猫ちゃん以外どうでもいいんです!(7)


(猫がかわいすぎてつい見知らぬ令嬢を追いかけてきてしまった。何か用かと聞かれても、そんなこと言えるわけないし……)


 その令嬢の自宅では、門も玄関も開いていて何やら揉めているようだったので、気になってスクーカムは足を踏み入れてしまったのだが。


 なんとこの国の王太子であるアンドリューがいて、例の令嬢をわけのわからないことで責め立てていた。

 どうやら令嬢はアンドリューに婚約破棄された直後らしい。


(まあ俺はさっきの猫を見に来ただけだからそんなことどうでもいい……って、待てよ)


 自分はちょうど結婚相手を捜していたではないか。しかもこのソマリという令嬢を目に留めたのは、結婚相手として問題ないかどうか確認するためだった。

 そこで悪魔的なかわいさである猫に心を奪われてしまったため、うっかり当初の目的を忘れてしまっていたが。


 ソマリに結婚を申し込めば、あの猫が手に入るのでは?

 さらに結婚しろと口うるさい父親も黙らせることができるはず。


 そう考えたスクーカムは、ソマリに結婚を申し込んだ。突然の求婚に一同からは『は?』と間の抜けた声を上げられてしまったが。


 ソマリはしばらくの間目を瞬かせてスクーカムを見つめていたが、戸惑ったような面持ちになると、口を開く。


「え……。申し訳ありません。嫌です」


 はっきりとソマリに断られたことよりも、彼女の懐がもぞもぞと動いたことの方がスクーカムは気になった。


(あの猫をどこにやったのかと思っていたが。この女、服の中に隠していたのだな!? くっ、どうにかして見たい……!)


「ソ、ソマリ! スクーカム様になんてことをっ。私も正直まだ混乱しているが、スクーカム様と婚約すればアンドリュー様からの婚約破棄なんてどうでもよくなるではないか!」


 ソマリの父親が慌てた様子で言う。娘の将来を案じる、父親らしい発言だ。

 しかし当のソマリは勢いよく首を横に振る。


「わ、私は修道女になってた猫ちゃんをモフモフ……いえ、な、なんでもありませんっ。とにかく嫌ですっ。私にはやるべきことがあるのです!」


 ソマリの言葉の中に、「猫ちゃん」という単語があったのをスクーカムは聞き逃さない。


(この女、今猫と言ったな! やるべきこととは、もしや猫に関わることでは!? きっとそうに違いないっ)


 一目猫を見ただけのスクーカムでも、あのかわいい存在のためならばすべてをなげうってでもなんでもしてやりたいという気にさせられているのだ。

 以前から猫を知っている風だったソマリは、きっと自分以上に猫を愛する気持ちが強いだろう。


「ならば、そのやりたいことを存分にやるといい。俺は邪魔はしない。だから結婚してくれ、ソマリ」

「な、なんて熱烈な求婚なの……!」


 鉄仮面越しにソマリを見つめながらスクーカムが再び結婚を申し込むと、ソマリの母が感動した様子で目を潤ませている。


「ス、スクーカム殿!? 何を言っているのだっ。その女は、俺の……」

「俺の、なんだ? もうソマリと婚約破棄したのだろう。あなたは関係ないではないか」

「うっ……」


 捨ててやった女がすぐさま拾われている状況が面白くないようで、アンドリューがスクーカムに詰め寄ってきたが、事実を突きつけてやると悔しそうな顔をして押し黙った。


 いまだに困惑している様子のソマリに、スクーカムは念を押すようにこう告げる。


「もう一度言う。君のやりたいことを思う存分やらせてやる。だから俺と結婚してくれ」


(そしてあの猫をもっとよく見せてくれ。なんなら触らせてくれ。頼むから)


 するとソマリは少しの間黙考した後、神妙な面持ちになって口を開いた。


「……スクーカム様は私がやろうとしていることをお聞きになったら、絶対に求婚を取り消しなさるかと」

「それは聞いてみなければ分からない。教えてくれないか」

「……いいでしょう。私のやりたいこととは、猫ちゃんですっ!」


 不敵に微笑んで声高らかにソマリが告げる。

 するとソマリの両親やアンドリューら辺から戸惑いの声が聞こえてきた。

「猫……?」とか「猫をやるべきこと、とは……?」などという具合に。


 だが思惑の当たったスクーカムは、密かにほくそ笑む。やはり彼女は猫の魔力に魅了されていた。


 そして当のソマリはそんな周囲のざわめきなど気にした様子もなく、堂々とした態度でこう続けた。


「私はたくさんの猫ちゃんをかわいがってのんびり暮らしたいのです! 信じられないでしょう!? あの悪魔の使いの猫ちゃんをですよっ? ほら、こんな魔女みたいな女、すぐに修道院に入れて更生させるべきですっ!」


 どうやらソマリは、スクーカムに結婚を諦めさせるために今後自分が行う悪行を正直にぶちまけたようだった。


「こ、こんなんだから婚約破棄されたのかしら……。一体どうしちゃったの、ソマリ」


 ソマリの母からはそんな嘆きの言葉が出てきて、父は頭を抱えている。アンドリューは

「ソマリ、お前魔女だったのか?」と、ポカンとした顔をして呟いていた。


 だがスクーカムは、ひとり別の方向に衝撃を受けていた。


(たくさんの猫ちゃんをかわいがってのんびり暮らすだと!?)


 一匹でも気がおかしくなるほどの破壊力なのに、あんなかわいいのが何匹もいたら……!

 自分の心臓はもはやもたないのではないだろうか。


 しかし何匹ものかわいい猫に囲まれて死ぬなんて、想像するだけで幸せ極まりない。もはや本望と言っても過言ではない。


(素晴らしい。あまりに素晴らしいではないか、ソマリ。やはり俺は君と結婚したい!)


「猫が悪魔の使いだなんて、カビの生えた伝承だ。構わん、好きにすればいい」


 最高潮に興奮していたスクーカムだったが、それを必死で隠し冷静な声音で告げる。


 自分は軍事国家サイベリアンの王子なのだ。常に冷静沈着に兵を動かし、自ら戦場に出ては無駄のない剣さばきで敵を殲滅する、通称「流麗の鉄仮面」なのである。


 そんな自分が、まさか猫に心を奪われてあのモフモフの被毛を触りたい、かわいがりたいなどと考えているとは、決して知られてはならないのだ。


「え!? ス、スクーカム様正気ですか!? 大丈夫なのですか!? いろいろ!」


 まさか猫のことを告げてなお、スクーカムが求婚してくるとはソマリには思いもよらなかったのだろう。大層驚愕した様子だ。

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