第7話 龍と女と

『わたしに嫁ぐ、それは、あたわぬ。こちらに参る時に消えた我が力が元に戻った今、この世界に存在せぬはずの過分な力、つまりはわたしが居ることはよろしくはないのだ。何ごとにも、適切な量、というものが存在する。賢きお前は想像できよう? お前はこちらで生まれた、生あるもの。仮に、だぞ。連れて行ったとして。界を超えられず、お前のその命は絶えるやも知れぬ。いや、絶えるだろう。そのようなことは、ならぬ!』


 本当は、命が絶える前に女の身体に相当以上の負荷が掛かり、見るも無惨な状態になることが予想されたのだが、それは言うに及ばず、と龍は考えた。


「それでも、一瞬は、お側に。そのあと、この花嫁衣装をお連れ下さいまし。家族、寺子屋の子達、お寺の皆様までもが整えを」


『仮に! 魂がわたしと共に行けたとしよう。わたしの故郷には、人はおらぬ。るものは、幻獣のほかには、幻獣に親しいもののみ。寂しさを感じずにはおれまいて』


 万が一、よりも可能性が限られてはいるが。

 幻獣王様が異世界への転生者と見なし、受け入れて下されたとしても。


 わたしがいたあの世界には、人は、いない。


 龍は、知っている。


 女は、知識と、学ぶことが好きだ。

 知識であれば、異世界においても、与えてはやれる。学ぶことも。


 こちらの世界の過去や、未来も。そう、それ、だけならば。


 しかし。


 女は、人のことも、この世界も、大好きなのだ。


 家族と別れ、人のいないところに行くなど、寂しいに決まっている。


 よいのだ。

 真の心は、わたしには分かる。


 嫁になりたいなどとは、今一瞬だけの、迷い。小さき頃に邂逅した異世界のものへの、憧れに似た、惑い。


 少しでも、女の心の中に。


 この世界に残りたいという思いがあれば。

 それを理由に、諦めさせる。


 ……諦めさせて、みせる。


『ならば、問う。わたしと共に来るならば、お前は、全てを失うぞ。それでも良いのか?』

 問うた龍が、何故か感じた、僅かな哀しさ。


 いや、これは。別れの悲しみ。じきに、忘れる。そう思いながら。


 すると、女が、言う。


「貴方様が、おられます」


 その言葉には、一片の曇りもなく。


『むう』


 龍は、ただ一言。

 

 唸る。


 何度、女の胸中を覗いても。

 在るのは、龍への思い、のみ。


 何度も何度も、龍は、る。

 

 そして。三日三晩ほどが経っただろうか。


 龍も、鯉の古老も、間あいだに女を休ませ、水や食料は与えていた。


 それでも、異世界からきた龍との精神の感応。数分間で干からびてもおかしくはない。


 龍は、言う。


『降参だ。わたしの背に、のれ。そして、鯉よ、否、鯉殿。其方の地に、新たな水場を起こしておく。後を頼めるだろうか』

 鯉の古老に伝えた。


「御意にございます」

 古老は、鯉の身でありながら、それと分かる明らかな笑顔を見せ。


 女の笑顔は、それ以上である。


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