解答例と採点基準

「どこから話せばいいかな。とりあえず、音が聞こえた理由からか」


「それ、気になってた! うちの音楽室、普段はすごく静かなんだよ。防音扉の前にいてもちょっとしか音が聞こえないもん」


「そうだろうね。音が聞こえたのは、窓が開いてたからだ。遮音カーテンだけで防ぎきれなかった音が理科準備室の換気扇から聞こえた」


 榛菜がすぐさま反論する。


「えー? 最近、夕方はすごく寒いし……幽霊ならともかく、人間だったら指がかじかんでピアノ弾けなくない?」


「うん。本来なら音楽室は音漏れを防ぐために窓を開けないし、寒ければエアコンを使う。だけど、一人で広い教室のエアコンを使うのに抵抗があったんだろう。だから、灯油ストーブを使ったんだ」


「ストーブぅ? わざわざ?」


「広い教室でエアコンを使うと温まるまでに時間もコストもかかる。それなら楽器が演奏できる範囲で素早くだんを取れるストーブがあればいい。音楽室には本来ストーブはないだろうけど、理科準備室にあるなら音楽準備室や他の教室にもあるだろう? それを持ち込んだんだ」


「うーん。なるほど……それならあり得るかな?」


「当然、換気しないと一酸化炭素中毒になるから窓は開けないといけない。多少音が漏れても3階の、しかも窓側に来ないと聞こえない程度なら近隣の迷惑にもならない。理科準備室から出たらほぼ音は聞こえなかったはずだ」


「うん」晶に同意して奏美が頷く。


「防音扉や廊下側の窓が開いてたら聞こえたろうけど。こっそり練習したいから、廊下側は閉めておく必要があったんだろう」


「こっそり練習?」榛菜が首を傾げた。

人気ひとけがなくなった音楽室で幽霊がピアノを弾くっていうのなら分かるけど、人間がこっそり練習?」


「そう。隠さずに済むなら音楽室の電気くらいつけるはず。でも外から見ても薄い明かりが見えるだけだった。ピアノを弾くのに不便なはずなのに何故か? 目立ちたくなかったんだ。だからストーブが必要なほど寒くなるのにわざわざ人がいなくなる時間帯を選んで、電気もつけない。薄明かりの正体はストーブの光か、ピアノ周りの最低限の照明だと思う」


 奏美は感心しつつも素直な疑問をぶつけた。


「でも、どうして隠す必要があるの?」


「はっきりとはわからない。ただ、誰がそうしているのかは絞り込める」


 晶はカバンの中から珈琲のペットボトルを取り出し、ひとくち飲んだ。彼の話に聞き入っていた二人は続きを待っている。


「ポイントは事務員の反応だ。その『幽霊だれか』は教職員か、可能性は低いが事務員の知り合いだろう」


「事務員さんの知り合い……?」


「そう。事務員は嘘をついている。居残りしている人がいることを、そしてその理由も、彼は知っていたはずだ」


 ペットボトルのキャップを閉め、とん、と机に置いた。


「警報器が鳴らないようにしたいと言った時、特別棟は大丈夫、と彼は言った。教室がある棟は職員室付近を除いて早々に警報器を作動させているのに、特別棟はなぜそうしてなかったんだろう?」


「あ、そうか」榛菜が手を打った。

「誰かがいると知ってるからだ」


「うん。さらに言うと、その誰かは生徒ではないと知っているから、教室前や階段の警報は作動させた。つまり幽霊は生徒じゃない。事務員の個人的な知り合いという線も考えられるけど、職員室の電気がついているから教師も何人かは残ってたはず。見つかるリスクを考えたら学校関係者以外ってのはないだろうな」


「へぇ〜……」


 依頼主は目を丸くしている。


「そして事務員は『以前はこの時期にはよく出た』『そのうちいなくなる』と言った。今年は数年ぶりに合唱コンが開催される。そうして、それが終われば幽霊はいなくなる」


「つまり……久々に開催されるコンクールのために、先生か職員の誰かがピアノの練習をしてるってこと?」


「おそらく。で、誰がその幽霊か、ってことだけど」奏美に視線を向ける。

「諸々の状況を考えれば、音楽教師や近い立場の人だろう。ピアノの練習が必要だが、下手な演奏を聴かれたくない、自宅には本格的に練習する機材がない。プライドが高い努力家だが、普段はピアノを弾かない。思い当たる人、いる?」


