第3話 初対面

 ジェラルド国王へのご挨拶が終わると、その後私のために用意された私室へと案内された。だだっ広いその部屋には豪華な装飾の調度品が並んでおり、まるでお姫様のための部屋といった雰囲気だった。


(す、すごい……!)


 なんてゴージャスなお部屋かしら…。

 ここから内扉で夫婦の寝室に繋がっており、さらに奥にはジェラルド国王の私室があるそうだ。そのことを考えるとなんだかすごく…緊張する。


「はじめましてアリア妃陛下。私はこの王宮で侍女長を務めておりますラナと申します。そしてここにいる者たちはアリア妃陛下の専属の侍女たちにございます。何卒よろしくお願いいたします」


 侍女長がズラリと侍女たちを従えて私に挨拶をしてくれる。


「ええ、こちらこそどうぞよろしく。私のことはアリアと呼んでくださいね」

「ありがとうございます。では畏れながら、アリア様と」


 立ち姿の美しい侍女たちにちょっと圧倒される。さすがに王妃付きの侍女として選抜されてきたのであろう人たちは違うなぁ。


 などと感心しているうちに、侍女長のラナが一人ずつ侍女たちの名前を紹介してくれる。…8人もいるので、ちょっと一度に全員は覚えられないかも。


 そしてちょうど一人一人との挨拶が終わった頃。


「失礼する。よろしいかラナ殿」

「ええ、どうぞファウラー騎士団長。こちらの紹介はたった今済んだところですわ。…アリア様、これよりアリア様付きとなる護衛騎士たちをご紹介させていただきます」

「あ、はい」


 大きな体躯をした渋い面立ちの男性が、ぞろぞろと騎士たちを率いて入ってきた。今度は護衛騎士の紹介が始まるのね。…またいっぱいいるな…。

 その渋い男性は私の前で騎士の挨拶の姿勢をとると、体躯に劣らぬ大きな声で言った。


「アリア妃陛下、お目にかかれて光栄に存じます。私はこのラドレイヴン王国騎士団の長を務めております、ブラッド・ファウラー侯爵です。何卒お見知りおきくださいませ。遠路はるばる、ようこそおいでくださいました」

「ありがとうございます、ファウラー騎士団長。私のことはどうぞアリアとお呼びください」

「は…、では、アリア様。これよりアリア様付きの護衛騎士たちを紹介させていただきます。…エルド、ここへ」

「はっ」


 ファウラー騎士団長からエルドと呼ばれた一人の男性がスッと前に進み出て、同じく騎士の挨拶をする。


「こちらはエルドと申しまして、私の愚息にございます。剣の腕前は騎士団随一ゆえ、アリア様付きの護衛騎士筆頭に任命いたしました」

「エルド・ファウラーです。アリア妃陛下、お目にかかれて光栄に存じます」

「こちらこそ。どうぞよろしく」


(…綺麗なお顔だこと)


 騎士団長の息子と紹介されたそのエルドさんは、緩やかに波打つ金髪に翠色の瞳をした美男子だった。騎士の隊服があまりにも様になっている。護衛騎士筆頭に選ばれるくらいだからきっと鍛えあげられた筋肉質な体なのだろうけど、スラリとした細身に高身長で無骨さを感じない。


(ジェラルド国王といい、さっきの冷たそうな側近のカイル様といい…、ここの王宮は美形男子揃いね)


 さっきのカイル様の態度が尾を引いているのか、この人たちにはどう思われているのかしらと気になってしまう。だけど侍女長や騎士団長をはじめ、誰も露骨に私に不快感を見せたりはしなかった。

 まぁ、たとえ私にいい感情を持っていなかったとしても普通はこうだろう。さっきのカイル様がだいぶ分かりやすすぎただけだ。


 無表情のエルドさんが一歩下がると、ファウラー騎士団長が他の騎士たちを紹介しはじめた。


「こちらから、クラーク、ダグラス、……」

「よろしくお願い申し上げます」

「命をかけてお守りいたします、王妃陛下」

「ありがとう皆さん。これからよろしくお願いいたします。私のことは、どうぞアリアとお呼びになってね」


 全員の紹介が終わると私は愛想よく微笑んでそう言った。早くここの人たちと打ち解けられるといいのだけど。







 王妃の部屋の中に待機する侍女や護衛騎士は、今日紹介された中から常時数人ずつ。各人たちの休みもあるので日替わりとなるらしい。

 ジェラルド国王は夕刻から会議が入っているらしく、初日の夕食は一人で済ませることとなった。

 食堂へ移動する途中、リネットがヒソヒソと話しかけてきた。


「よかったですわね、アリア様。ここの人たち皆優しそうです」

「ふふ、本当ね」

「少しは緊張が解れたんじゃございませんか?アリア様」

「そうね…。上手くやっていけるといいのだけれど。あとはとにかく、こちらでの王妃教育をがむしゃらに頑張らなきゃ。出来の悪い王妃だと思われてしまったら皆の信頼を失うわ」

「ふふっ。大丈夫ですよアリア様なら。カナルヴァーラ王国の王女殿下として培ってきた知識がたっぷりあるじゃございませんか。アリア様は勤勉で聡明なお方ですもの。きっとすぐ完璧にマスターしますわ」


 リネットに励まされながら、護衛騎士のエルドとクラークの後ろをついて歩く。







「…………。」


 広い食堂には、やはりジェラルド国王はいなかった。分かっていたことだけれど、初日から一人ぼっちの夕食をとることになり何だか言いようのない心細さに襲われる。

 芸術的に美しく飾られた前菜。初めて食べる味付けのお肉料理。どれもとても美味しいのだけれど、私はカナルヴァーラでのいつもの夕食のことをぼんやりと思い出していた。


 両親がいて、兄や姉たちがいて…、もちろん毎日必ず全員が揃っていたわけではないけれど、常に家族の誰かと食卓を囲み、それぞれがその日の出来事を話したり、楽しい話題で笑いあったりしていた。それが当たり前の毎日だった。


(…考えてみれば、きっと初めてだわ。夕食を一人でいただくなんて)


 静まり返った食堂。遠目に私を見守っている侍女や護衛たち。

 国王が忙しいのは当たり前のことだし、これからはきっとこんな日々もよくある日常となるのだろう。


(これは一国の王妃としてごく当たり前の時間なのよ。いちいち寂しがったり不安になることはないんだわ。きっと私のお母様だって…、私たち子どもが生まれるまではお父様が不在で一人で夕食をとることなんて何度もあったはず。……そうだ、)


 子ども。

 私とジェラルド国王との間に子が生まれれば、また状況は変わっていくんだわ。

 いつかは私もここで家族の賑やかな食卓を囲むことになるのよね。


(…ふふ。ちょっと気が早いか)


 生まれ育った国を出て、愛する家族と離れ、気持ちが弱ってしまっているのかもしれない。

 こんなことじゃダメだわ。しっかりしなきゃ…!


 私は無理矢理そう自分を奮い立たせフォークを口に運んでみたけれど、やっぱりあまり食欲が湧かず、いつものようには食べられなかった。

 




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