である。現在の宇宙航行技術は、当てもなく何百年も宇宙をさまよえるレベルにはない。


そこで急遽、探査宇宙船が作られ移住可能な惑星を探す事となる。造船技術とタイムリミットを考えれば、行ける星までの距離は決まっている。その範囲で是が非でも居住できる星を見つけなければならない。


幸運な事に、十数年前からワープ航法の技術が使えるようになっていたのだが制約も多い。まず人間を乗せてのワープは不可能である事、短距離ワープしか出来ない事、小さな宇宙船にしか搭載できない事などが欠点として挙げられていた。


それでも急遽、数十機の無人探査用宇宙船が建造され、宇宙へ飛び立っていく。だが芳しい報告はなかなか届かない。中には行方不明になってしまう船もあった。


このままでは時間切れになると思われた時、人類に奇跡がもたらされる。地球政府は何度も確認をしたのち、この幸運を余すところなく星の住民へと伝達した。


それは、知的生命体が存在した星の発見。


探査船が移住先を探す過程で偶然見つけたものであり、その星の住人たちは既に滅亡していたものの、地球を遥かに凌ぐテクノロジーの痕跡が見つかったのだった。


探査船に搭載されている調査ロボットが、時間の許す限り調べた結果、驚くべき装置の存在が明らかになる。


転送ゲート。


それは生物を含むあらゆる物を、瞬時に別の場所へ運ぶ事が出来る代物だった。またゲート自体は小型であり、かなりの数が作動する状態である事も分かった。それらの一部は探査船に乗せられ、地球へと持ち返られる。


また滅びた文明からは、未知の宇宙の地図も見つかった。解読の結果、その中には人類が移住できそうな星も幾つか存在し、地球政府はその星へ向け複数の探査船を派遣する。


やがて滅亡を目前に控えた星に、朗報がもたらされた。あらゆる面で地球人類が移住できそうな星が見つかったのだ。


その星は地球から大変離れた場所にあり、ワープ航法を使わなければ500年はかかる距離にある。しかし現在の技術でそれだけの年月、大量の移民を乗せて航行できる宇宙船を建造するのは不可能だ。


だが転送ゲートがあれば、話は別である。送信側のゲートを地球へ設置し、受信側のゲートを希望の星へと設置する。そうなれば人類移住計画は、大きく前進するだろう。


早速、無人宇宙船に受信側のゲートを積載し、ワープを繰り返して目的の星へと向かい設置する事に成功した。


人類は大いに沸き立った。これでもう安心だ。誰もがそう思い始めた時、小さな厄介事が露見する。


それは転送ゲートの問題点である。ゲートを発見した星のかつての住人と地球人の遺伝子の違いにより、地球人がゲートを通れるのは一回限りだという事が判明したのだった。それ以上は、命の危険を否定できない。


つまり移住先の星へ一度行ってしまえば、金輪際地球へは戻れない。この事は幾つかの問題を孕んでいたが、背に腹は代えられないという事で様々な対策が考え出された。


まず先遣隊がゲートを通って現地へ向かう。そして、先に現地へ到着していた探査船付属のロボットが建造済みの前線基地へと身を寄せる。


彼らは二度と地球へは帰れないが、彼らの映像を収めた記録装置は移住先に設置した送信ゲートから、地球にある受信ゲートへ送る事が出来た。


これで直接の意志疎通は出来ないものの、いわば手紙のやり取りのような形で連絡はつく。ただ、家族や友人と会えなくなるプレッシャーは大きい。政府が募集した派遣人員の集まりは決して良いとは言えず、計画の進行速度は著しく減速した。


だが数年後、異星の技術により福音がもたらされる。送・受信ゲートを同時に利用する事によって、リアルタイムの通信が出来るようになったのだ。先遣隊として派遣された者は、いつでも家族や友人とモニターを通じて会話が出来る。


この技術が人々の心を後押しし、希望の星へと彼らをいざなった。


ここまで来れば、ミッションは半分達成されたようなものである。あとは誰がいつ向こうへ出発するのかと、現地での受け入れ態勢の準備と調整をするのみであった。


もっとも全人類を移住させるのであるから、それは容易な事ではない。公平な順番の策定や人口が少なくなった後の地球文明の維持。その他諸々の課題を解決し、任務を完了するのには三十年近くかかる事が判明した。


だが今更やめるわけには行かない。人類は皆が献身的な努力をし、新しい繁栄を夢見て奮闘した。


いつしか地球とその星とを結ぶ転送ゲートは「ホープロード」と呼ばれ、文字通り希望への道となる。


その頃からである。世の中で不穏な事件が起こり始めたのは……。

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