第5話 婚約者でもおんぶはNGですか?

「ジョウ君っ! 大丈夫だったっ!?」


スライム系の魔族を倒して戻った俺を、ミルファは何だかとても心配そうな顔で待っていた。


「ケガはっ? 無事なのっ?」


「ああ、大丈夫だよ、ぜんぜん」


ワイシャツに穴の開いた腹を叩いて無傷さをアピールする。そこ以外に被害がないから。ミルファは本当に何も問題ない俺の様子を見て、それでようやく安堵の息を吐いたようだった。


「良かった……でもホント、いったいどんな体をしているの? さっきの一撃をまともに受けて無傷なんて……頑丈すぎよ……?」


「ね。いつこうなったのかはサッパリ分からないんだけどね」


俺、もしかしたら人を超えちゃってるのかもしれない。そういえば女神様に酒をふるまわれた時、めちゃくちゃ体が熱くなっていたのを覚えている。もしかしてその時に改造されちゃったのか……?


「でもね、ジョウ君。お願いだから無茶なことはしないでね。あなたに何かあったら、私……」


「心配かけてゴメン。でもさ、今の魔族が昨日俺が倒したヤツの配下だったんだよね? じゃあ俺が負ける心配する必要もなかったんじゃ……」


「だって、昨晩とは雰囲気が違ったもの……ジョウ君の」


「? 俺の雰囲気?」


「……うん。昨日の戦ってる時の姿は、まるで神様みたいな……」


「神様?」


首を傾げる俺に、しかしミルファはゆっくりと首を横に振った。


「ううん。何でもないの。それより……ありがとう。私のために戦ってくれて」


「当然、婚約者フィアンセを守るのは未来の旦那の義務だから!」


キリッとした風に言うと、ミルファがクスっと笑った。


「うん。頼りがいのあるだんな様でとても嬉しい」


……おお、尊死しちゃう。ホントに可愛い。


キュン殺レベルの微笑みに、危うく意識を持って行かれそうになる。これは命懸けれちゃう、何度でも。


「さて、それじゃあ山下りを再開しましょうか」


少し腰を下ろして休憩することもなく、ミルファは着々と出発の準備を行っていた。


「たぶんそのうち、騒ぎを聞きつけた魔族が弱いのも強いのも集まってくるわ」


「うん……そうだな……?」


頷きかけて、俺は少し考える。


正直これからの追手が今の敵みたく土石流のように流れてやってきてしまわれてはこのまま逃げ切るのは難しそうだ。


「あのさ、ミルファちゃん。提案なんだけど」


「ええ、何?」


「これまで降りて来た道を少し戻って、途中にあった別の道を使うのはどうだろう? あれって山の反対側に続いてそうだよね?」


「そうだけど……どうして?」


「ここの戦闘痕はすぐに見つかるだろうし、鼻の良い敵でも居ない限りはこの先の山道を下って逃げたと考えてくれるはずだ。その裏をかきたい」


「……なるほど。追手から逃げるのではなく、追手をくことを考えた方がいいかもしれないということね」


「ああ。山から下りた後もずっと追われ続けるのはゴメンだからさ」


「確かにジョウ君の言う通り。そうしましょう」


俺は再びミルファの荷物を持って(大剣はまたいつの間にか俺の手から消えていた)、ミルファと共に来た道を登って戻る。




……と、ここで少し誤算があった。




「ハァ……ハァ……」


先頭に立って山を登る俺の後ろ、ミルファの息が上がっていた。それも仕方のないことで、これまで下ってきた道はかなり急斜面で岩も多かったのだ。


「ミルファちゃん、大丈夫か……?」


「う、うん。大丈夫よ……」


今またひとつの岩の道を乗り越えたところで、ミルファは膝に手を置きながら頷いた。が、しかし。明らかに疲れが蓄積している顔だった。


……俺としたことが。考えが足りてなさ過ぎだ。


たとえどれだけミルファが旅慣れていたとしても、ここは急斜面の山道だ。さすがに下りと同じペースでとはいくはずもない。俺は強靭な体を手に入れてしまったばっかりに疲労という概念まですっぽ抜けてしまっていたようだ。


