ループ22回目の侯爵令嬢は、猫以外どうでもいい ~猫ちゃんをモフっていたら敵国の王太子が求婚してきました~

湊祥@「鬼の生贄花嫁」9万部突破

第一章

猫ちゃん以外どうでもいいんです!(1)

「ソマリ・シャルトリュー公爵令嬢! 今この瞬間を持って、君との婚約を破棄させていただく!」


 頭上には大きなシャンデリアが煌めき、床には赤絨毯が敷き詰められたフレーメン王国の大広間。

 舞踏会の会場となったその場所に、衝撃的な言葉が響き渡った。


 それまで優雅にダンスを踊ったり、楽しく歓談していたりした招待客たちがざわつき始める。

 たった今王太子アンドリューに婚約破棄を言い渡されたソマリ・シャルトリューに向けられたのは、憐みの視線だった。


 しかし、当のソマリはというと。


(この台詞を聞くのももう二十二回目ね)


 まったく動じず、ただ婚約破棄の口上を述べるアンドリューを見据えていた。


 繰り返される人生の最初は、いつもこの場面からだった。


 なぜそんなことになっているかはわからないが、二十歳の時に必ず死亡するソマリは、その度に十五才の婚約破棄される場面に戻される。


「我が城の宝物庫から度々物がなくなっていたのだが……。君が城を訪れた際に、人目を気にしながら宝物庫を出入りしていたという証言がいくつも寄せられている! 由緒正しいフレーメン王国の王妃に、盗人は相応しくない!」


 得意げな顔でアンドリューは婚約破棄の理由を述べた。ざわめきが一層大きくなった。


「え、何? 泥棒なの?」とか「さもしいわねえ」などという、侮蔑の声すらソマリの耳に届いてきた。


(今考えても、お粗末な理由ね……。まあ、いくら探っても私に婚約破棄できるような行動がなかったものだから、泥棒にでっちあげることくらいしかできなかったのだろうけれど)


「王家の財の盗難は、本来なら死罪のところだが。王太子婚約者という立場から、今回だけは特別に婚約破棄をして修道院送りで――」

「承知いたしました。では私は罪を認め生涯修道女となります。お元気で」


 早くこの場から去りたくて、アンドリューの言葉を遮ってソマリは早口で言う。にっこりと笑みを浮かべて。


 泣きわめいてアンドリューに縋ったのは、一度目の人生だけだ。

 二度目以降は、なるべく早くこの場から立ち去ることを心がけている。


 そして、踵を返して舞踏会会場から出ようとしたソマリだったが。


「は? え、ちょ、ちょっと待て! しょ、承知しましたって言ったのか今!?」


 背後からアンドリューの慌てた声が聞こえてくる。これも二度目の人生以降、毎回同じ彼の反応だった。


 傲慢ちきでプライドの高いアンドリューのことだ。

 一度目の人生のように、ソマリに「どうして!?」と、泣いて縋られたかったのだろう。

 もちろんソマリにそんなことをする気は無いが。


(アンドリューが性悪なことはとっくに知っているもの。数か月前に行われた舞踏会に来ていた伯爵令嬢に一目ぼれをして、その子と結婚したくなって私と婚約破棄をするような奴だものね)


 そんな男に縋るなんて馬鹿げている。それに縋ったところでアンドリューを優越感に浸らせるだけで、婚約破棄は撤回されない。


(でも結局アンドリュー、その子にふられちゃうのよねえ。王太子だから彼女はきっと断るまいって高を括っているみたいだけど)


 その後は毎回、現フレーメン王があてがった貴族令嬢とアンドリューは結婚させられていた。


 しかし結局、彼も五年後には命を落とすのだった。

 五年後、隣国のサイベリアン王国が戦争を仕掛けてくるからだ。

 軍事国家であるサイベリアンにのどかなフレーメンが互角に戦えるわけもなく、あっさりと侵略されてしまうのである。


(そういえばさっきまでサイベリアン王国の王太子がいたと思ったけど。どこ行ったのかしら?)


 先ほどまで、会場の隅でダンスを踊ることはおろか誰とも話さずに佇んでいた、鉄仮面を被っていた男性。

 鉄仮面は、サイベリアン王国の王太子の正装らしく、こういった華やかな場でも彼は必ず身に着けている。


 ゆえに、サイベリアン王国の王太子であるスクーカム・サイベリアンの素顔をソマリは見たことがない。

 凄腕の剣士で、その華麗なる剣さばきから「流麗の鉄仮面」というふたつ名がついているんだとか。

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