2章 ワーク・スイープの冒険者

1「ブルバック商会の依頼」


 この世界の特徴の一つ、ゴーレム技術の発展。

 40回の転生の中でもゴーレムが使われていた世界は他に一つだけ。そこではここよりも技術が大きく進んでいて、人も魔王もゴーレムを使って戦っていた。もともと魔王が持ち込んだゴーレムを人間が研究して真似たのが始まりらしく、今思えばかなり独特な世界だった。


 その時の世界と大きく違うのは、最初に作られたゴーレムの種類だ。あの世界では魔王との戦いに利用するのが目的だったから、当然戦闘用ゴーレム。それに対しこっちの世界では採取用ゴーレムだった。

 これはこの世界が比較的平和な世界だからこそ。最近作られた戦闘用ゴーレムも、あくまで魔物の素材を集めるのが目的。あくまで採集路線なのだ。


 用途のスタートが違えば、ゴーレムの形も大きく変わる。前の世界では岩をくっつけたようなゴツゴツした人型が多かった。完全に戦闘用ゴーレムだから耐久性が大事。ゴツくて大きい厳ついタイプが主流だった。

 だけどこの世界のゴーレムは基本的に丸い。胴体は筒状のつるっとしたもので、そこから折りたたまれた細いアームが伸び、様々な収穫物を刈り取ることができる。胴体は僕の腰くらいまでしかないが、アームはかなり高いところまで届くようになっていた。足はついておらず、僅かに浮かんでどんな悪路でもすいすい動き回れる。この辺りは魔法を組み込んだ技術のようで詳しい仕組みはわからない。小回りが効き、細かい作業もできる、というのがコンセプトだ。

 そしてなにより、決定的に『丸い』と印象付けるもの、それは胴体の上にある猫に似た頭だ。いわゆる猫耳と呼ばれるものが丸い頭にくっついている。顔立ちはとてもシンプルで覚えやすく、見ていると愛着が湧いてくると評判。しかもそこから発せられる言葉が、


『いっぱい採取したにゃ。空き容量はたくさん! まだまだがんばるにゃ~』


 ……という可愛らしい台詞なのだ。

 ちなみにゴーレムに意志はなく、制作者が組み込んだ命令通りに動く。つまりこの台詞も予め制作者が設定したもの。なんでこうしたのか……わかるような、わからないような。

 とにかく、これまでの殺伐とした世界では考えられない代物だった。


「まったく、本当に平和な世界だよ……」


 転生を繰り返す僕にとって、魔王のいない休息の世界。――そのはず、なのに。


「ラック師匠! また1匹そっちに抜けたっす!」

「了解。でもよく見なよ、3匹だ!」

「4匹よ。あなたこそよく見なさい」

「……はい」


 森の中にいた僕は、ぴょんぴょん跳ねながらこっちに来る大きなカエルの魔物、平原ビックトードを次々斬り倒していく。

 奥にいる、採取用ゴーレムを守るために。僕たち冒険者はせわしなく動き回るのだ。



          * * *



 ゴルタの付き添い期間が無事終わり、約束通りケンツと一緒に依頼を受けるようになって数日が過ぎたある日。再びゴーレムの護衛依頼が回ってきた。

 前回同様、戦闘採取用ゴーレムの護衛なのだけど、今回は強い魔物が邪魔をしているのではなかった。採取対象の魔物が大量発生し、処理しきれない分を討伐するのが目的だ。

 そういうパターンもあるなら、やはり冒険者は食いっぱぐれないなと思ったけれど、範囲殲滅のできるゴーレムが開発中だとか。この世界の冒険者、どんどん仕事が無くなっていく……。

 とにかく、今回の内容は弱い魔物を倒しまくるというもの。ピッタリということで、新人のゴルタが同行者となった。あれ、付き添い期間は終わったはずなのだが?

