鉄仮面の下(2)


 スクーカムもタビーも離宮を訪れなくなってしばらくが経った。


(スクーカム様は山賊討伐で忙しいから分かるけれど。タビーはどうして来なくなったのかしら?)


 あんなに猫を愛していた彼が、なぜ?


 しかし元々タビーは流れ者の冒険者である。王都のギルドで紹介されたクエストをこなし終えて、別の街へと旅立ったのかもしれない。


 そう考えれば、タビーが来なくなったことも何も不自然ではない。


 だが彼に好意を抱いていたソマリとしては、やるせないし切ない。


 一言の挨拶もなくタビーが去ってしまっていたとしたら、彼はソマリに対しては何の感情も持っていなかったということになる。


(タビーはただ猫ちゃんに会いに来ていただけなんだわ。……うん、猫ちゃんのことで一緒に盛り上がれて、彼と楽しい時を過ごせてよかったじゃない)


 そう無理に納得して、タビーのことはもう忘れようと努めるソマリ。


 するとソマリの傍らを歩いていたコラットがこう言った。


「マンクスのお店まであと少しですね。離宮から歩くと、やっぱり少し距離がありますね。馬車を使うほどではないのですが」


 本日、ソマリとコラットはマンクスの元を訪れることになっていた。


「ええ、そうね。……あ、申し訳ないけどあなたはこの辺で少し離れてちょうだい」


 自分の背後についてきていた、ひとりの衛兵に向かってソマリは告げる。


 離宮に警備兵が置かれる前は、コラットとふたりでマンクスの元へ行っていた。


 しかし、山賊からソマリの身を守るために警備を増強したこの状況で、女ふたりで平民街を訪れるなんてもってのほか。


 よって衛兵がひとり付き添ってくれていたのだが、マンクスはまだソマリの素性を知らない。サイベリアン王国の紋章が入った甲冑をまとった兵を従えて会いに行こうものなら、マンクスは度肝を抜かれてしまうだろう。


 だからマンクスに会う前に、兵に距離を取ってもらいたかった。


「ですが……。私が離れたらもしもの時にソマリ様をお守りできないかもしれません」


 兵士の男性は眉尻を下げ、困り顔になる。しかしソマリは笑ってこう答えた。


「大丈夫よ! 本当に少しだけ距離を取って他人のふりをしてくれればいいだけだから。それにこんな王都の中心に山賊が来る可能性は低いでしょうし」

「はあ……。ソマリ様がそこまでおっしゃるのなら」


 渋々といった調子で衛兵は了承した。


 スクーカムが警備兵を連れてきた時に、『警備兵にも、基本的に君の好きなようにやらせてくれと説明してある。それが婚約の条件だからな』と言っていた。


 この兵は、スクーカムのその言づけを忠実に守っているのだろう。


 そういうわけで、兵士の男性は隣の靴屋の店先で巡回をしているふりをしてもらうことにして、ソマリとコラットは肉屋の店内へと足を踏み入れた。


 すると。


「ソマリさん、コラットさんいらっしゃい! いやー、待っていましたよっ。早くこの砂の使いやすさについて話したくて!」


 ちょうど他に客がいなかったのをいいことに、マンクスがカウンターから出て勢いよく話しかけてきた。


「そう、よかったわ! やっぱり猫砂は粘土質の土に限るのよねっ」


 ソマリはマンクスの言葉に、うんうんと頷く。


 本日ソマリがマンクスの店を訪れたのは、定期的に購入している鶏のささ身肉を受け取るのと、もうひとつ目的があった。


 それは猫の便所用の砂として最適な、建築用の耐火材として使用されている粘土質の土を受け取るためだった。


「いやー、本当に驚きの便利さでしたよ。便の臭いも抑えられるし、おしっこも吸収してくれるし!」

「ふふ、そうでしょう?」


 目を輝かせて猫砂について語るマンクスに向かって、ソマリは得意げに微笑んだ。


 猫は土を掘り起こし排泄する習慣がある。人に飼われている猫は、外で排泄をするか、人間が用意した家の中に置かれた砂を入れた箱で用を足す場合が大半だ。


 しかし外で排泄をさせている場合、猫を好ましく思っていない人から快く思われないことがある。


 また、家の中に砂箱を用意している場合は、猫の糞尿の臭いで飼い主が悩まされることが多い。


 至高のかわいさを誇る猫だが、その正体は肉食動物。便も尿も、雑食の人間と比較すると臭いがきついのだ。


 猫の糞尿問題については、何度も人生を繰り返しているソマリもなかなか解決が難しかった。


 しかし二十回目の人生で、修道院の補修に訪れた建築士が、余った粘土質の砂の耐火材を忘れていったことがあった。


 猫砂の調達はなかなかの重労働だったので、余っていたその砂を使ったところ、糞の臭いはほとんどせず、尿まで吸収してくれるということが発覚。


 粘土質の砂は、猫砂としてうってつけの素材だったのだ。


 今回の人生でも猫砂に使いたくて、知り合いに建築士がいるというマンクスに購入を頼んでいた。


 それが届くころだったので受け取りに来たわけだが、早速使用したマンクスも驚きの使いやすさだったようだ。


 いつもの鳥のささ身肉と、粘土質の砂をマンクスから受け取ると、ソマリとコラットは肉屋から退店した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る