第22話 妖神でも気にすることはある


 日が傾きかけた頃に屋敷に帰ってきたミズキは急いで夕餉の支度を始めようとして、紅緑こうろくに抱きつかれて捕まってしまった。


 結果、冬士郎は小雪を買い取って村へと連れ帰った。杏子は彼は悪い妖かしではないので彼女を酷く扱うことはしないだろうと言っている。


『小雪の働きにもよるけど妻にするんじゃない?』


 悪くないみたいだしとにやにやしながら呟いていた。人間に偏見を持ってはいるものの、だからといって何かすることはなくて。ただ、彼は純粋に欲深い人間の何処が良いのかと疑問に思っているだけだ。


 小雪と過ごしていけばそれも解決するだろうと杏子は思っているらしい。一緒に過ごしていけばわかってくることもあるよなと、ミズキもそれには同意する。


(紅緑様。多分、何か考えてるなぁ)


 過ごしてきて一月以上は経っているので何となくではあるが紅緑のことが分かり始めてきていた。


 こうやって何も言わずにただ抱きついて離れない時というのは何かある時だ。暫くそうしてからミズキは「どうしたのですか」と問う。紅緑はゆっくりと顔を上げて見つめてきた。



「疲れた」



 面倒な奴には絡まれるし、町は騒がしいしと紅緑は溜息を吐く。彼は騒がしいのがあまり好きではないようだ。



「あれ? 町に住んでいたことあるんですよね?」

「短いけどね。嫌だよ、頻繁に騒ぎが起こるんだから」



 やれ天狗と鬼が喧嘩を始めた、妖狐が男を騙して騒動が起きている。商品が盗まれた、ここら辺は誰々が仕切っているという領地争い。何かしらの問題が毎日のように起こる。


 その騒がしさと五月蠅さ、面倒さに紅緑は堪えかねて此処に移り住んだ。関わるのは近くの集落と朝顔の村、赤鬼と青鬼の村ぐらいで済む。問題は起こるが騒がしくはない。



「もう住みたいとは思わないさ」



 絶対にないときっぱり言い切るので余程、騒がしいのが苦手なようだ。疲れたとミズキに抱きついてくる。



「それだけです?」



 でも、それだけではない気がした。ミズキがもう一度、問えば紅緑は少し間を置いてぽつりと呟く。



「……ミズキも気にするものなのかい?」



 自分を贄として差し出した村人のことを考えるものなのか。そう問う彼にミズキはそれは考えますけどと答える。


 花嫁と差し出されたからにはどうにかして願いを叶えてもらいたい。命を差し出すのだからしてもらわなければ浮かばれもしない。



「ワタシは叶えたよ。それでもまだ考えるものかい?」



 紅緑は差し出された対価として村の願いを叶えた、面倒だったけれど約束は約束だとして。もう終わったことだ、それでもまだ考えるものなのかとそれが知りたいようだ。



「うーんと、今は特に考えてません」



 村の願いが叶ったのならばそれでいい。たまに思い出すことはあれど深く考えることは今はなかった。


 村に未練らしい未練がないからなのかもしれない。両親もいない、村に大切な人がいるわけでもない。いずれは見捨てられていた可能性、それらがあったから今はそれほど思い入れがないのだろう。



「戻りたいと考えたことは?」

「それもないですよ?」



 戻れないと言ったのは紅緑だ。ならば、戻ろうとは考えない。離れたいとも思ったことはないので素直にそう答えれば、彼は安堵したふうな表情をみせる。


(何処かに行くかとか、そんなことを考えていたのかな?)


 そんな様子にミズキはそう思った。嫌になって小雪のように逃げ出すのではないか、それが心配だったかと。


 流石に妖かしに喰われそうになった恐怖体験をしているミズキは一人で外に出たいとは思わなかったし、思えなかった。


 怖い思いをしたのは事実だけれど、紅緑が悪いわけではない。彼のことが嫌になったわけではないのだ。逃げ出したいと思うほど嫌なことは何一つされてはいないのだから。



「大丈夫ですよ」



 ミズキが「一人で何処かに行ったりはしません」と伝えれば紅緑は「そうですか」とまた首根に顔を埋めた。



「おまえは偉そうなのが嫌なのかい?」

「それは、そうですね。偉そうな方はその、ちょっと怖いなぁと」



 偉そうな人というのにミズキは良い印象は無い。傲慢だったり、自分勝手だったりとそんな人が多いように感じていた。怒らせたら怖いだろうな、面倒だろうなと。嫌だというよりは苦手と言ったほうがいい。



「偉そうねぇ……」

「あ、紅緑様は大丈夫ですよ。偉そうって感じはしませんから」



 紅緑のことは偉そうとは思わなかった。たまに怖いなとなるときはあるのだが、普段はそんなことはない。「大丈夫ですよ」と伝えれば、紅緑は「それならよかった」と納得したようだ。


 気にしてたのかなとミズキは抱きつく彼の腕をぽんぽんと叩くと、さらに抱きしめる力が強くなったのを感じた。


 こうなるとまた長いというのをミズキは知っていたのだが、このままだと夕餉を作るのが遅くなってしまう。



「夕餉が作れません、紅緑様」

「もう少し」



 ぐりぐりと頭を寄せる紅緑にミズキはまぁいいかと彼の髪を撫でた。

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