 それと、この依頼は3人で組むのが条件だった。あと一人はケンツが来ると思ったけど、彼は装備の新調のため休み。3人目には別の冒険者が来ることになったのだけど――。


「…………」

「初めまして、ラクルーク・リパイアドです。えっと……今日はよろしくお願いします」

「ゴルタ・ロロロウロっす! よろしくお願いしまっす!」

「……セトリア・セブナよ」


 一緒に依頼を受けることになった女性の冒険者、セトリア。僕より少し年上だろうか。背が高く、長い桃色の髪が特徴的。美人だけど鋭く冷たい目つきが恐い。服装は黒い修道服の上に白いマント。右手には黒いステッキ。宿舎には住んでおらず、ギルドの近くに部屋を借りているそうだ。顔を合わせるのは今日が初めてだった。

 リフルさんから聞いた話によれば、彼女はワーク・スイープの中でも腕利きの冒険者。回復・支援魔法が得意で、その腕を買われて旧王都の調査依頼にも参加したことがあるとか。

 ……何故そんな人が新人向けの依頼を僕らと受けるのだろう。

 今回の討伐対象である平原ビックトードという魔物は言ってしまえば雑魚魔物。旧王都に行けるような冒険者が受ける依頼ではない。

 まぁ人手が足りない時や、他に難しい依頼が無い時など、ギルドのエース冒険者が簡単な依頼を受けることはある。今回もきっとそういうことなのだろう。


 ただ気になるのが――昨日の夜、食堂で先輩冒険者から聞いたあの話だ。



「えっ、ラック君、明日セトリアと一緒なのー? うわー……」

「おい! レナ!」

「いいじゃん、エドだって顔に出てたよ? しっかしギルドも思い切ったねー。ま、いつかはこういう日が来ると思ったけどさー」


 女性冒険者レナさんと、男性冒険者エドリックさん。エドリックさんにはゴルタの件で大変お世話になり、それ以来よく話をするようになった。

 実はこの2人、ギルドのエース冒険者。特にレナさんはその中でもトップクラスの腕前と聞く。そんな2人に露骨に憐れみの目を向けられてしまった。セトリアさん、なにか問題のある人なのだろうか。


「す、すまんなラック。レナの言ったことは気にしないでくれ。大丈夫、セトリアは腕の立つ冒険者だ。依頼はしっかりこなすからちゃんと頼りにしていい」

「そうねー、あの子がいるとすっごく楽になる。回復と支援のエキスパートだから」

「は、はぁ。そうなんですね」


 だとしても最初の反応がどうしても気になってしまう。

 その後少しアドバイスをくれたけど、結局肝心なことは教えてくれなかったように思うし。

 いったいセトリアさんにはなにがあるのか――。


 ま、気にしすぎてもしょうがない。例え問題のある冒険者でも一日やり過ごせばいいだけだ。

 凄腕冒険者でしっかり依頼をこなしてくれるのなら大丈夫。エドリックさんが言ってたように、しっかり頼らせてもらおう。


 ――そんな甘い考えで出発したことを、僕は後悔することになる。



 カルタタ南西、タタウリ森林。南のタタウリ山に繋がる森――その手前に、平原ビックトードが大量発生し、森の中にも入り込んでいるとか。僕らの依頼は森と平原、両方にいるビックトードの討伐だった。


「なぁゴルタ。護衛対象、戦闘採取ゴーレムだけって言ってたよね?」

「森にいる採取ゴーレムも守らなきゃいけないっす!」


 平原部分で戦闘ゴーレムが戦っているが、森では捌ききれなかったビックトードが非戦闘タイプの採取ゴーレムを襲っている。

 つまり正しい依頼内容は、戦闘ゴーレムが倒しきれなかったビックトードを倒し、採取ゴーレムを守れ、だったのだ。

 現場を見て僕らが喚いていると、セトリアさんが呆れたため息をつく。


「はぁ……やかましいわね。今回の依頼主、ブルバック商会よ。ここの依頼が説明不足なんてよくあることじゃない。内容がまったく違うよりマシ。ほら早く戦いなさい」

「は、はい!」


 ブルバック商会の依頼――僕は今回初めて受けるんだけど、よくあることなのか?

 確かに、前にケンツに教えてもらった。依頼内容がキツイのが多くて評判がよくないと。でもまさかこんなに酷いとは。

 どうやら僕はきちんとした依頼主からの仕事ばっかり回してもらっていたようだ。良くしてもらってたんだな……。


 そんなわけで戦闘開始。平原側はゴルタ、森の中は僕が。セトリアさんは主にゴルタのサポートをしてもらう。

 平原側の方が魔物が多いけど、戦闘ゴーレムもいる。視界も良好。対して森の中は木が遮蔽物になって動きにくい。護衛対象の採取ゴーレムもすぐ近くにいるため素早い判断が必要になる。ゴルタでは荷が重いだろう。


(とはいえ――僕にだって荷が重いんだけど!)