「ええー?」奇妙な質問に奏美は声を上げる。

「誰だろう……わかんないなぁ」


「では、各学年の音楽教師はわかる?」


「うーーん」腕組みして俯いた。

「一人だけ。私たちの音楽担任の人なんだけど、一年と三年の兼任で、非常勤の山田玲子れいこ先生。あ、言われてみれば確かにピアノ上手じゃないな。私の方が上手い。プライド云々うんぬんは分からないけど授業中も口喧くちやかましい感じ。あれ、なんか急にそれっぽい気がしてきた」


「非常勤なら本業があるかも知れない。れいこはどんな字? 検索してみよう」


「王様に命令。かっこいい字だから覚えてた」


 晶はスマホを手早く操作して、目的の名前を探した。検索にヒットしたのは、近隣の音楽教室のウェブサイト。個人でやっている小さな教室のようだった。


「うん。山田玲子。ギター講師。非常勤として中学校でも指導。受賞歴多数……これっぽいな」


 教室の一場面を写した画像に指導の様子が写っているものがあった。横顔がはっきりと見える。奏美に見せると、大きく頷いた。


「ギターの実績も教員資格もあるが、専門外だからピアノは上手ではないし普段は弾いてない。生徒への指導は厳しめなので、自分にも厳しくノルマを課す。合唱コンで伴奏するか、指導するため自身で練習している。プライドが高いので下手な演奏を生徒に見られたくない。そんなところかな」


「こっそり練習する必要なんてないのに」


 奏美が口を尖らせる。


「そもそも伴奏なんてスマホ音源でいいと思うんだが」


 晶は机に頬杖をついて元も子もない言い方をする。


「でもさ、見栄だけで寒くて暗い夜中の学校で練習するのかなぁ?」


 榛菜は眉を八の字にして反論した。


 晶にとっては合唱コンは面倒なだけの行事だったが、彼女の意見は違うらしい。


「ピアノやってる人が友達の前で演奏できるの、その時くらいじゃない? 歌が好きな人だって、皆と歌う数少ないチャンスだし。晶くんも科学者になりたいんだったら研究発表したいでしょう? おんなじだよ。今年の3年生は、それがたった一回しかない」


「ん……まぁ、確かに」


「その先生、きっと良いコンクールにしたいだけなんじゃないかなぁ。それで練習を……」


 彼女はほっぺに手を当てて、眉を寄せて思案する。なんとなく、なんとなくだが、そうして根拠も特にないのだが、この話はとても気になる。幽霊せんせいはなぜ隠れて練習をするのか。晶の言うようにただプライドが高いだけなのか。


 そもそもなぜギター奏者がピアノを練習しているのか。


 生徒に練習させるだけなら自分が弾く必要なんてないのでは。


 晶が言ったようにCDやスマホの音源ではダメなのか。


 榛菜は閉じていた目をぱっと開いて、勢いよく奏美に振り向いた。驚いた依頼人に向けて、ニッカリと明るい笑顔を見せる。


「ね、奏美ちゃん。ちょっと相談というか、お願いがあるんだけどさ。もう一度聞いてみてくれる? きっとその人は……」









採点基準


音漏れの原因に気付いた(配点20)

□窓が開けられていることに合理的な理由をつけることができた。

□窓が空いてなくても、エアコンの外機が3階の理科準備室近くにあるなど、現実的な音漏れの理由を思いついた。

 以上のうちひとつでも満たしていれば加点


事務員の嘘を見破った(配点20)

□特別棟の警報がセットされていないことから、誰かが残っていることを知っているはずだと気付いた。


幽霊の正体を絞り込むことに成功した(配点20)

□事務員のセリフから、彼の身近な人間が『幽霊』であると気付いた。

□教室棟の警報がセットされていることから、生徒の可能性が低いと考えた。

□発生時期から推測して、合唱コンクールと関係深いと考えた。

 以上のうちふたつ満たしていれば加点

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る