4「誰かと共に戦うのは」


 別行動していた仲間なのか、街道近くに現れた1体のオーク。

 さらにその背後から、ハンドアクスを手にした少年がオークを斬り付けた。

 しかし攻撃は浅く、彼にオークを倒す力量があるようには見えなかった。


 オークは少年に向き直ると、手に持った棍棒を振り回す。

 少年は辛うじてハンドアクスでガードするが、受けきれず叩き落とされてしまった。


「あ、あぁ……」


 武器を失った少年は、ぺたんと腰を抜かしてしまう。最悪のパターンだ。


「バカ、なにやってんだ逃げろよ!」

「ああなったら動けない。助けるよ、ケンツ!」


 僕とケンツは巨体オークに刺さったままの剣を引き抜こうとして――


「ぬっ、抜けねぇ! やけにしぶといと思ったら脂肪の塊じゃねぇか!」

「剣はだめだ!」


 僕は剣を諦めて駆け出した。

 しかしすでに、オークは少年目がけて再び棍棒を振り上げている。駆けつけるのが間に合わない。


「このっ――!」


 腕を伸ばし、人差し指を突き出す。そこに真紅の光りが点った。


「スカーレット・ファイア!」


 ボッ――――パンッ!


「ブオォ!?」


 紅い閃光が走り、棍棒を持つオークの手に当たって弾けた。

 しかし、それだけ。甲が少し焦げた程度のダメージしか入っていない。動きを一瞬止めただけだ。


「お前魔法も使えんのかよ! ――フッ!」


 追いついたケンツがオークに向かってナイフを投げつける。それは振り返ろうとしたオークの肩に突き刺さった。


「これでどうだ――!」

「ブ……ブオォォォ!」


 僕らの攻撃でオークの注意を再びこっちに向けることができた。できればこの隙に脇を抜け、少年を守れる位置に付きたい。行けるか?

 足を止めず、走り続け――。


 バシュッ!


 すれ違う瞬間、視界の端になにかが見えた。

 オークの肩、ナイフが突き刺さった辺りに黒い影が走る。そして肩から腕にかけて血が噴き出した。


(なっ――今のは……?)


 いったいなにが起きたのか――考えようとするのを頭の隅に追いやる。とにかく隙ができたんだ、止まっちゃダメだ。

 余裕でオークの脇を抜けた僕は、そのまま少年の元に駆けつける。そして叩き落とされていたハンドアクスを拾い上げた。


(あぁ――なんだろう、この感じ)


 魔法で一瞬でも動きを止めれば、彼が注意を惹きつけてくれる。そんな連携を簡単に思い描けたし、思った以上の結果になった。

 ずっと一人で――パーティを組むことなく、たった一人で戦い続けて来た僕には、この感覚と感情の正体がわからない。誰かと共に戦うのは、こんなにも……。


 ぼうっとそんなことを考えながらも、身体は止まらずハンドアクスを高く振り上げていた。


「あ……あ……おいら……」


 足もとで少年がなにか言おうとしているのが聞こえ、僕は無意識に呟く。


「よく見ておけ――」


 踏み込んで体重を乗せ、オークの背中、少年が斬りつけた肩口にハンドアクスを力いっぱい叩き付けるようにして斬りつけた。


 ザシュッ――!!


「ブ、ブオオォォォ――!!」


 最後の最後でようやくオークは振り向こうとしたが、その時にはハンドアクスが肩から胸にかけてめり込んでいる。ハンドアクスを引き抜くと、緑色の大量の血が噴き出し、身体を捻りながら地面に倒れ込んだ。念のため武器を構えたまま様子を見るが、動き出す気配はない。慣れない武器だったけどちゃんと倒せたようだ。


「……よし」

「す、すげぇ……っす」


 少年の震えた声が聞こえる。隙だらけの背後から斬りつけただけだから、実は大したことしてないんだけど。助けられた彼からしたらそうではないらしい。

 一息ついて血の付いたハンドアクスを地面に置くと、ケンツが近づいて声をかけに来る。


「おいおいラック、お前本当にやるじゃねぇか」

「あはは、ケンツが気を引いてくれたおかげだよ」

「おう、いいヘイト稼ぎだったろ。にしても、さっきの魔法なんだ? 初めて見たぜ」

「ヘイト……? えっと、あの魔法はスピードが取り柄なんだ。威力は見ての通りだよ」

「ほー、そうなのか。ま、俺は魔法からっきしだからな。知らねー魔法があるのは当たり前だよな」


 ケンツはそう言うが――そうじゃなくても、見たことがないのは当然だ。さっきのは習得難易度の高い魔法で、新人冒険者が使える魔法ではない。

 でも僕は習得している。魔法は知識。転生前に覚えた魔法は記憶の覚醒と同時に使えるようになる。転生を繰り返すことで蓄積できる強さの一つだ。

 もちろん、問題はある。

 例えば今使ったのはスカーレット・ファイアという、高速で撃ちだす炎魔法。スピードに特化する代わりに威力が落ちるというのは、ケンツに説明した通りなのだけど――。

 だとしても弱い、弱すぎる。魔法を使うための魔力が少ないせいだ。

 冒険者になる前の僕は村で剣しか振ってなくて、魔法は使ってなかった。せっかく色んな魔法を習得しているのに、魔力が足りなくて実用レベルのものがほとんど無いのだ。


(まぁ、これもいつものことなんだけど)