 明らかに依頼の難易度が違う。新人と新人に毛が生えた程度の冒険者がこなせる仕事じゃない。


「このカエル、なんでこんなにワラワラ湧いてるんだよ……!」


 ゴーレムを襲おうとしたビックトードを後ろから剣で貫く。これ、あとで素材回収するのも一苦労だと気付き、げんなりする。


『いっぱい採取したにゃ。空き容量は残り半分! がんばるにゃ~』


 近くの採取ゴーレムからそんな声が聞こえてきて、僕は思わず剣を落としそうになった。

 気が抜ける……今だけでも音声を切れないのだろうか。


「制作者はなんでゴーレムを可愛くしたんだか」


 そもそもこのゴーレムの存在が僕たち冒険者の仕事を奪い、人材すらも奪っていく元凶。その護衛というのは新たな仕事であると同時に、ゴーレム技術の進歩を助けているようなもの。

 いつか本当に、すべての仕事がゴーレムに奪われてしまう。ある意味自分で自分の首を絞めているのだ。

 旧王都の奪還だって、そのうち完全戦闘用ゴーレムが作られて主力になるかもしれない。ゴーレムが戦う世界を見てきた僕はその光景が容易に浮かんだ。


(……悪いことではないんだよ。人が命を賭けて戦う必要がなくなるんだから)


 むしろ本当にそうなるからこそ、女神は休息にこの世界を選んだのかも知れない。


(でも冒険者が――冒険者ギルドがなくなるのは、なんだか寂しいし、落ち着かないな。他にできることなんて僕にはない)


 前の世界でゴーレムに触れたことがあるとはいえ、仕組みまでは理解できなかった。いまさらそっち方面に進むつもりもない。


「ラック師匠~! 5匹くらいそっち行ったっす~!」

「――了解。抜けてくるの増えてきてない?」


 とりあえず今は冒険者も忙しい。ぼうっとしている暇なんてない。僕は抜けてきたビックトードを追いかけた。


 だけど、次第に焦りを感じ始める。

 まずいな、今の僕で最後まで体力保つか? ゴルタも張り切っているけど、少し飛ばしすぎだ。もう疲れが見え始めてる。

 そんな心配をしていると、


「創世神イルハシークよ――彼の者たちに尽きぬ力を」


 セトリアさんの声と共に、辺りがふわっと暖かい光に包まれる。

 そして次の瞬間には自分の身体が軽くなっていた。


「これは――支援魔法!」


 感じていた疲労が一瞬で消え、僕は悠々とビックトードに追いつき剣を振るった。

 創世神イルハシーク。その名の通り、この世界を創造したという神の名で、回復魔法や支援魔法の詠唱に使われていることが多い。と、ギルドで傷の手当てをしてもらった時に聞いた。


「なんっすかこれ! すごいっす!」


 興奮したゴルタの声。僕も一旦森の入口へ向かう。

 するとセトリアさんの説明が聞こえて来た。


「支援魔法の一種よ。これ、私は他のことができなくなるから、あなたはもっと戦いなさい」

「わかりましたっす!」


 返事をしたゴルタが元気に駆け回り、ビックトードを倒していく。


「すごい、これが……支援魔法。初めてかけてもらいました。ありがとうございます」


 ずっと一人だった僕は支援魔法をかけてもらう経験がなく、ちょっと感動してた。自分で支援効果を付与するスキルはあったけど、それはまた別だ。


「……こんなのでお礼はいらないわ。黙って戦いなさい。森の中、まだいるはずよ」

「っ――はい!」


 危ない、今はお礼を言っただけだからセーフだったけど、下手に彼女の支援魔法を褒めると怖いって先輩に言われていたんだった。


 僕は再び森の中へ駆け込む。

 支援魔法をかけるところを見たかったけど諦めよう。今はセトリアさんの言う通り黙って戦うべき。


 今日は本当に、大変な一日になりそうだ。


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