第2話 強くてニューリバース

 神秘的な女性は美ら海のように綺麗な水色の髪をなびかせつつ笑顔で言った。


「ようこそ、死後の世界へ」


「死後の世界?」


「ええ。死んだのよ。あなたは」


「死んだ……」


 小さく呟いた瞬間、メグルちゃんと会ったことを思い出した。


 そうだ。


 俺は暴漢に襲われているメグルちゃんと遭遇して、刺されながらもなんとか抵抗したんだった。


 いま俺が着ている服は、四季メグルちゃんが襲われた時に着ていた服と同じでスーツだ。


 本当に死んだまま連れてこられたのだろう。


「なぁ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 神秘的な女性が首を傾げる。


「あの子は……四季メグルちゃんは、その後……どうなった?」


 正直、聞くのが恐い。


 守ったつもりだけど、もし守れていなかったら、俺は……。


「大丈夫。彼女は無事よ。あのあと警察がやってきて殺人犯を逮捕。四季メグル……本名寺岡花子は警察に保護されました」


 俺は息を吐いて気を緩めた。


 よかった。無事だったんだ。俺の行為は無駄ではなかった。


 あと、そんな本名だったんだ。全然イメージと違う。


「あなたのその勇気ある行動、称賛に値します」


「いや、それほどでも。愛している人のためだと思ったら、なんか無限のパワーが出て」


「そうですか」


 女性がニコッと微笑んだ。めちゃくちゃ美人。


 大きく澄んだ水色の瞳。日本人には中々いない豊満なバストと引き締まったウエスト。


 グラビアアイドルでも、逸材のレベル。


「言い忘れてました。私の名前は女神エルロストゥーパ。死んだ魂を生まれ変わらせています」


「生まれ変わらせる? ということは、俺はまた赤ちゃんからやり直すってことか?」


「そうですね。本来であれば、ここに呼ばず、ただ事務的に魂を生まれ変わらせていたでしょう。しかし、勇気あるあなたに、折り入って相談があるのです」


「相談?」


 女神エルロストゥーパは困り顔をした。


「私が管轄している世界では、パワーバランスが崩壊し、魔帝と呼ばれる魔物の帝国を築いた者が世界を牛耳ろうとしています。このままでは世界が闇で埋め尽くされ、やがて世界そのものが滅びるでしょう。


 そこで、正義感溢れるあなたにお願いがあります。私の管轄する世界に転生し、魔帝の魔の手から人々を救ってもらえはしませんか?」


 これってもしかして、異世界転生ものってやつか?


 前々から憧れていたシチュエーションではある。


 ついに来たか。


 俺にも異世界転生チャンスが!!


 でも、何の考えもなしに異世界に飛び込むのはリスクがある。


「魔帝ってめちゃくちゃ強いんじゃないか?」


「はい、とても強いです」


 やはりな。そんな気がした。


「しかし、何の手助けもなしにあなたを異世界には送りません」


 女神はパチンと指を鳴らした。


 すると、女神の頭上から剣、大剣、洋弓、斧、盾、杖、槍の7つの白色金はっしょくきんの武器が舞い降り、女神の周りをゆっくりと回る。シンプルなデザインだが、威厳がある。


「もし魔帝と戦うために異世界へ行くというのであれば、神が持つ武器、セブンス・レガリアをあなたに授けます」


「セブンス…………レガリア」


「はい。人間には絶対に生み出すことのできない、最強の武器です。この武器があれば、神を継ぐこともできるでしょう」


 神を継ぐ…………まさにチートパワーってやつか。


「……なぜ、その武器があるのに魔帝を討伐しにいかないんだ?」


「神の間には世界不入の原則があります。実際に世界に降りて、何かを行うことは許されていないのです」


 神様って、やっぱ現実世界には不干渉ってところなのか。


 その後の女神の説明によると、たまに世界でイレギュラーなことが起こると、今のように転生者を送るという多少の干渉は行う。が、世界に降り立つことは禁止であるらしい。


 全く、神の世界は難儀だな。


「さぁ、選択の時です」


 女神が俺に向かって右手を出す。


「新しい人間として生まれ変わるか、それとも世界を救う英雄となるか」


「…………………」


 小さい頃から、戦隊シリーズとか、仮面ライダーとか、ウルトラマンとかに憧れていた。


 どんな敵にも、持ち前の強さを活かして戦っていく姿がかっこよかった。


 社会人となり、夢も希望も全て捨てて働きづめになってからは、ヒーローのことなど忘れていた。


 頭脳も腕力もなく、じょうしにへこへこする毎日。


 俺は誰かを救うヒーローでも、誰かに勇気を与えられる英雄でもない。


 ただの社会の歯車。


 そう思っていた。


 もし俺がここで女神が差し出す手を取れば、忘れていた大切な“熱”を取り戻すことができる。


 子どものころに夢見てたやりたいこと、全部出来る!