 40回の転生の中で、予め魔法の訓練をしていた方が少ない。剣はいつも訓練しているのに。

 だからこういう事態には慣れていて、対処法も知っている。

 それは――初めのうちは、人前で魔法を使わないこと。

 魔力が低いのにどうしてそんな難しい魔法が使えるんだ、と騒ぎになるのを防ぐためだ。今回はやむを得ず使ってしまったけど、ケンツの様子を見るに誤魔化せそうだ。


(けど、やっぱり魔力を上げる訓練もしておいた方がいいな)


 冒険者ギルドで働く以上、魔法を使えるに越したことはない。

 やたら働かせようとしてくるのがいるし。



「あ、あの~~……」


「……ケンツ、今度こそオークの素材を採ろうよ」

「ん? おう、そうだな」


 オークから採れる物は少ないけど、他の魔物より大きめの魔石が期待できる。

 魔物が落とす魔石は需要の高い貴重な資源。依頼の報酬とは別にギルドが買い取ってくれるため、冒険者にとって追加報酬みたいなものだ。忘れずに採っておきたい。


 さて、まずは目の前に倒れているオークだけど、魔石の他にもう一つ確認しないといけないことがある。


「これは……」


 やはり、ケンツのナイフが刺さった肩を起点に、オークの腕が切り裂かれている。魔石もこのそばに落ちていた。

 オークの脇をすり抜ける際、視界の端に見えたあの黒い影。

 さっきのケンツとの会話から、彼が魔法を使ったとは考えにくい。


(まさか……スキル?)


 黒い影、影の刃。僕はそれに類似するスキルを知っている。かつて女神から授かった、マナエッジというスキルだ。

 剣を振り、当たった箇所から魔力の斬撃を飛ばす。初見殺しのスキル。しかも相手の身体に当てる必要はなく、空振りしたと見せかけて地面を叩き、斬撃を飛ばすということもできた。かなり使い勝手のいいスキルだった。

 ただ――投擲で当てた先からは斬撃を出せなかった。もし今のがマナエッジなら、投げたナイフから斬撃を出すことはできないはず。


(違うのか? それとも――?)


 そもそも女神から授かる『スキル』はその世界に存在しない力。僕だけしか持っていないものだった。ケンツが持っているはずがない。やはり、魔法を組み合わせた技なのだろうか。


「ラック、どうかしたか?」

「――ううん。ほら、君のナイフ。刺さったままだよ」

「おう。そうだったな。……うげオークの血でべっとりだ。買い換えた方がいいかもな」

「…………」


 うーん、自然な受け答えすぎてわからない。切り裂かれた腕を見たはずなのに、なんの反応も示さなかった。なにか隠しているのかいないのか。僕が気付いていることに気付いていないのか。

 踏み込んで聞くべきか迷っていると、


「あの! ごめんなさいっす! そろそろ! おいらのことを思い出して欲しいっす!!」


 腰を抜かしたままの少年が、大声で主張してきた。


「――え?! あ、あぁー……」


 忘れていたわけではないし、僕らに声をかけようとしていたことにも気付いていたんだけど――何故だろう、関わるとよくないことが起きそうな気がしたのだ。主に面倒事が増えるという意味で。これも、40回の転生の勘か。

 まぁ本当に放っておくわけにもいかないか。僕はこっそりため息をつく。

 見るとケンツがあからさまに嫌そうな顔をしている。同じく何かを感じているようだ。なにもしてくれなさそう。

 ……仕方がない。腰を抜かしたままの少年に目を向ける。


「……えっーと君は? 冒険者だよね。どこのギルドの人?」

「お、おいらは、その……」

「――ん? 待て、ラック。よく見たらこいつ……ゴルタじゃねぇか」

「ゴルタ?」


 誰だろう、どこかで聞いた名前だ。

 ――って、どこかじゃない、ついさっきだ!


「ああ! バックレの!」

「うぅっ!」


 バックレという言葉にビクッと震える少年、ゴルタ。なるほど、こいつが元凶かぁ……。


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