第28話 事故よりも安さ

「はぁ〜……」


 俺は広場のベンチで項垂れた。


「見事に振られたわねー」


 あははと笑うエル。


 お前、他人事のように笑ってるけどお前も関係あるからな。ふざけんなよマジで。


「まさか、街全ての銀行に断られるとは思いませんでした……」


「アイドルって職業、理解されないんだなー」


 俺が旅の途中で作った事業計画書は、ものの見事に断られ続けた。


 カノンも俺と同じようにため息を吐いた。


 俺達の財産は1万ガルド。


 そのうち8000ガルドはカノンが親父さんから貰った大切なもの。


 できれば使いたくない。


「とりあえず宿を取ろう。これだけ人がいるんだ。混む前に取ったほうがいい」


 俺達は『都市1番の激安ホテル』と謳っている宿屋に入り、店員に泊まりたい旨を伝えた。


「素泊まりで1泊、3万ガルドとなります」


「「3万ガルドッ!?」」


 俺とカノンが驚いた。


「それはいくらなんでも高くないですか?」


「おや、この街に来るのは初めですか? ここは世界で一、二位を争う観光都市ですよ。一般のホテルでおれば相場は6万ガルドになります」


「6万っ―――」


 ♢♢♢


 カランカランと鳴るドアベルが、妙に哀愁を感じさせた。


「その顔、ダメだったみたいね」


 外で待っていたエルが、やれやれと言った顔をする。


 エルの無関心ぶりにも慣れた。


「どうしましょうか。泊まるのは無理ですし」


「いや、野宿なんて選択はいつでもできる。休憩は大事だが、だらける時間は無駄だ。今度は物件探しだ」


「物件……ですか?」


「ああ。事務所を持たなきゃならない」


「でも、借りられるお金なんてあるの? 正直不安しかないんだけど?」


「大丈夫。異世界転生では、鉄板で格安事故物件があるのさ。そこならワンチャンいけるかも」


「そんな都合の良い物件なんかあるのかしらね?」


 諦め半分に呟くエルの横で、カノンが首を傾げる。


「事故物件ってなんですか?」


 俺は口を開けて、そのまま止まった。


 カノンってオバケとか嫌いかな?


 嫌いだよな、きっと。


 魔物でさえ過呼吸になるほどビビるんだ。


 オバケなんて存在を見つけたら失神するかもしれない。


 だったら、あえて教えない方がいいかもしれないな。


 いやでも待てよ。


 あとから意味がバレてカノンとの信頼関係を無くすかも。


 もしそうなって拗ねたら面倒だ。


 やっぱり教えておくべきか……。


 迷いに迷って出した結論は、


「すぅー………まぁ、事故が起こった物件さ」


「ななな、なんですかっ、事故が起こったって!?」


「なんかよくわかんないけど、生きていれば事故が起こることがあるだろ? 机の足に小指ぶつけたとか、人が死んだとか、お皿割っちゃったとか」


「今、間に絶対に起こってはいけない事故がありました!」


「とにかく、不動産屋が閉まる前に行くぞ」


 きゃーきゃーうるさいカノンをシカトして、不動産屋に早歩きで向かう。


 ♢♢♢


「ありますよ」


「マジですかっ!?」


 ここ一番で叫んだ。


 どうせないだろうと思っていたのに。


「まさか本当にあるとはね……」


 エルも目を見開いて驚いている。神でも偶然を驚くことはあるんだな。想像以上に人間っぽいじゃないか。


「ええ。5年も手付かずの―――」


「あ、お姉さん!」


 俺は右の手のひらをお姉さんの口元に近づけて制止する。


「直接言うのはその……はばかるので、ぼやかして伝えください」


「10年ほど前、幸せな一家に突如降りかかったアレにより、アレになったという家です。今でもアレのアレが聞こえるという。建て直そうとしてもアレの強力なアレで阻止されるという―――」


