第5話 女神降臨

「よくもやってくれたわね。ミナミ・ケースケ!」


 女神がドスの利いた声を浴びせた。鋭い目つきが恐い。やばい、めちゃくちゃ怒っている。


 つか、なんでいるんだよ。神は世界に不介入じゃないのか?


「お、なんだなんだ? もしかして恋愛で悩んでいたのか〜!」


 テオが場違いなほど大声で茶化す。


「バカ、ちがっ!」


 やめろ。殺されるぞ。


「そうかそうか。邪魔したな」


 ズカズカとカウンター席へ戻って行った。迷惑極まりない勘違いなんだが。


 女神は断りもなく俺の前に座り、シャイニングサワーを注文する。この店で一番高いサワーだ。多分これ、俺の奢りだよなー。


 つーか、女神のやつ、めちゃくちゃ柄が悪い。


 テーブルの上に肘を置き、不機嫌な顔で俺を睨みつけている。


 初対面時の優雅な姿はどこいったんだ? 


 もしかして、こっちが本性とか……。


「で、どうしてここにいるんだよ?」


「どうしてじゃないでしょ!」


 女神がテーブルをバンッと叩く。


「転生早々、どーして魔帝に殴り込みに行くのよっ!!」


 声でけーよ。そんな大声で喋ったら俺の失態が知れ渡るだろ。


 ほら見ろ。周りの客が俺たちの事を危ないやつだと思ってきてるぞ。


「はぁーないわー。マジありえないわー。どーゆー神経してんの? せっかく与えたレガリア、3つも壊しちゃってさ」


「だってさー、神を継ぐ力っていうからさー。さっさとラスボス倒して、異世界最強スローライフを送りたいじゃん? 夢だったんだよ。上司にビクビクせず、毎日を悠々自適に過ごすニートライフをさ」


「はぁ……もう少し考えてから行動したら?」


 女神がズビッと俺を指さす。


「あのね、チート能力与えたぐらいで魔帝が倒せるならわざわざアンタを異世界に送ってないわよ! 私が直接雷落として潰してるわ! それでは解決出来ないから人間を送ったのよ。そーゆー意図を読み取ってほしいよねーほんと。空気読めよ、この童貞クソイキリカス野郎!」


 俺の中でプチッと何かが切れる。


「だったらお前もちゃんと言えよ! あんなに綺麗な言葉並べられたら、誰だって勘違いするわっ!」


「なんですって!?」


「お前女神なんだろっ!? 神って人間より上なんだろ!? だったらちゃんと人間に合わせて喋れよ!!」


「こンのっ、無礼なっっっ!!!」


「お取り込み中すみませーん! シャイニングサワーでーす」


 サワーが置かれた瞬間、乱暴にコップを掴みグビグビと飲み干した。


「シャイニングサワーもう一杯!」


「かしこまりー!」


 店員はハキハキ返事した。明らかに喧嘩している状態でも笑顔でオーダー受け取るって、この店では怒鳴り合いが日常茶飯事なのか?


 はぁー、と女神は大きくため息をつく。


「わざわざ転生先に魔帝の場所から一番遠い、小さな田舎の村にしたのに。じっくり経験積んでもらって、パーティを組んで、団結力で魔帝に打ち勝つ。そんなストーリーを描いていたのに……。はぁ、こんなはずじゃなかったのになぁー。どこで間違えちゃったのかなぁー」


 こんなはずじゃなかったのは俺のセリフだよ。なんでチート武器貰ったのに負けるんだよ俺。


 どっと疲れがやってきた。魔帝から受けた痛みは魔法で治せたけど、疲れを取る魔法はまだないらしい。


「話が違うんじゃないかよー」


「それ、私の台詞よ。高潔な人かと思いきや、ただのイキリ野郎だったとはね」


 多分それは年齢を若返らせたからだな。


 肉体だけでなく精神も若返ったせいで、はやる気持ちを抑えられなかった。


 若さ故の過ちだった。


 冷静になると、途端に自分の軽率な行動を悔やむ気持ちが出てきた。


「なぁ、過去に戻ってやり直せないかな?」


「無理ね。時間だけは神すらもいじれないわ」


 くそー、望みはないか。


 空のグラスを見る。あーあ、俺のやりたいこと、全てできなくなっちゃったな……。


「サンシャインサワーでーす」


 女神の前にグラスが置かれると同時に、俺の前にも置かれた。


「あれ、俺頼んでないですけど」


 顔を上げると、少女がいた。


 およそ酒場には似合わない、女子高生……いや、女子中学生くらいに見える。綺麗な金髪ロングは、おそらく地毛だろう。カラーでここまで毛先から根元まで綺麗なはずがない。


「その……サービスです」


「サービス?」


「はい、助けて頂いたお礼に!」


 助けてもらったお礼? 人助けなんてしてないが……。


 ……………あ、そういえば、魔帝のとこに行く前に岩の魔物をモンスターを倒した気がするな。


「もしかして、岩の魔物を倒したこと?」


「はいっ! そうです!」


 店員の顔がぱぁーっと輝いた。


「ブラックゴーレムという、上級冒険者ですら倒すのに苦労する魔物をたった一撃で倒したの、本当に凄いです! 私、あの時絶対死んだなって思ったので、今ここにいるのが奇跡っていうか、そもそもあなたに会えたのが奇跡っていうか。あーもう、何がいいたいのかぐちゃぐちゃに。……とにかくちゃんと、礼を言いたかったんです。本当にありがとうございますっ!」


