第26話 好きか嫌いかならば、好きなのだ


 ミズキは甘味を堪能していた。猿神に襲われた翌日、怖がらせてしまったお詫びとして夜哉よるやが差し入れてくれたのだ。その量は多く、一人では食べきれないのではといったほどで驚いたけれど食べ進める手が止まらない。


 美味しそうに食べる様子に夜哉は「よく食べるね」と笑む。



「朝顔の甘味は気に入ってくれたかい?」

「はい! とっても美味しいです!」

「それならよかった」



 夜哉は気に入ってくれたことが嬉しいようで優しく目を細めていた。



紅緑こうろくにも猿神のことで報告があったんだけど出ているとはね。よくすれ違うなぁ」


「でも、昼前には帰ると言っていましたから、もうすぐだと思いますよ?」



 紅緑は鬼人の依頼で集落の方へと出ていた。夜哉の言う通り、よくすれ違っているなとミズキも思わなくなかった。



「夜哉様は風空ふうくうちゃんと雷空らいくうくんを育てたんですよね?」

「そうだね、まだ小さかったから」

「放っておけなかったのですか?」

「拾ってしまった以上はそのままっていうわけにもいかなかったからね」



 彼らの様子にこのまま帰したとしても野垂れ死ぬのが目に見えていた。誰か子供を欲しがっている妖かしに相談しようとも思ったが、知り合いにも村にもおらず。


 子供を悪用する妖かしに捕まってしまう可能性を考えると放っておけなかった。



「丁度、小間使いが欲しかったなぁって思ってたからいいかなと」

「なるほど」

「でも、今では小間使いって言うよりは我が子って感じだね」



 小さい頃から育ててたからなと夜哉は笑う。確かに彼らを子供の頃から育てていたら我が子のように思ってしまうかもしれないなとミズキは納得する。


(二人に諭してた様子とか見るとお父さんっぽいかも?)


 もぐもぐと大福を食べながらそんなことを思っていれば、夜哉にじっと見つめられていることに気づく。食べることに夢中になりすぎたかもしれないと手を止めると、彼は気にしなくていいと笑みを見せた。



「ちょっと気になったことがあってね」

「なんでしょうか?」

「ミズキちゃんは紅緑が好きなのかい?」



 夜哉の問いにミズキは目を瞬かせれば、彼は雷空から話を聞いてと言う。


 雷空はミズキと猿神の会話を聞いていたのだという。二人を追って様子を窺っていた時に。盗み聞きするつもりはなかったのだが、迂闊に出る訳にもいかず、かといって離れるわけにもいかないのでそのまま聞いてしまったと。



「キミは紅緑を信用すると言ったのだろう?」

「はい」

「なら、好きなのだろうなとそう思ったんだ」



 誰かを信じるのにはいろんな形があるけれど、その中でも好意というのは少なからず入ってくるものだ。嫌いな存在を信用はできない。だから、そうなのではないのかとそれが夜哉の考えだった。


 ミズキはいざ聞かれると分からなかった。紅緑のことは嫌いではない、大事に扱われている自覚はあった。心配されて、傍にいてくれる。だから、彼を信じようと思った。


 好きか嫌いかならば、好きなのだ。彼の妻でということに不満もなくて傍にいることも苦痛ではない。怒った姿というのは怖かったけれど、それはミズキが危険な目にあったからだ。



「好きか嫌いかなら、好きですよ?」

「じゃあキミは他の誰かに求婚されても紅緑を選ぶのだね?」



 夜哉の問いにミズキは頷いた。確固たる自信があるわけではないけれど、不満もなく大事に扱ってくれる彼を捨てるようなことはしたくなかった。


 例え、村のために差し出された贄だったとしても。それがきっかけであったとしても紅緑が妻として迎え入れてくれているのならば、他の誰かの元へと行く理由はなかった。ミズキの話を聞いて夜哉はそうかと頷く。



「キミは彼が好きなんだね」

「それがどうしたんですか?」

「いや……。彼にやっとできた存在だから」



 紅緑はあぁいう性格と質だから避けられてしまう。彼の怒りを体感した妖かしならば、関わりたくはないと思うのが普通だ。


 何の躊躇いもなく、紅緑というのは命を刈り取ることができる。それに同情などいうものは持ち合わせてはいない。それが怖いと感じる者は多い。



「だから、ミズキちゃんのような人が現れて僕はよかったと思っている」



 紅緑を少なからず変えることができたのはミズキと出会ったからだ。夜哉はそう言って微笑んだ。



「ちょっと手はかかると思うけれど、紅緑の傍にいてほしい」

「えっと、いますよ?」



 ミズキが「他に行く当てもないので自分自身から離れることはない」と言えば、夜哉は「そうかもしれないけれど」と答えた。



「彼にとってミズキちゃんは大きな存在なんだ」

「そうでしょうか?」

「そうだよ。実感はないかもしれないけれどね」



 ミズキはそう言われてもよく分からなかった。大切にされていることだけは実感としてあるけれど、自身の影響で紅緑が変わったのかはいまいちピンとはこない。これは長く付き合いのある夜哉だから気づいたことなのかもしれない。



「まぁ、気にせず紅緑を好きでいてくれたらいいよ。何かあったら僕や杏子ちゃんに相談するといいさ。彼が何かしでかしたのなら、仲裁に入るから」


「わかりました!」



 元気よく返事をするミズキに夜哉は次はゆっくり朝顔においでと笑んだ。


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