 だったら俺の選択は、すでに決まっている。


「異世界へ、行く」


 女神は俺の選択をわかっていたと言わんばかりに微笑み頷く。


「あなたなら、そう言ってくれると信じていました」


 女神は右手を俺の方に向ける。


 俺の方へ7つの武器が向かい、俺の周りをゆっくりと回転する。


「今からセブンス・レガリアはあなたの武器です。ついでに、あなたを全盛期の年齢にしておきます」


 女神に魔法をかけられると、首や肩の凝りがなくなり、瞼の重さが一瞬にして消えた。


 鏡が無いので見た目はわからないが、おそらく高校生ぐらいの年になったのだと思う。


「ダメ押しに、あなたの潜在能力も最大限引き出しておきましょう」


「潜在能力?」


「はい。わかりやすく説明すれば、ゲームでいうレベル99という状態ですね」


「なるほど!」


 またもや女神に魔法をかけられる。すると、心の内から力が漲ってくる。腹筋もバキバキ。


 チート武器だけでなく若さも筋力も難なく手に入るなんて。


 なんて良い日なんだ。


 命をかけて推しを助けてよかった。


 女神が俺の腰あたりを指す。すると、ポケットからスマホが出てきて、俺の目の前にプカプカと浮かぶ。


「異世界でも使えるよう、特別仕様にしておきます。ネットを使えたり物を購入したりできます。ただ、元いた世界の人との交信はできませんが」


「むしろそれがいい。会社からしか電話かかってこないしな」


 宙に漂っているスマホを掴み、電源を入れる。すげぇ。ディスプレイの右端にちゃんと電波が立っている。


 思い切って上司や会社の連絡先、LINEを消してやった。すげー気分がいい。


「それと、少量ですが異世界で通用するお金もあげます」


「なにから何までありがとう」


「あくまでも少量ですから、無駄遣いは禁止ですよ」


「ああ、大切に使うよ」


「足りないお金は、魔物を狩ったりアイテムを売ったりして稼いでくださいね」


 最高じゃん。これこそ異世界ファンタジー。


 地面に魔法陣が広がる。


「この力を駆使し、信頼できる仲間と共に、魔帝から世界を救ってください。あ、くれぐれも私のことは、異世界の人には話しちゃいけませんよ。世界の秩序が壊れてしまいますからね」


「わかった」


 反重力となり、体が浮かび上がっていく。


「では、よい異世界生活を」


 頭上の光に吸い込まれていった。


 ★★★


 バカだ、私。


「グゴォォ…………」


 上級冒険者ですら満足に傷を与えることができないほど硬い特級モンスター“ブラックゴーレム”が、腰が抜けて動けなくなった私を見下ろす。


「はぁ……はぁ……」


 動悸が激しくなっていく。


 呼吸も苦しくなってきた。


 だめ……今すぐ逃げ出したいのに……身体が1ミリも動いてくれない。


「はぁっ…………はぁっ………はぁっ……はぁっ……」


 そうだった。


 外には危険がたくさんあるんだった……。


 なんでこんな大切なことを忘れていたんだろう……。


 ――――っ!?!?!?!?!?


 凄惨なシーンがフラッシュバックした。


 思い出してはいけない、何かを……。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 やばい……息がっ……苦しい……動けない……!


「グゴォォ……!」


 ブラックゴーレムが、右手を振り上げる。


 私は思わず目を瞑った。


「グゴォォォォ――――ッ!?」


 ……まだ生きている?


 ゆっくり目を開けると、ブラックゴーレムの叫びが不自然な姿で止まっていた。


「グ……ゴ……ガ……」


 あれ?


 ブラックゴーレムの頭に人が乗っている?


 しかも、大きな剣をブラックゴーレムの頭に片手で突き刺している。


「うそ……っ!?」


 あり得ない。そんなことができる冒険者がいるなんて聞いたことない。


「グゴゴゴゴゴゴッ!?!?!?」


 ブラックゴーレムはその場で崩れ落ちていった。その屍の上に立つのは、私とあまり年齢が変わらない、一風変わった服装の男の子がいた。


 過呼吸が治まってきた。


 お礼を言わなきゃ。


 おぼつかない足取りでその人に近付く。


 すると、その男の子がところ構わず高笑いし始めた。


「これだ……」


 男の子は自分の手を見つめる。


「憧れていた力は、まさにこんな力だったっ!」


 再び高笑いした。


「服装がスーツのままっていうのが雰囲気でないけど……ま、いいか。さっさと魔帝とやらを潰して、気ままな辺境スローライフを送ってやる」


 男の子は大剣を消し去り、代わりに白色金の杖を召喚する。


 杖を握って目を閉じ、眉間にしわをよせる。


 よくわからないけど、集中しているみたいだから話しかけないでおこう。


 10秒ほど経って、


「この世界で一番大きいオーラを最東端から感じる。恐らく、そこに魔帝がいるんだな」


 杖をぐっと握りしめた瞬間、男の子は輝きに包まれて、凄まじいスピードで上空へ上り、流れ星のようにどこかへ行った。


「……………お礼、言いそびれちゃたな」


 ★★★


 丘の上にある、荘厳な石造りの城。かつて大学の友人と卒業旅行で訪れたノイシュバンシュタイン城を連想させるほど美しくて威厳がある。


 その城内の、謁見の間であろう部屋に今、俺はいる。


「お前がいわゆる魔帝か」


「人間どもからは、そう呼ばれているな」


 王様が座るであろう、真っすぐ伸びた背もたれに灰褐色の肌をした人が、ゆっくりと答えた。


「そうか」


 俺は先程の岩モンスターを倒した大剣を召喚し、


「恨みはないんだが」


 切っ先を向ける。


「お前の命、もらい受ける」

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