 深々とお辞儀した。


「お……おう」


 だんだんと失っていた熱が戻ってくる。


 そうだ。


 イキって失敗した俺だけど、こんなふうに人を救って感謝されたかったんだ。


「ま、まぁ、気にしなくていいよ。人助けは基本だからね」


「勇敢でした! あーゆーシーン、ずっと夢見てました!」


「そ、そうか~」


「魔帝には完全敗北したけどね」


 女神がボソッと呟く。


 うぜー。一気に現実に戻された。


「ミナミ、お前、カノンちゃんを救ったのか?」


 テオがいつの間にか現れていた。


「カノンちゃん?」


「あ、紹介がまだでしたね。私、酒場チャタレーに勤めているカノン・チャタレーと言います」


 軽く笑顔を見せた。


「チャタレー? ということは……?」


「そうです。私のお父さんが店主なんです」


「ということは、あなたが次期オーナーか」


「ま、まさか、私なんてそんな……まだまだです」


「本当はもう譲っているんだけどなぁ」


 厨房から出てきたのは、色褪いろあせた赤髪の老人だった。優しさと男らしさを兼ね備えた顔。


 多分、若い頃はモテていたんだろうな。


「父のダグラス・チャタレーです。本当はカノンに譲って私は土いじりしていたいんだが、言うこと聞かなくてね……」


「もう、何言っているの? 私はまだまだ未熟だから。料理もお酒も、お父さんを越えてない」


「超えるまでは店員でいたい、だそうだ。だから、今のところは店長かな。君の名はー……」


「三波啓介です」


「ミナミくんか。カノンを助けてくれてありがとう」

 

 ダグラスさんと同時にカノンも頭を下げた。


「いえいえ」


 人に感謝されるなんていつぶりだろうか。気恥ずかしいけど、嬉しいな。


「では、ゆっくりしていってくれ」


 ダグラスは厨房に戻っていった。渋い声の人だったな。俺の方が若いはずなのに、活力はあっちの方があった。俺もあんな風に年を取りたいな。


「えっとー」


 カノンは女神に目を向ける。


 やめとけカノン。そいつに話を振るな。めんどくさいことになるぞ。


「それで、この方は? も、もしかして……恋人とか」


「馬鹿言わないで」


 神速で女神が否定した。


「私はこの世界を作りし女神エルロストゥーパよ。田舎の人間風情であろうと、私のことは知っているわね? さぁ、崇め奉りなさい」


 神とは思えないほど傲慢な態度に、テオとカノンは目を点にしている。


 ほれみろ。めんどくさいだろ?


 3秒ほど空気が凍ったあと、テオが豪快に笑った。


「ガハハハハハハハハハハハハ!!!! お前さんの彼女は本当に面白いなぁっ!」


「彼女じゃないって」


 背中をバンバン叩いてくる。痛いってマジで。少し加減しろ。


「テオさん。笑っちゃいけませんよ。それに、本当に女神みたいに綺麗じゃないですか」


「確かに美人だけだよォ、神には見えねぇべ。変な服着てるし」


 やめとけって。そこは触れちゃいけないところだって。


 ―――殺気!?


 女神の方を見る。


 怒りと憎しみが混ざった目をテオに注いでいた。


「無礼な生物め。いっそ存在ごと消してみせようか」


 この女神なら本気でやりかねない。フォローせねば……。


「ま、まぁまぁ―――」


 バタンと店のドアが勢いよく開かれる。


「たっ大変だっ! 空がっ! 急に真っ暗にっ!!」


 ひょろひょろした冒険者らしき人が、ぜーぜー言いながら異常事態を説明した。


 空が真っ暗に?


 ゾクッと背筋が凍る。嫌な予感。


 俺はすぐに店を出て、空を見上げる。


「うわっ、なんだこれは……」


 カフェに入った時は青く澄み渡る空だったのに、今は暗雲広がるドス紫色の空になっていた。上空でゴロゴロという音が聞こえる。


 空を見ていると――――


 ピカッ!! ゴロゴロッ!!


「まぶしっ!」


 轟音とともに一瞬、目の前が真っ白になる。


「……な、なんだ。あれは?」


 空には雷の枠ができ、そこに映し出されたのは―――


「魔帝っ……!?」


 その魔帝がゆっくりと、しかし威厳を持って口を開く。


『我ら魔帝軍は、人類に宣戦布告する』

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