[いせてんAfter]マメなヤツには地とキスを、君には愛を

麻倉 じゅんか

♯0 プロローグ

「ちょっとアンタ。私の席を汚さないでくれる?」


 自分の席で、テストの出来への悲哀を紛らわすために読書をしていたら、突然クラスメイトの女子に怒鳴られた。


 彼女はクラスの女子の首領格。

 彼女に付き従うように他の女子も皆、醒めた目で俺を見ている。


「え?」


 ……もちろん彼女が言っている事の意味は分かっている。

 俺が今、自分の席と彼女の席を間違えて座っている事を指しているんじゃない。

 じゃあ何の事か、というと。

 ウチの学校ではテストの時、カンニング防止の為か席を出席順に並び替える。……つまり俺は、テストの時は彼女の席へ座るので……。


 それだけで今、責め立てられている。

 女子生徒が皆、汚物を見る様な目で俺を見ている。

 ……ついでに男どももそんな俺をニヤニヤとした目で見ている。小さく笑っているヤツもいた。


 そんな中、「ごめん」と謝る。

 ……どうして俺が謝らなくちゃいけない?

 テストの時だけ席を変えるのは、学校のそういうルールだからなわけで。

 机も椅子も学校の物。君の持ち物じゃない。

 俺の一体どこが汚いと言うんだ。風呂には毎日入っている。特に汗をかいたり制服が汚れたりしているわけじゃない。

 背たけも中ぐらい。自分では、他も普通すぎて変な所はない、と思っている。


 それでも、理不尽な責めに耐えて……。


 あ~あ、やだなぁ。

 学校も、人も。

 俺という人間も。何もかも。


 せめて、俺が可愛い女の子だったら、周りの反応は違うんだろうか。

 違うな。コミュ力さえあれば、どうにか……なったんだろうか。

 それとも……。


 何が足りない。何がダメなんだ。

 俺の周りに味方はいない。自分を助けてくれる人も、しつけてくれる人も……。


 ああ、嫌だ。嫌だ、いやだ、イヤだ……。




「パティ! パティ、大丈夫!?」

「パティ!」


「どッうぇぇェい!?」


 気がつくと、そこにはプリンセスで正義のコボルト幼女ことでち子のでっかい犬顔!!

 ……じゃなくて、すンごい近距離に迫ったでち子の顔があった。


 

「心配してくれるのは嬉しいけど、顔が近いわッ!」


 驚いて慌てた勢いで、両手ででち子の顔を掴んで押しのけた。

 レンを見ると、特に問題無かったと判断して、既に浮遊車フローターの操縦に戻っている。


「ふにィ……レン。パティが目を覚ましたようで・ち・よ」


「うん。あとパティ、フランをイジメるのはやめてあげて」


「別にイジメてたワケじゃ……あー、うん。私が悪かったよ」


 謝りながら体を起こす。

 でち子が脚の上にまたがって座っていたけど、それは放っといてあげた。


「パティ、大丈夫?」


「あー、うん。ちょっと嫌な夢を見ていただけだから」


 自分の額を触ってみると、汗でびっしょりになっていた。

 そちらもハンカチで拭う。


 ……それにしても、まったく。何時いつまでに囚われているつもりなんだろうか。情け無い。


 また少し嫌な気分になって、でち子をだきしめ優しく優〜しくモフってやる。


「な、な、何をするでちかァァァ!?」

「大丈夫。大丈夫だから……」


 でち子に言い聞かせるように。

 そして、自分自身にも言い聞かせるように。


 ……そうだ。自分には辛かった日常を耐えてきたは、〈パティ〉という少女に転生して違った人生を送っている。

 今のはそれを認めて、過去と決別したはずじゃないか。

 あの時とは違い、私には側にいるレンやでち子、ほか沢山の味方がいるじゃないか。

 過去をほじくり返すなんて、する必要ないじゃないか。

 


「ふニャ〜……って、でち子は猫じゃ、な、い…で…ち……」


 私がずっと撫で回したせいで、でち子はウトウト眠りについた。独りボケツッコミかましながら。


 横目でそれを見ながら運転を続けるレンが、私に一言つぶやいた。


「大丈夫だよ。君には僕もフランもついているから」


 ……レンが保証してくれてる。

 あの頃と今は全く違うんだ。

 恐れるもの、心配する事は何一つ無い。




 フローターの窓越しに空を見上げた。

 今日のフューベル王国に雲はかからず、空は青く透き通っていた。

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