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 俺が小学六年生で万理が五年生の時だった。学校からの帰りに、万理が三十代ぐらいの男に付きまといと悪戯のように髪の毛を引っ張られることを三回されたことがあった。気のせいではないと思った両親が、学校から帰るときは俺に万理と一緒に帰るように頼んできた。いつもなら命令口調になるだろうに、なぜか機嫌をとるような言い方だったから違和感があった。その理由はすぐに分かった。俺が妹と一緒に帰ることを恥ずかしがっていたからだった。両親と万理のことを思えば快く応じられればいいのに、本当に恥ずかしかったから、一緒に帰らないように距離をとってしまった。万理は同じクラスの子と帰っていたけれども、途中で分かれた後、すごく心細い思いをしていたそうだ。


 そして、とうとうあの出来事が起きた。金曜日の学校からの帰り道で土手のほうに出る道に出たとき、遠くの方で、万理が大人の男と並んで歩いているのを見かけた。付きまといをしてきた男だと分かった。すぐに追いかけて行くと、川原の急な土手の斜面に二人がいた。道からは見えにくい場所だ。そして、そこで見た光景に驚いた。万理の首に両手をまわして、まるで首を絞めているかのように見えたからだ。とっさに体が動いて男を蹴り飛ばそうとしたけれども、いとも容易く突き飛ばされてしまった。何度も起き上がっては押し倒されていると、土手を散歩をしていた近所に住んでいる男性が俺達を助けてくれた。


 その後で警察と救急車が到着したけれども、その時のことを覚えていない。万理が俺の背中をさすって、”お兄ちゃん、お兄ちゃん”と言いながら泣いていたことだけは脳裏に焼き付いている。


 そして、俺達には週刊誌の記者という人が訪ねて来るようになった。事件の犯人のことで、どう思うかというものだ。俺達の父は弁護士をしていて、何度かテレビに出たことがある。それもあって注目されてしまった。強引に写真を撮られたこともある。


 これらのことで、小学生だった俺と万理が大人の男性を怖がるきっかけになった。信用できる大人なんてほんの僅かしかいないと、当時の俺は思っていた。高校三年生になっても、この思いは変わらない。今も大人の男性を怖がっている面がある。急に怒りがこみ上げてきて、コルクボードを引掻いて心を静めている。いつまでも続けたらいけないと思っているのに、やめることができないでいる。

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