「ごめん、俺が体力のことを考えに入れないで来た道を戻ろうなんて安易に提案したから……」


「ううん。私も納得したんだもの。だから、ジョウ君が謝らないで」


とはいえ、このままこの子に無理をさせ続けるワケにもいかない。


「よしっ」


俺はミルファの手前まで行くと、その場で身を屈めた。


「えっと……ジョウ君?」


「おんぶするよ。たぶんそうした方が速いから」


素晴らしく合理的な案だ。


俺は疲れ知らずだし、力もあるみたいだし、恐らくはミルファを背負って山道を走ることすら容易だろう。その速さで先ほどの戦闘現場から離れていけば、きっと追手だって追いつけない。


しかし、


「そ、それは無理よ……」


ミルファは歯噛みをして、絞り出すようにして言った。


「おんぶなんて、無理……!」


「ミ、ミルファちゃん……?」


嫌がられたっ? 俺、クサイっ!? なんて一瞬不安になるが……ただ、どうにも生理的に嫌がっている風ではない。ミルファは後ずさりするでもなく、その場で首を横に振って照れたように顔を赤らめていた。


「あの、どうして無理なのか教えてもらってもいい?」


「それは、だって……」


ミルファは恥ずかしそうに口ごもり、顔を手で覆い隠しながら言う。


「重い、って思われたらヤなんだもん……!」


「……へ?」


「私、重いかもしれないからっ……! でもだからって太ってるわけじゃないの。旅の生活のせいで、よく歩いたり戦ったりするから筋肉質なだけだもん。筋肉の方が脂肪より重いから仕方のないことだけど……でも重いって思われたくないからっ!」


「あー……」


なるほど。納得した。そういえば女の子って体重を気にするよな。


「ジョウ君? なんでホッとしているの?」


「いや、嫌われたワケじゃなくてよかった、と」


「嫌うワケないじゃない」


何言ってんだこいつ、といった目で見られる。そんな目で見られるのもまた嬉しい。俺への好意が薄れないのが当たり前、みたいなニュアンスだし。


……とはいえ、その好意の上にあぐらなどかくものか。


俺はおもんばかる。充分に掬い取って見せる。ミルファの心も体も、両方!


「ミルファちゃん、気持ちは分かる。でもそれを知った上で、やっぱりおんぶはさせてほしい」


「……それが速いというのはわかるけど、でも……」


「安心して、誓うよ。俺は君のことを重いだなんて決して思わないと」


「『重い』というワードがNGワードなのですけどっ!」


「分かった。じゃあ俺はこれから無を背負う。いや、背負わせてくれ」


「む、無をっ!? 何を言ってるの……!?」


混乱したような目を向けられる。安心してほしい、俺も自分で何を言っているのかはイマイチ分からないから。要は、とにかくミルファが懸念しているようなことは何もないよと伝えたいのである。


「なあミルファちゃん。ミルファちゃんが望むなら、俺はいま俺たちが登ってきたこの岩場すらも何も感じず持ち上げてみせよう。え? 小鳥が肩に乗ってる? くらいの感じで」


「比較対象が岩っ!? 私そんなにではないからねっ!?」


「というわけで、さあ」


俺は持っていた荷物を一度降ろして、それからミルファに背を向けて屈んだ。


「乗ってくれ。こうすればきっと追手を撒けるから」


「う、うぅ~~~~~~っ!」


葛藤。ミルファはギュッと目を瞑って数秒考え込んだが、しかし。結局、背に腹は代えられないと結論付けたのだろう。


「わ、わかったわ……それじゃあ、お言葉に甘えるね」


苦渋の声ののち、ミルファが俺の肩に手を乗せる。


そして……おぅふ。俺の背中にミルファの温かな体が押し当てられた。立ち上がる。やはり、荷物を持ったとき同様、重さなんてほとんど感じなかった。


「背中に羽が生えた気分だ」


「感想はいいからっ! 何も言わないで……」


か細い声が背中から聞こえる。たぶん、ミルファは顔を真っ赤にしていることだろう。なんかちょっと可笑しい。


「それじゃあ……走るか」


「走るって……ひゃぁっ!?」


俺は荷物を片手で持つと、それからミルファをおぶったまま猛スピードで山道を駆け上り始めた。

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