第4話

 

 おじさんを倒した後、今夜の戦利品が眠るであろう荷馬車に向かっていく中で、僕は反省していた。


「途中までは良かったと思うんだけどなぁ。詰めが甘かった」


 長いこと狂乱に耽りすぎたから、まともな名前を出すのに時間がかかった。


 そういえば最後におじさん、なんか言ってたな?


「〈クロージャー〉と〈アストラル〉と〈アドミニストレーター〉……管理人ってどういうことだ?」


 まだ、この国のすべてをわかってないから、理解できなかったけど、そういう組織がすでにあるってことかな。将来的な僕の『組織』に邪魔ならつぶしておかないと。


「競合他社なんてろくなもんじゃない」


 偽装工作に情報改変、人材の引き抜きに、スパイ。悪いことしかない。


 まぁ、そんな未来の話より。


「『メビウス』、この名前は良かった」


 空を見上げれば星が輝いている。


 僕は星々が好きだ。宇宙が好きともいえる。


 現代の科学がその物理法則で世界の真理を解き明かしても、宇宙にだけは手が届かない。


 だから、いつまでも幻想的で無慈悲で、不変だ。


 僕の名前を色々変化させた特別な名前。今後は大事に使っていこう。


「同名がいたら、殺すか」


 同じ名前は不都合だから、ここは徹底しないと。


 それよりもだ。


「さてと、今日のお宝はー……ん?」


 焚火で7人を処理した後、金目の物がどこにあるのかを探していた、その時に見つけた荷馬車はよく見ると、暗幕が垂れていて中身がわからないようになっている。おまけに檻と錠がついていて、厳重だ。


「はい……あっ」


 剣というマスターキーでぶち開ける……と思ったんだけど。


 どごぉぉん、と猛烈な音を立て、扉はおろか屋根ごと吹き飛ばしてしまった。


 さっきの新技の影響だろうか、注意しないと中身まで吹き飛んでしまうところだ。


 ───中身が金目のものじゃないなら、特に。


「んぅ…」


 すると愉快な目覚まし音で目覚めたのか、少女は身体を起こすと星の明かりでその容姿が垣間見える。


 体つきからみて同年齢程度、四肢の筋肉は少なく魔力量も見逃してしまうほどに希薄。あとは…肩ほどまでの黒髪で瞳の色は蒼っぽい。


 しかし端麗な容姿に反して、奴隷が着るような服とはいえないボロ布を着ていた。見た目が小奇麗な分、そのボロい状態はなんだか、ちぐはぐな印象を与える。これならバスタオルを巻いている方がマシだ。


「大丈夫?」


 少女は周りを見渡し、最初は壊された檻の入口、次に切られた暗幕、そして僕をちらりと見た後、自然のプラネタリウムと言わんばかりに開いた天井を見つめていた。


「……開いてる」


「ここじゃなんだし家に行こうか」


 少女は裸足で恐る恐る地面に足をつけると、また、空を見上げ深く息を吐く。


 そんなに何度も空を見上げるもんだから僕もつられてしまう。


 そこにあるのは闇を照らす、星空だった。


「今日は、新月だ──」


「──え?」


 くりん、とした綺麗な目で見つめてくる。


「月の見えない日ってこと」


 それよりも、さっさと場所を移そう。


 ここは少し寒い。


「じゃあ行こうか」


「……まって」


 声で引きとめられ振り向くと、なぜか座り込んでいた。どうやら足がしびれているらしい。


 仕方ないから、彼女のそばでしゃがみ込んでおんぶの態勢を作り、彼女に促す。


「おんぶ、わかるかな?腕を僕の首に回して」


 彼女は素直に腕を巻き付け、僕は両脚を抱え込むようにして立ち上がる。


「平気?」


「うん」


 腕に伝わる脚の体温は冷え切っている。温めた方がいいだろうと思い、焚火に向かう。


「あ」


「?」


 そして目の前に広がる惨状。辺りは血が飛び散り、肉塊が散乱し、独特な死臭が充満している焚火であった。それはさながらスプラッタ映画、あるいはブッチャーの様相だ。


「みんな…死んでる。あなたが殺したの?」


「…そうだよ。僕が殺したんだ」


 正直言おうか迷った。だが今後のことを考えると真実を話した方が都合がいい。


「…そうなんだ」


 彼女は泣きわめくことも非難することもしなかった。ただ巻き付けられた腕が少し締まってる気がした。


「降りる?」


「もうすこし…このまま」


 彼女くらいの年齢なら恐怖のあまり堪らず逃げだしてしまうのが普通だと思うのだが、なぜだがより密着してきている…やっぱり首締まってるな?


「そう、ところで君の名前は?」


「なまえ…わたしに名前ない」


「そっかー名前ないのかー」


 孤児なのか?ないなんてそれは不便だ。一号だとか村人Aじゃ示しがつかない。名前はどんなものにもあるべきだ。わかりやすいからね。例え技名が暫定のアンノウンでも。


「じゃあ考えようか」


「…あなたにつけてもらいたい…ダメ?」


 唐突に名付け親になるなんて、これは責任重大だ。


 ここはいっちょ、盛大な名前をつけてあげよう。


「じゃあメビウス…は使ってるから」


 やっぱりギリシャ文字だとかフォネティックコードあたりが妥当か。統一性があっていいかもしれない。


 …でも24人も名前のない人間がいるか?


 僕は名前を付けるのはもっての外、はっきり言って名前を覚えるのが苦手だ。


 だから彼女につける名前は── 


「うーん」


 しばし考え込み、そして。


「──考えとくね」


 保留にした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る