「結構です。よくわかりました。ありがとうございます」


「今のでわかったんですか?」


 カノンの呟きは無視した。


 正直、この物件はめちゃめちゃ気に入っている。


 街の中心地から少し離れたところに立地。


 ロサンゼルスに住むセレブの豪邸よりも広い家と敷地。


 部屋数も多く、そのどれもが8畳以上。


 加えて大きい岩風呂や20人くらいが一斉に踊れるホールもある。


 アイドル事務所には見えない禍々しい外見と怪奇現象を除いても、理想の物件であった。


「単刀直入に、お値段は?」


「そうですねぇ〜」


 受付のお姉さんは髪にペンを走らせる。


「もし事故物件でなければ5000万ガルドのところ、売り切りの30万ガルドです」


「30万ガルドッ!?」


 破格の値段。


 だが、普通に足りない。


 カノンが少し困った顔を俺に向けてくる。


 でもなー、この物件は今すぐにでも欲しいよなー。


 しかも手が届く額だ。


 泊まる場所すら見つかっていない俺達からしたら、すぐにでも欲しい。


「すごい安いですね! そんなに安いってことは、何か実害が出てるってことですか?」


「私は経験しておりません」


 めちゃくちゃ綺麗な営業スマイルでピシャリと断じられた。


 逆に怖い。


 絶対実害あるじゃん。


 でも、これが交渉材料になる。


「事故物件なのは構いませんが、実害が出ているようでは困ります。そこで1週間だけ、体験させてください」


「体験……ですか」


 お姉さんが考え込む。


 この考えようから、この物件はマジヤバ物件なのだろう。だったら、利用させてもらうまでだ。


「ええ。もし、1週間経って何もなければ、購入させていただきます。その頭金として3000ガルドを納めます」


「たった3000ギルドだけでは…」


「では、体験料ということでどうでしょうか? もし実害が出て、私達に被害があったとしてもあなた方に損害賠償を請求しません。しかも、1日で出た場合も返金を求めません」


 お姉さんの眉がぴくりと動いた。効いてる効いてる。あと一押しすれば落ちる。


「どうでしょうか? 例え購入しなくても、3000ガルドがあなた方の手に入るんです。加えて、もし気に入れば、あなた方が提案した額より3000ガルド上乗せで購入となるんですよ。得しかありませんよね?」


「ちょ、ちょっと店長と話してきます」


 お姉さんは席を立ち、裏へと消えていった。


「これはいけそうね」


「そうですよね! ……実害という言葉か引っかかりますけど」


 エルは目をキラキラさせる一方で、カノンの顔はちょっと強張っていた。


「お待たせしました」


 足早に戻ってきたお姉さんが椅子に座る。


「オーナーから了承を得ました。ご契約、ありがとうございます!」


 俺は机の下でガッツポーズした。


 お姉さんが書類をばっと机に出した。


 見たことのない字だったが、不思議と読めた。そして文字を書けた。


 なぜだか知らないけど、これもチート能力のおかげだろう。


 全ての書類にサインし終わり、俺たちはお姉さんに案内されて屋敷へ向かった。


「――――う」


 昼間にも関わらず、この辺りだけ妙に薄暗い。

 

 カラスの鳴き声もうるさいし、なんか禍々しい気配を感じる。


 お姉さんに鍵を渡されたあと、


「では、1週間後に来ます」


「え? あの、屋敷の中を案内してほしい―――」


「すみませんが、他のお客様の予約があるのでー!」


 俺の話を聞く前にピューと、まるで忍者のように去っていった。


 その冷たい背中を3人は眺めた。


 背中が小さくなったところで、エルが俺にだけ聞こえる声でぼそっと呟く。


「敷地に入ろうとしなかったわね」


「ああ。オバ―――アレが出るって話、わりとガチかもな」


「オバ……?」


 俺らの会話が聞こえたカノンが訊いてくるが、無視。


「エル。アレが出ても何とかできるよな?」


「もちろん。いざとなれば、土地ごと消滅させるわ」


「それはやめろ」


 ともかく、俺達は意を決して敷地に入っていった。

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